灼熱の氷
  〜heat of the ice



 至純の魂にそれを収める清廉な身体。

 そのどちらも……

 好き……だったのにね……


 カタチあるばかりにそれは君にも、僕の思い通りにもならないんだろう


 さっきから肩の精霊が煩い。いつもなら文句の一つでも言って、指で小突く所なのだが、今回ばかりはそうにもいかないのだ。
 だから、苦笑する。
「……これくらい平気だ。今まで負った傷にもっと酷いのもあっただろうが」
 イレブスで受けた傷を完治するのを待たずに次の世界へ足へ運ぶのを、この精霊は心配しているのだ。
 確かに、12番目の世界というからにはこの世界で一番強い、という事にもなり得る。
 しかし……
 一刻も早く、針の塔へ辿り着きたいのだ。
 唐突に沸き起こった、世界の動乱を静める為。仲間の肉親にかかる呪いを解く為。

 そして……

 一年経った今で尚、色褪せる事のない赤の残像を思いながら、爆は進んだ。




 こんばんは、爆くん。


 ……目が冷めたのはその呼びかけが原因だったか……あるいは……
 その、全身から発せられる異質な雰囲気のせいか。
 いずれにせよ、爆の身体は目覚めると同時に硬直してしまった。
 薄い雲のせいで、いまいち霞む月明かりの中、それでも鮮明に輝く彼の獲物。
 それは――自分の首の上で交差されていて――ベットに突き刺さっている――
 ――…………
 本当に、ギリギリの所にあり、起き上がるまでもなく深呼吸でもしようものなら刃は間違いなく爆に触れてしまうだろう。
 瞬きも出来ない。
「…………」
 何も反応できない爆に、雹は場違いな程優しく微笑む。それは却って恐怖を煽るだけだ。
 解っててしているのだろうか。
「残念だな」
 跨るように圧し掛かっていた雹は手袋を外し、直に爆の頬へ触れた。
「好きだったんだよ。この身体もね」
 以外な程あっさりと手が離れた。
「……僕以外のヤツなんかに、触らせちゃダメだよ……」
 狂気。
 まだ爆が正気であれたなら、雹に対しそう思っただろう。その表情を。
 今の爆には何も考えられない。何故、自分がこんなめに遭っているのかも、何故雹がこんな事をするのかも。
 現実味が薄く、かといって夢にしては鮮烈過ぎた。
「他人に触られた穢れた身体なんて、欲しくない。……というより、君に相応しくないよね……?」
 ズ、と刀の1本が抜かれた。それが、この悪夢に似た現実の終焉にはとても思えない。
 雹は刀を爆に向かって掲げる。
 そうして一番深い笑みを浮かべた。
「だから解き放ってアゲル♪」

 魂だけになれば、誰も触れないでしょ?

 銀の奇跡を作りながら、その凶刃は自分に向かって来る。
 そして。
 まるでテレビのスイッチを消すように、爆の意識はぷっつりと途絶えた。


「―――………ッ!」
 忌々しげに視界を埋め尽くす漆黒の花弁を刀で薙ぎ払う。が、数は減る事もなく、自分を戒め始めた事に仕方なくベットから降りた。
 そうしたなら、拓く視界。
 ……こんな真似が出来るのは一人だ。
「チャラ」
 雹は自分の使い魔の名を呼ぶ。その本人はやっぱりいつも通りに笑っている。
「……邪魔をする気か?」
 常人なら金縛りにでもなりそうな視線を向けられながらも、チャラは笑みを崩さない。
「そんな風に睨まれるのは心外ですね。僕が雹様を止めなければ、炎様が来ましたよ。
 そして――
 貴方は殺されてました。絶対に」
 すう、と開いたチャラの双眸が雹を見据える。
「大人しく帰った方がいいですよ。今日の所は。
 ……どうせあと少しで爆君の方から来てくれるんですから」
 わざわざ危ない橋を渡る事はない、と諭すチャラに、雹は。
「炎に会いにね」
 そんな事は解っている、と吐き捨てるように言った。

 テレポートで帰った雹は止まる事のない激昂を無理矢理押さえる為、ベットに横になる。おそらくは無駄な抵抗なのだろうが。
 吐き気がする。
 何に対してだろう。
 爆に焦がれる自分以外の人間。
 その爆の心に棲む炎。

 それとも

 自分の気持ちを嘲笑うかのように人々を惹きつけてならない爆か

 あるいは――

 爆に囚われた自分に

 苦しいんだ。君が進むのを見るのは。
 その生き様は誰もが憧れ、その対象はもちろん君で。
 閉じ込めたいよ。独占したい。
 君を好きになるのは僕だけでいいって、君に教えてあげたいよ。

 …………

 ……違う。
 好き、なんて単純なものでは無くなったんだ。最初はそうだった……いや、最初から違うんだ。
 ……何て……表せばいいのかな……上手く言えたら、まだ僕のココロにあるモノが大人しくなってくれるかな……

 ただ言える事は、

 僕は

 死ぬ時は君と一緒がいいよ、爆くん――

 最後の呟きは外に漏れて、虚空へ解け、消えた。


どぉ〜もぉ〜朱涅さん風邪復帰小説です。って何でこんなに暗いの!!ギャグが入ってないわ、朱涅!さてはまだ風邪ひきさん!?
でもってこの話、もちっと続きます。……ていうか、今回は雹視点で次回は他のキャラ視点でというものですが。ちなみに爆じゃないです。だって気絶してるし(笑)←笑うな。
いやしかし……暗いなぁ……