”そんな、貴方の事が”
足は今にも此処から逃げたそうだが、心は、あるいはそれとも別な所だったかもしれないが、向き合いたいと願っている。 有り得ないが、今にも身体が2分割してばらばらに行動しそうだった。 問うべき事がありすぎて、困惑している爆に、炎の方から近づいた。 元々、そんなに離れてはいなかったので、炎はすぐ側まで来るのに時間は要らなかった。 「忘れ物を、思い出して、な」 ”何の為に来た”という質問を先回りしての言葉だった。 「忘れ物?」 「そうだ」 訝る爆に、炎は気づかれないように軽く深呼吸をした。ならない訳がない、と思っていたが、やっぱり緊張しているらしい。 「言いたい事を、ずっと、自分の中に閉じ込めていた」 炎は肺の中にあった空気を一旦全部出して、ゆっくりとまた息を吸い込んだ。 「お前をを見つけたのも、導いたのも、それは全部、爆が真の血を受け継いでいたからだ。 ……これは、変えられない事実だ」 ”真”という名前が炎から発せられた時、爆の身体は解るほどに強張った。
ずっとずっと、今まで考えていた。 ピンクやカイは、”炎の後継者”に会いに来た。 他のGCは、”トラブル・キッズ”に会いに来た。 自分の後ろにあるものだけを見られるのは、あまり気分が優れるものではなかった。まして、その者達と懇意になればなるほど、ある種の孤独感に似た感傷は強まっていた。 それでも前に進んでこれたのは、炎は自分を認めてくれた、とう事が支えになってくれてたからだ。 なのに。 炎も自分の後ろを見ていて。 足元が覚束無くなって。 立っているのかすら解らなくなって。 それでも自分は”進んでいる”と強靭な精神力で思い込み、進む事が出来た。
しかしこれも限界が来ていた。
もう、足が重くて、進めない。
「それに関しては、もう何も言わない。 ただ………」
「爆が、真を受け継ぐ者で良かったと本当に思う」
「………」 「おかげで、お前に、多分早く出会えたんだと俺は思う。勝手だがな」 「炎…………」 爆は呟くように言った。 「オレで、いいんだな………?」 おそらく、本人にすら、そのセリフの意味を正しくは理解できない。 けれど、炎はあぁ、と頷いて肯定した。 爆は炎に自分を押し付けて、今まで溜めてた、零す事の出来なかった涙を。 全部、出した。 炎はそれを黙って受け止めて、少し時間が流れた。 顔を上げて、跡は残るが零れるのは止まった顔を上げて、真っ直ぐに炎を見て言う。 「炎、オレは、炎の事が………」
----好き、
空は青く澄み渡り、雲は白く通り過ぎ。 絵に描いたようないい天気。晴れてないのは自分の心だけ。 「……………」 未練がましくて眉間に皺が寄る。 いいじゃねぇか、あいつのゴタゴタが済んだんだし。 ち、と何に対してなのか激は舌打ちをし、ごろりと草原に寝転んだ姿勢を変えた。 「-----わ!」 「んわぁッ!!??」 突如視界に入り込んだ爆に、それこそ心臓が飛び出る程驚いた。 「何………ッ!何ガキみてぇな事してんだよ!」 「ふん、オレがここまでしないと気がつかないなんて、さては貴様腕が落ちたか?」 と、誰もが覗く爆のように、不敵に笑ってみせた。 それを見て、激は爆の中の蟠りが本当に消えたのだと、確信した。 安堵するのと同時に全く正反対の感情も沸き起こり、奇妙な心境になる。その激の横に、爆は腰を降ろした。 激としては、あまり爆に側に居て欲しくないのだが。 もしかしたら、今までの自分への意趣返しなのかもしれない。 「しばらく姿を見せないで、何処へ行ってたんだ?」 「さてね、その辺をぶらぶらと」 にぃ、と笑う。 人よりずっと長いだけ生きた甲斐あってか、こういう時の誤魔化しは出来る。 爆はそうか、としか言わなかったから、果たして信じたのか見抜いたのかは解らなかった。 「……この前----」 話を切り出したのは、爆。 「炎に会った」 「----そうか」 ちゃんと返事を出来た自分にに賞賛を送りたい。 爆はうん、と頷く。 「言いたい事を言った。すっきりした」 さぁ、と風が流れて、爆の前髪を悪戯に巻き上げる。はっきりと見えるようになった爆は、とても自然に微笑んでいて、見惚れる程で。 ついさっきまで”しなきゃよかった”という愚かな後悔を吹き飛ばした。 そうだ。こんな表情を見れるのなら、あれくらいの事、いくらでもしてやるさ。 腹を括れば楽になる。大概自分も単純だ。 「良かったな」 「あぁ」 一見中身のない会話が続く。 爆はゆっくりと、この前の事を反芻していた。
自分はゆっくりと顔を上げて、言う。自分の胸だけに溜まっていた事。 「オレは、炎の事が、好き----だったんだ」 炎は、その言葉を知っていたように穏やかに聞いた。 「好きだった、と言っても、嫌いという訳じゃないぞ。何て言うか……そう、違ったんだ」 爆は間違えないように、よく確かめながら言う。 「最初は、そういう風に好きだと思っていたんだけどな、しばらくして、少し違うなって。どちらかというと、ピンクがオババに向けるのと似ているのかもしれん」 爆はまだ自分たちの本当の繋がりを知らないはずだが、それも血の成せる業だろうか。 「違う----と解った、という事は、他に見つけたんだな?」 と、炎が言うと、爆ははにかむに笑う。その様はまるっきり子供のもので、炎は何だか嬉しくなる。 「まぁな」 「良かったら、教えてくれないか?」 「…………もう、感づいているんだろう?」 それなのに、何で言わせようとするんだ、と今度は剥れた。声や顔に出してしまわないように、最善の注意をして笑みを噛み殺す。 それでも、と頼むと爆は仕方ない、というように溜息をつく。本当は言いたいのだ、というのは隠して。 「オレの好きなヤツは、な-----」
「あーあ、何か食い物持って来りゃ良かったかな。こんなにいい天気だ」 激は改めて草の上に寝転がった。
オレの好きなヤツは、 いっつもふらふらしているかと思えば、いつの間にか側に居て 人の話を全く聞いていないように見えて、それなのに欲しい言葉をちゃんとくれて、
ふと、横からの視線に気づく。 「………何人の顔じっと見てんの?」
孤独には強いのに、独りでいるのが嫌で、
「俺の顔、何か付いてる?」
自分勝手なくせに、人の事ばかり気にかけて、
「別に」
そういう
「ただ、」
おかしなヤツなんだ。
「激はおかしなヤツだな、と思ってただけだ」 「………どうしてそんな事思うんだよ。しかも少し笑いながら」 「さぁな」
今日は空が青いし、もし明日は青くなくても、
またきっと、青くなるのでしょう。
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