花束にはガーデニア
「じゃぁ、オレは買出しに言ってくるから換気扇やコンロの掃除頼むぞ」
「うんv任せてよv」
親指をグッと突き出してオッケーの意思を表示した。その後ろでチャラが紅茶片手に新聞を熟読する。目の前に雹が吹っ飛んで通過したが、大方いってらっしゃいのキスが失敗したんだろう。
「ふッ、そんな照れ屋な所も素敵だよv爆くん」
めげない奴。
「さーて、チャラ。換気扇とコンロの掃除頼むよ」
ポン、と肩に手を乗せた。
「……はいぃ?」
思わず点目になってしまったチャラは間抜けな声を発した。
「聞こえなかった?換気扇とコンロの掃除だよ。換気扇はね、キッチンの上の方に……」
「いえ、そうじゃなくて、それを承ったのは雹様でしょう!?何で僕が!」
「それはお前が僕の召使だからさ」
背景に薔薇背負って言いのけた雹様だ。
「だいだい僕の手は爆くんを愛でるためにあるんだよ。だから爆くん以上重たいものも持ちたくないね」
いくら爆が小さいからって換気扇よりは重いと思うが。
「そういう訳だから、よろしく。ちなみに手を抜いたら折檻だからねv」
「あの、雹様……」
「何か文句でもあるのかい」
「いえ、その」
「あーもう、はっきりしろ!」
「実は爆くんが後ろにいいて今までの会話を全部聞いてたりします」
「……………」
ゆっくりと振り向けば確かに爆が居て。
「…………」
「…………」
二人は無言で見詰め合った。
「爆くん……そ、そんなに見つめられちゃったら、僕照れちゃうな〜……あ、あははは……」
危機を悟った雹の笑みにはいつもの張りがない。
「貴様……ひょっとしていつもこんな具合にチャラに雑用押し付けてたのか?」
「ち、違うよ!そんなこと無いよ!今日はたまたま偶然なんだよ爆くん!信じてくれるよね!?ね!?ね!?」
「いや、信じん」
キッパリと断言された雹は地に平伏せた。
「チャラ」
「はい。なんでしょう」
「買い物に付き合え。いっしょに行くぞ」
「はい♪」
「ええええええ!?ちょっとそんな!!」
「黙れ!どうせオレがいなくなればまた押し付ける気だろう!自分で引き受けた事は自分でしろ!!」
嘆く雹に対して爆は容赦なかった。
「ああ、爆くんてば僕のことをそんなに理解して……やっぱり愛があるから(さりげなく暴走中)」
「では行きますか。あ、帰りにどこかへよって何か食べましょうか?」
「テメー!図に乗りすぎだぞ!やっぱりダメ!チャラと一緒にできないから僕が……」
「お前は残って換気扇の掃除だ」
「…………」
バタン。(ドアが閉まった)
ちょっとやそっとではめげない雹だが、今日ばかりはここまで信用のない自分に少しだけ涙が出たという。
爆と同じく年末の買出しのために、街は多くの人で賑わっていた。
「そう言えばケチャップが切れてましたよ」
「そうか。じゃあ買っとくか」
たくさんの荷物を抱えながらも、爆は颯爽と歩く。
「持ちますか?」
「いや、いい」
どう考えたって爆の体力ではその荷物は重いだろうに。爆のちょっと後ろでチャラは肩を竦めた。
「雹は……」
「はい?」
「雹は……貴様に対していつもああなのか?」
「ああ……というのは」
「だから、何か仕事押し付けたり、とか」
「ええ、いつもです」
この時雹は家でクシャミをした。
「どうしようもないヤツだな」
「はい、どうしようもないんです」
雹はまたクシャミをした。
「…………」
何故か黙ってしまった爆にチャラはいぶかしむ。
「……オレには、そんな事しないのにな」
『いいよ、爆くんはそんなことしなくてもv座っててv』
……チャラにはさせるんだ。
ぎゅうと荷物を抱く手に力がかかる。
信用されてない?
「……僕はこれまで結構永く生きてきましたが……それでも雹様がらみでヤキモチを妬かれるなんて初めてですね」
「なッ……!ち、違……!」
爆が勢いよく振り向いたために袋からトマトが一つ零れた。これを屈んで拾いながら、
「けど、安心してくださいね。雹様は僕だからするんじゃなくて、あなただからしないんです。……針の塔にいた時、激様に茶持って来いと言って刃物沙汰に何度なったことか。……それで後で雹様のストレス解消の為に僕がどんな目に遭ったと……」
「チャ、チャラ?」
ぶつぶつと何かと交信し始めたようなチャラに、さすがの爆もおずおずと声をかけた。
「まぁ、という訳で貴方が特別なんです。お解りいただけましたか?」
解ったよーな解らんよーな。
「だいたい私生活でだだこねられないといって、ベットの中では甘えられまくってるんでしょう。それでプラマイゼロじゃないですか」
ゴォン!
「なッなッなッ……!」
近くの街頭に思わず頭を打ち付けた爆はその後、壊れたテープレコーダーのように「な」だけを繰り返していた。
「おや、ドンピシャですか?v」
しまった!ブラフ(はったり)か!!
「……雹に仕えているだけあって貴様もとんだ食わせ物だな……」
うーん、ひょっとして似てきたか?
自分の順応能力がちょっぴり怖くなってきたチャラだ。
特別……か……
その言葉は
照れて、くすぐったくて
少し、寂しい
なんで上へ上へ押し上げるんだろう。同じ目線でいたいのに。
「爆君」
爆の心中を察したのか、チャラが言う。
「貴方は雹様にとって生きる……」
「理由、か?」
「いえ、生きるという事、そのものです」
「…………」
「生きるためには……物を食べますね。息をする、動く、笑う、泣く、怒る……そういうものの中に、貴方という存在があるんです。ともすれば気づかないものの類として。
さっき僕は貴方の事が雹様にとって特別だと言いましたね。そう、特別なんです」
だから、忘れないようにいつも意識していたいんですよ。特別なんだということ。……大事にする事で、ね。
好きだからといってオレに全てを注ぐ雹。
……人は誰でも選んだ道を進んで欲しいオレは、それを享受する事が出来ず。
堕落してしまうなら、もう会わない。
そう決めた日に、雹も別の事を決めていて。
僕はね、爆くん。そんなに馬鹿じゃないから、ちゃんと知ってるよ。
僕の前にはたくさんの道が広がっていて、その道の最後には僕がキチンと努力を惜しまなければ、それぞれ素敵な結末が待ってるって事も。
でもね。
「おや?それは?」
爆が今手にしてる物は、およそ爆に無関係な物だった。
「この酒……雹が時々飲んでるのを見た事がある」
「へぇ」
ケッチャップを吟味していたチャラは気に入ったのをカゴに放り込む。
「一人にされて拗ねているだろうからな」
誰に、何に言い訳しているのか、爆は言い終わった後顔を少し赤くしてそっぽを向いた。
「では、もう帰りましょうか」
それでもその台詞にはこっくり頷く。
でもね。
君が横にいる道を選べば
一番素敵なものがあるような気がするんだよ、僕は
全部委ねている訳じゃないんです。
考え、選び自分で決めた。
ガーデニアというのはクチナシの花の事で、その花言葉は「とても幸せです」だったよーな。それでこの話を思いついたんですv
(最初は何気ない事で幸せを感じる二人ってコンセプトだったのに……何か微妙に違う?(汗))