とても穏やかな良き日々
彼の人も見たかっただろうか
「………ぷはっ!」 小さな滝のある小ぢんまりとした湖。あるいは池。 爆は其処で水浴びをしていた。 とても澄んだ水は、太陽光を水底まで照らし、爆は深く潜り息の続く限り其処へ居た。 水面がそのまま空のようで、一つの世界みたいだった。 長い事浸かっていた事だし、そろそろ上がろうか、と思った所で。 確かに置いてあった場所に服が無い。 「…………?」 まさかこんな所まで追いはぎも来ないだろうし。 「いやー、何処の水の精霊かと思ったら爆じゃないかvv」 ………その声は………! 「激!あぁッ!オレの服!!!」 そう、本当に何時の間に其処へ居たのか、ちゃっかり激が居てしっかり自分の服を持っていた。 「爆ー、一人で旅に出ようってんならいかなる時でも隙を見せたらいかんぞー」 「やかましい!さっさと服返せ!!」 「返してやってもいいけど……ただじゃ勿体ねぇな……」 自分が取っておいて何をほざくかこの男。 「そーだ。ちゅうしてv」 「……………はぁ?」 にこやかに提示された条件に、爆の目は点になる。 「……貴様、気は確かか」 「……えれぇ言われようだな…… いや別に嫌ならいいんだぜ、嫌なら。あ、むしろその方が俺的にはいっかな〜」 なんて言う激の手の中には爆の服。 ……今、爆の脳裏に”背に腹は代えられない”という言葉が通り過ぎる。 「……解った。オレは出ていけないから、貴様がこっちに来い」 「♪」 まさにルンルン気分、と言った雰囲気で、激は湖の淵へ近づく。 「顔」 ちょいちょい、と手招きされるまま顔を爆へ寄せると------ 「-------どぅうわぁッ!!?」 ガ!と髪を掴まれ、そのままドボン。 しばし水中でもがいていた激はほどなく水面へ顔を出した。 「-----っはぁ!……オメーなぁ………」 ジト目で睨まれるのもなんのその。 爆はふふんと居丈高に笑い、 「オレに勝とうなんて100万年早いんだ」 「……いや、今回は引き分けだぜ……」 何でだ、と爆が問う前に。 激は持ったままの、びしょぬれ爆の服を見せた。
何処までも青い空を、抉るような白いシャツ。2人分。 乾かす為、木と木の間に張り巡らせた縄に吊るしてあるそれを、爆はぼんやりと見ていた。 あぁそれにしても今が夏で本当に良かったいや待てよ夏だったからこそ湖に入ってそこを激に見られて服取られてこんな事になったんだっけなはっはっは早く服乾け--------------!!! 「……あーぁ……ちょっくら街へ出掛けようと思ったのに」 「被害者面をするなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」 恨みがましく言う激に、ツッコミと同時に足も出た。 「いってぇなオイ!!」 「そもそも貴様が下らん事をしでかしたのが原因だろうが!!拗ねたいのはこっちだ!!」 「馬鹿言うな!今回の事はどー考えても水浴びしてたお前にある!!」 「その心は!?」 「えらい可愛かったのでちょっかい出さずにいられませんでした!!」 「逝って来い。」 ゴゴン。 「……爆……さすがに赤ん坊の頭ほどの石を脳天に当てられるのはキッツいよ……」 「じゃぁこの辺に落ちてた去年の名残の枯れたイガグリを」 「イガグリもダメ------------!!」 散々いびりたおして少し心の晴れた爆だった。 (……それにしても……) 普段お前は何を狙ってんだと言ってみたい激の髪形。 やはり重力には逆らえないのか、水に濡れた今下に落ちている。
黒髪で、長髪。
……同じだ。あの人と。
何処か、遠くを見る爆。 顔は自分を向いているのに。 「……そぉんなに見つめられると、げっきゅん照れちゃうなー」 「ッ!?べ、別に見つめてなんか……!」 爆は慌てて目を逸らした。 ……逸らしたという事は今まで見ていた事他ならない。 ……例えば、街中で。 背格好などが似ている人を見ると、はっと振り返ってしまう。 あの人の分けないのに。 解っているのに。
閑の魂は、こうここから解放されたのに。
死者は生者を患わす事なかれ、という言葉がある。 それは同時に生者は死者の事でいつまでも悩んではならない、という意味もある。 しかし現実にはそんな理論では片付けられないのだ。 「ただ貴様の髪が鬱陶しいなーと思ってだな……」 「ふぅん……そっか」 腕で抱えた膝に顎を乗せ、爆は言い訳をする。 激は相槌を打つ。 そして
-----ざしっ
何かが斬られた音。 殆ど反射的に顔を上げると----- 「………げ、激!!?」 「いっやぁひさしぶりに散髪してみたら頭軽いなー♪」 貴様の頭が軽いのは散髪するまでもない。……っていうか!! 「お前……髪!」 「切った」 事も無げに言う。 手段なんて問うに愚かだ。 技の熟練者はただの紙み気を巡らせ、鋭利な刃物へと変える事が可能だというから。 だからここで問題なのは。 「……どうして切った」 今、此処で。 「んー?だって爆が鬱陶しいって言うし」 「そん………!」 「それにそー言えば随分髪切った事ないなーとも思ったし。何、気に入らなかったらまた伸ばせばいい」 一人で勝手に完結した激。 爆もそれ以上、その事に関して何も言わない。 ただ、物凄く何か言いたそうだった。
気づかないとでも思うのかね、この俺が。 あの後-----正確には服が乾き、街を適当にぶらぶら徘徊し家へ戻って自分を見るなり「うわ-------師匠の髪がない-------!」と指差して叫んだ弟子を吹っ飛ばし自室へ篭った後に。 激は溜息さえつく事すらなかった。 ……自分で仕向けた事ながら。 ウロボロスから帰還した後、爆の中で確実に何かが変わった。 それはこの世界を取り巻く動乱が終わった時でも、いやむしろそれは確実に肥大している。 ウロボロスの居る建物が崩壊してから、爆が現れるまで、若干のタイムラグがあった。 テレポートしたとしても、その前に爆は建物の下敷きになっていたはずだ。 しかし爆は無傷で現れた。 と、言う事は。 誰かが。 (……あいつ絶対気づいてないだろうけどよ、ピンチに駆けつけてくれたってシチュエーションに絶対弱いぜ) そこに目をつけて、現郎の時にぎりぎりまで粘ったのはここまでの話である。 ……あそこに居るのは、ナレノハテか、運良くそうなる事を免れた者のみ。 って事はもう此処には居ちゃいねぇか。 ……想い出が相手か。堪んねぇな。 けどまぁ負ける気はさらさらないから。 何だかんだ言って、物理的に近いのはこっち。 これは、まぁ宣戦布告ってヤツで。 黒い長髪の誰かさんよ。 激は何百年ぶりに短くなった髪をちょいと摘んだ。
|