森の中をるるんたるるんたるんたった♪とスキップしながら突っ切る男が居る。 勿論、激である。 今日こそ爆に”ただいまのキス”が出来るといいなぁ、なんて考えながら。 昨日は惜しい所までいったのに、寸前でかわされた……というか顔面に蹴りが入った。 (……爆は右に避けるクセがあるからな……その点を上手く突けば……!!) 考えている内容も、その表情もとても”ただいまのキス”を企んでるものとは思えない程であった。 と。 小さな……猫の、いや。 (キツネ、か?) キュンキュンと何かを堪えるように悲しそうに。 鳴き声を辿り、草むらを掻き分けて着いたそこには、案の上猟師の仕組んだ罠にかかった子ギツネが一匹。 後ろ足に食い込んで、黄金の毛皮を痛々しく赤に染め上げていた。 「おいおい、ここは禁猟区ですよ……」 誰に言うでもなく一人ごちて、キツネの方へ近づいた。 激を罠をかけた張本人、と見たのか、か細げだった声が威嚇するものへと代わる。まるで誰かさんみたいだ、と苦笑してさらに近寄る。声は、ますます剣呑さを増す。 「何もしねぇって。な?」 安心させるために頭でも撫でようか、と思ったが手を翳しただけで歯を剥かれる。 あー……いよいよ誰かさんみてぇ。 同刻、へっくし、と爆はくしゃみをした。 「大ー丈夫、大丈夫だから」 暴れられては余計痛くなるだけだ。 仕方ないので少々強引に抱きかかえる。誤解を解かないでのこの行動は不安やパニックを起こすかもしれないが。 腕から逃れようと必死の子キツネは、鋭い爪を激に突き立てる。 「イッテー!いてぇ、いてぇっての!!」 じたばたと格闘しながらも、どうにか罠を外す事に成功。 ふいに無くなった灼熱感に、子キツネの反抗も止まる。 「もうちょっとなー……」 よしよし、と撫でてやりながら今だ血の滴る箇所に手を翳す。 程なく発せられる光。あっという間に血も傷も消える。 嘘みたいになくなった痛みに、子キツネは少しきょとんとした表情で激を見上げた。 「よーし、もう平気だぞー。もうあんな罠に引っかかんなよ」 ぽん、と最後に一撫でし、その場から去った。……つーかスキップを再開したというか。 いかな激とて背中にまで目玉がついている訳ではない。あったらいよいよ不気味だ。 だから。 助けた子キツネが、何時までも自分の事を見ていたなんて、ちっとも知らないのであった。
「たっだいま〜v爆ー、おかえりのキうげふッッ!!」 「……毎日毎日懲りないヤツだな貴様は!!」 背後の直前まで気配を隠し、がばぁっ!と抱擁しようとしたが、例え気配は無くとも今までの経験上から行動パターンは割り出せる。 たぶんこの位置に居るだろう、と繰り出された爆の後ろ回し蹴りは寸分違わず激を直撃した。 「……ほしいのはキックじゃなくてキッスなんだけどなー」 どえらい音を立てて壁に激突したはずなのに、もうケロっとしている激だった。 (こいつ……日に日に回復力が増してるな……) 恐るべきは人間の慣れである。 「ま、いっか。メシはパスタにするから庭のハーブ、好きなの見繕って来な」 「ん。解った」 最初を挫かれたらもうそれ以上は要求はしない。 やはり「ただいまのキス」である以上、ただいまの時、即ち帰った直後でなければ意味がないと激は言う。 爆にはさっぱり理解出来ないが、「だったら別にオッケー」と激が言い出しかねないので、この事実はそっと胸の奥へ閉まっている。 「あー、そうだ、爆。聞いて聞いてvv」 「……何だ」 自分より図体のデカいやつにごろにゃんと甘えられるのはいささか微妙な気分だ。 「ついさっきなー、罠にかかったキツネ助けたんだ」 「罠に?ここら辺は禁猟区だろ?」 「そうそう、酷い事するヤツが居るもんだよなぁ」 沈痛な面持ちで言う激。 「いい事をしたな、偉いぞ」 なでなで。 ちょっとからかうつもりで頭を撫でたのだが、激はすごく幸せそうだ。 「だろ〜?だからさ……」 「……………」 「ごほーびのキげはぐッ!!」 「……ハーブ、取って来ないとな」 ばたん、と裏扉の閉まった音がする。 うーん、爆ってばいけず、とやはり激はもう回復していた。
ぱたん。 調理の音で消えてしまう小さな、扉の音。 例えそれは聞こえなくても、室内へ誰かが入ってきたか否かぐらい、パスタを炒めながらでも解る。 「おう、爆。ハーブ取って来たか?」 そして爆は当然だ、と答えて水で洗い激の隣でハーブを切る。 これが、いつもの生活だ……たのだが。 「……………」 「……爆ー?」 何故だか爆は隣へは来ないで、少し離れた所で立っている。 訝る激がうしろを見た途端。 「…………ぇ?」 爆がぎゅう、と抱きついて。 「なん、な、な、な、な、……」 壊れたラジカセみたいに激の言葉は同じ単語を繰り返すだけ。 言語障害を起こすくらいにうろたえてるくせに、フライパンをちゃんと置いてえるのがさすがというか。 「激………」 胸に顔を埋めていた爆が、見上げる。 熱っぽく、潤んだ双眸が自分を見つめる。 そして。
「この身体、好きにしてもいいぞ」
「!!!!!!!!??」 いよいよ混乱の極みに達した激の前。 爆は衣服に手をかけて。
足下に、脱いだ服が滑り落ちた-----………
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