石言葉
「さすがに……混んでますね……」
人の流れになんとか巻き込まれまいと、必死に人ごみを掻き分ける。留まるにも動き続けなければならないくらい、今日は混んでいて。
というのも
「ん〜、やっぱりクリスマスだからねー。この時期に宝石の一つでも贈ろうって魂胆のヤツが多いのね」
ピンクの意見は見も蓋もなかった。
ここはゴイ。宝石が豊富に採れる世界である。
世がクリスマスで皆が浮かれまくってる中、キャンペーンとかセールとかをやり一年で一番の賑わいを見せてる。
「あ、このペンダントいいかも〜♪でもこっちもブレスレットもいいし……」
床に敷いた茣蓙の上に並んだアクセサリーにも負けず劣らず、ピンクの目も輝いていたりする。
「女性の方は宝石が好きですよね」
「そりゃそうよ。貨幣の価値が変わっても宝石はだいたい同じでしょ」
……なぜ女性が宝石に拘るのか、解ったカイだった。
「……爆殿は何か気に入ったのがありましたか?」
と、カイは右を向いた。
が、爆はいなかった。
左を向いた。爆はいなかった。
後ろをみた。爆はいなかった。
まさかとは思うが上を見た。
爆はいなかった。
「…………………」
カイはたっぷり20秒程考え、次の結論を導き出した。
すなわち。
爆殿が……いない!!
そうカイが打ちのめされてるなんて知らないで、ピンクはまだ品定めをしていた。
ここまで混んでいると東西南北の方向感覚もままならないような気がする。
それでも懸命に掻き進んだ。
その時。
「おや、爆君じゃありませんか」
その口調は探している人物とある意味同じなのだけれど、明らかに質が違った。
「チャラか」
「はい、チャラですよ♪」
止まる事すら難しいこの雑多な人ごみの中、自分のペースを乱さず逆流して自分の下へ辿りついたこの男の力量は計り知れないものがある。
「奇遇ですね。こんな所で出会うなんて。何の用で来たんです?」
「カイとピンクと一緒に、遊びがてら宝石を買いに来た」
「へぇ、それは楽しそうですね。……って他二人の姿が見えませんが」
「ああ、困った事に二人揃ってオレから逸れたんだ」
「…………」
チャラはよく考えて言った。
「……それは、爆君が二人から逸れてしまったんではないですか?」
「そういう見方も出来るな」
そうとしか思えない。
この言葉は胸の奥にそっと仕舞っておくとしよう。
「で、それはそうと貴様は何故ここに?」
「はい。雹様に頼まれてスパイスを求めて。あと30分で帰らなければ僕は逆さ張り付けの刑ですよ。はっはっは」
はっはっはで締めくくっていいのか。その内容は。
(……おや)
いつもは瞑られているチャラの双眸がちょっとだけ見開いた。
かと思えば、急に爆の腕を引き、人ごみを抜け裏路地へ入った。
「おい、いきなり何……」
何だ、と言おうとした爆の台詞は宙を彷徨ってしまった。
チャラに、抱き締められて。
「……!?」
「ねぇ、爆君……このまま僕と二人で聖夜を楽しみませんか?」
「はぁ!?」
いきなりな申し出に爆は混乱した。
「貴様、あと30分で帰らないと雹に逆さ張り付け……」
「どうでもいいですよ、そんな事は。というより、それぐらいで済むのなら安いものです」
本気かい。
「ちょ……っと……オイ」
段々接近するチャラに、同じ速度で後ずさったが狭い裏路地でしかも抱き締められているのでたかが知れてる。
あと数センチで唇が触れ合おうとする、まさにその瞬間。
「――爆殿!」
呼ばれた声に弾かれるように、爆はチャラを突き飛ばした。
「カイ」
「爆殿、行きましょう。ピンク殿も待ってます」
息が荒かった。まさかこの中を走ったのか?
普段の彼にしては強い力で爆の手を引いた。
が、その逆の手をチャラが離さなかった。
これが大岡越前なら手を放した方が誠の母親という場面だが。
「丁度良かった。僕はこれから爆君と夜の街へ消えるので、もう一人の連れの方にそう伝えておいてください」
夜の街へ消えるって何なんだ、チャラ。
「だ、誰と誰が!」
爆が抗議する。
「ですから、僕と爆君が」
「そういう事を訊いてるんじゃ……」
「ダメです!それはダメです!」
爆の台詞を遮ってカイが、叫んだ。
すっと、チャラの目が薄く開く。
「……なぜです?」
殺気でも向けられたかのような冷気が背筋を伝った。
でも。
「それは……ですから、爆殿は……」
ごにょごにょと何か言い募る。
「爆殿は?」
チャラは楽しそうだ。とても。
爆は、ただそこに立っていて。
次のカイの台詞を待っているような気がしてならなかった。
さっさと自分が行きたくないとさえ言えば、事態はあっさり収拾がつくというのに。
何で?
「ええと……」
カイはまだ考え中だ。
「理由がないのなら、僕の好きにさせてもらいますよ。たかが仲間風情は引っ込んでいて下さい」
ぐい、と爆の腕が引っ張られて……その手は払い落とされた。
カイによって。
「よくありません!爆殿は……私の大切な人だから、他の人と一緒に行かれては私が困るんです!私が!」
「…………」
まさか、そんな台詞が飛び出すとは思わなかった爆は、面食らった顔をした。
「じ、自分の好きな人が誰かに誑かされようとしている時に、邪魔しないでいられる訳、あるかぁぁぁぁぁ――――!」
「カイ、落ち着け」
「ぜーはぜーはー」
いきり立つカイの背中を摩って落ち着かせる爆だった。カイは盛った馬か。
「……プッ……ククク……っはっはっは」
チャラは額を押さえ、とても堪えきれないといった具合に笑い出した。
……自分と爆が対峙している時にすでに。追いついたカイの顔を見て、彼が目の前にいる少年に対しての全てが解った。
つつけば何が、そう、ビックリ箱みたいに出てくるのか……
それがよりにもよって、あんな情熱的な言葉とは。
「……なかなか、キャラクターに似合わない事を言いますねぇ」
「ほ、ほっとけ!!」
余裕が吹っ飛んだカイはもはや敬語では無くなっていた。顔なんてもう真っ赤だ。
「そこまで言われたのでは、これ以上は野暮ですね。では爆君」
カイと爆の隙を見て、爆の頬に軽いキス。
それを見たカイにビキ!とひびが入った。
「メリー・クリスマス♪」
とどめに投げキッスもして、チャラは闇に紛れて行った。
「……あのヤロ―――――!!」
「カイ!だから落ち着けって!冷静になれ!」
「はい、冷静にぶん殴ってきます!」
「どこが冷静だぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
今にもチャラの後を追いかけんとするカイを、必死に止める爆だった。
「……すみません……とんだ醜態を晒してしまって……」
「全くだ。貴様は見境が無くなる時はとことん無くなる」
「……返す言葉もありません……」
あの後。
よーやく落ち着いたカイを引きつれ、爆はピンクの待つレストランへと向かっている。
何故レストランなのかというと、単にピンクが空腹になったためである。
「……けどまぁ」
爆はあえてカイの方を見ないで言った。
「嬉しかったぞ……ちょっと……結構……」
「…………」
結果。
近くにいるのに、互いの顔を見ないという不自然な状況が出来てしまった。
「そう言えば、何で貴様はゴイに行きたいなどと言い出したんだ?別にサーでも良かっただろう?」
この雰囲気を消す為にも、本当に疑問に思っていた事を口にした。
ゴイでなくても、サーでもセカンでも。そしてファスタでもクリスマスとなればそれ相応の賑わいを見せるのだ。
だから、集まろうとカイが言い出した時、てっきりそれぞれの国のどれかかと思ったがそうではなかった。
「買いたいものがありまして……」
丁度広場に出た事もあり、カイはその場に立ち止まった。
コートのポケットを弄り、小箱を取り出す。
「……貴方にプレゼント……です……」
……何か……今日のカイは……
自分の意表をつくことばかりしてくれる。
やっぱり奇跡の人の生誕日だからか?
受け取る。こういう時は何か言ったほうがいいのだろうが、プレゼントというものを貰い慣れていない爆に、それは難しかった。
「……これは?」
開けた箱には黒いロザリオのブローチ。
「それはオニックスという宝石です。……この前、師匠の書籍の中に書いてあったのですが……
オニックスは威厳と明晰を象徴していて、そして……」
カイの紅い目が真っ直ぐに自分を捕らえる。
「旅人がこの宝石を持つと、事故や不幸を未然に防いでくれるそうです」
「…………」
胸の、奥が――
「私はまだ、力不足で……貴方の側にずっと居る事が出来ません。
……でも、その必要な力は絶対身に付けますから……それまで……」
願わくば、その宝石が貴方を護りますように。……私の代わりに。
カイはそう言う。
胸の、奥が――
――暖かくて――どうしようもなく――
「カイ」
爆の声に俯いていたカイが顔を上げる。
「……ありが……とう……」
言い馴れない言葉を、たどたどしく紡いだ。
カイはさっと見渡してから、爆の頬に口付けた。
きょとんとしていた爆がようやく何が起こったか飲み込め、酸欠の魚みたいに顔を真っ赤にして口をパクパクさせた。キスされた方の頬を押さえて。
そんな爆に悪戯っぽく囁く。
さっきの消毒です。
全部はこの日のせいにしてしまおう。
何かこのカイ、すごい積極的ですね……やっぱり書いてるのが私だからか?
ちなみに後日談として、爆もちゃんとカイに何かプレゼントしますv
その宝石はサファイヤにしようかと思うんですがね。
サファイヤは純粋、希望などを象徴し、それに恋人が浮気をすると青白く光って教えてくれるそうで(とか言われてるのは本当)。でもカイは浮気なんかしないから却下、という方向で。
さらに後日談としてチャラは30分以内に戻れなかったので雹に折檻されます。悪い事をすると必ず報復があるんですよ♪
この話は月瀬さまに捧げたいと思います。ていうか捧げます!
返品は可ですが逃げるかもしれません!