黄昏が重なる




 それは時の邂逅が産んだ、一つの偶然でしょう
 違う重さを背負った、者達の





 
白々と夜が明ける。
 真っ暗だった大地を空を分かつように、境界線に紅い線が入る。
 その途端俺は人間の姿になっていた。
 あー……
 そういや、あそこから追い出される前になんか言われてたっけな。呪いが解けてどーのこーのって。
 ……別にンな事しなくてもいいのにな。それとも単にそうなってしまうだけか。
 だったらなおさらなくてもいいのに。
 元に戻って俺になにしろってんだ?
 どうしろってんだ?
 何も出来ねぇよ。そう、何も出来ないんだ!俺は!
 なのに、なのに………!
 別に俺は人に教えを説いて優越感に浸ろうとか、考えてなかったんだ。
 ただ……俺は強くなって嬉しかったから。
 それだけ。
 あぁ、バカ。
 バカ過ぎて立つ気力もない。
 普段宙に浮いてるせいか、地面の感覚が新鮮だ。
 そうそう。
 まるっきり屋外だから、地べたに直接座ったりしてな。
 ヒロトの修行してるところ見てたり。
 あいつのいいところは言った所は直ぐ直す所。
 ウィーク・ポイントは突きに覇気がない所。
 それでも、俺の言った箇所をちゃんと見直して。
 GCにもなって。
 ……それか……ら………
「……………」
 熱いものが胸から、喉へ。そして双眸から溢れる。
「う……ぁ……、あ…あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
 地面に頭擦り付けて。
 何かに縋るみたいに懺悔するみたいに。
 俺は500年で溜まった涙を、ただ流した。



 
今日は日直の仕事のせいで少し帰るのが遅れてしまった。
 すでに空の端が赤くなりつつある。
 教師からは通ってはいけない、と言われている森を突っ切っていつも帰宅している。
 この方がうんと家が近いから。
 この森を通ってはいけない理由は単純に、子供だけでは迷うからだ。
 しかしオレは就学する以前からここの中に入っているのだから、そんな心配は無用だ。
 が……
 何だか、おかしい。
 いつもと同じ道を通っているはずなのに、木々の生え具合とか空気の雰囲気とか。
 違うような、気がする。
 ”迷った”という単語がちらつくが、それで動揺してしまってはだめだ。
 とりあえず自分を信じて行くしかない。
 と。
 森が開ける。
 其処に、誰かが居た。



 
誰か来た。
 けどンなもん気にもしてられねぇ。
 それにすぐどっか行くだろう。いい年したヤツが地べたはいつくばって号泣してんだ。
 普通のヤツはまず引くよな。
 それに。
 誰になんて思われようが、もう関係ねーんだ。俺には、さ。



 
その誰かはオレよりもずっと年上でオレよりもずっと大きくて。
 けど大きな声を上げて泣いていた。
 すごく、すごく悲しそうに、痛そうに。
 …………
 ……オレは。
 今まで大人になったら、何も悲しまなくて。
 泣く事もなくなるのだろう、と思っていたけど。
 ……泣くんだな、やっぱり。
 悲しい事があれば。
「………………」
 オレはそいつの所まで近寄った。


 てっきりもう通り過ぎたと思ってたから、慰めるように触れた手に驚いた。
「……どうか、したのか?」
 おそらく、俺の何百分にも満たない小さな子供は、それでも俺を癒そうと。
「……………」
 喚く事は止めた。が、それでも身体は震え、涙は零れる。
 ……しゃくり上げるまで泣いたのは、どれだけぶりだろう。
 その小さな子供は、俺の顔が確認されるとポケットからハンカチを出して、優しく涙を拭く。
 優しいから……もっと涙が出る。
 悲しみが、込み上げる。
 これに甘え、全て吐き出せとでも言うように。
「ぅ………っく…………」
 噛み締めた唇から嗚咽が零れる。
 知らず、俺はその子供に縋っていた。
 俺じゃない、誰かの体温が、欲しかった。



 ぎゅう、と抱きすくめられた。
 手が上がった時は、叩かれるのか、などと思ってしまったが。
「……なぁ、……何で、俺に構うの?」
 覆いかぶさるように抱かれているから、声が後ろから聞こえた。
「なぁ……俺、此処に居てもいいと思う?」
 ………………
 その声や言葉は、今まで聞いた大人のものとも、当然子供のものとも違っていた。
「……とりあえず、最初の質問に答えてやる。
 オレは、早く大人になりたかったんだ。
 大人になって、自立して。
 そうしたら、もうどんな事でも平気になって、泣く事なんてなくなるだろう、と思った」
「……………」
 そいつはまだ泣いている。
「けど……泣いてるお前を見て。
 ……悲しい事は、どんなに大人になっても悲しいし、そういう時には泣くんだな、って……
 そう思ったら……
 駆け足で、大人になる事もないんだ。オレは、オレのままでいいんだって………
 ……凄く、楽になれたから…………
 お前の憂いの元も、消してやれたら、って思った」


「…………………」
 俺はじっと綴られる言葉に耳を傾ける。
 自分の嗚咽が邪魔だ、と思った。
「それで……お前が此処にいてもいいか、というのだが………
 ……オレには解らん。
 お前が居たいというなら、居ればいい」
「………解んねぇんだよ、俺にもそれが……
 居たいけど……きっと居たらいけねぇんだ………」
「どうしてだ?」
「人を、殺したから」
 ”殺した”という単語で子供の体温がさっと下がったのを感じた。
「……俺が居なくなった所で、その殺しちまった奴が生き返る訳ねぇって事は解るけどさ。
 そいつの為を思うなら、俺は死んだらいけねぇのかもしれないけどさ………
 でも、生きてて何が出来る?何をすればいい?
 ………何も、出来ねぇ………」
 こんな小さな身体で、抱き締める力を入れたら、苦しいだろう。
 それでも身じろぎもしない。
 強い、子だ………
「泣いてるじゃないか」
 はっきりした声だった。
「そいつの為に、泣いてやってるじゃないか」
 ………あぁ、そうか………
「……そうだな」
 お前も言ったな。”自分は自分のままでいい”って。
 きっと俺は何度生まれ変わっても、同じ事をしてしまって。
 こうして。
 お前に縋りつくんだろうな………
 そして俺は、痛さのない涙を流した。



 は、と気づけはオレは樹に凭れた姿勢でいた。
 寝ていた……?今のは夢だったのか?
 それにしては、やけに………
 …………
 ともあれ、オレは帰路を行く。
 家には当たり前に誰も居なくて、オレはやはり潰れそうな寂しさに襲われる。
 ただ、昨日までとは違うのは。
 オレはそのまま、それを受け入れた事だった。


 あれ?と思った時にはすでに子供が居なかった。
 そういえば立ってる位置もさっきとは違ったような気がする。
 夢か?けど、あの体温はこの手にすっかり馴染んでいる。
 殆ど間髪置かず、イレブスのGCが俺の所へやってきて、針の塔への忠誠を誓い改める気はないか、と訊ねてきた。
 当然、俺はノーと答えた。

 だって、そうしたら”あいつ”に会えなくもなってしまうから。

 とはいえ、俺らがまた会うのは、それから500年待たなくちゃなんねかったけど。




お互いの寂しい所がお互いで埋めれたらいいな、とか。
そんな事思って書きました激爆。よく考えたら名前一度も出してないけど。
あと6つで30の大台ですよ、月瀬様!!(超私信)