白い溜息
甘いお菓子を食べ過ぎてはいけないよ
虫歯になるから
甘い誘いには乗り過ぎてはいけないよ
堕落するから
精神も身体もまだ眠る事を欲しているというのに、目が覚めてしまった。こういう事が最近、よくある。
正確には、爆を抱くようになってから、だ。
怠さを訴える身体を起こし、壁に凭れる。
ふー…………
空気を吸う。吐く。それだけでも体力が消耗する感じだ。
横には爆がいる。爆が眠っている。
ついさっきまでは、俺はあいつの内にいた。
何かな。
変な感じ。
身体を繋げても一つにはなれない。
俺と爆は離れている。
……これから、どんなに爆を抱いて。
俺だけに反応するようにしたところで、爆は俺のものにはなってくれないだろう。
まぁ、いいさ。こっちはそれを承知だからな。
最も、コイツに限らず誰かを自分のモノにするなんて、まず無理だろう。
生きている限り。
……ヤベ。一瞬物騒な事考えた。
他の事。他の事を。
といってもこの限られた空間に俺の気を紛らわせてくれるもんなんて特にねーけど。
いるのは俺。
と、爆。
だから自然に爆へ意識が向く。
細い。本当に細い身体。こんなんで雹とか襲ってきたらちゃんと撃退出来んのか?
細い四肢、細い腰、胸。
そして。
細い首――――
「ぁ……?」
枯れた声だった。
な……に……俺は……
爆の首に手をかけて――
馬鹿、何してんだよ。離せよ。
理性は訴えているのに、ちゃんと脳まで届いているのに全然動かねぇ。
それどころか、思うのはこの細さなら少し力を入れれば確実に折れるとか、そんなんばかり。
心臓が耳の直ぐ横にあるみたいに心音が煩い。
生まれて初めてだ。鼓動が鬱陶しいなんて感じたのは。
いや、だから考える事が違うだろって。
早くこの手を離さなければ。爆の目が覚める前に。
…………
…………
…………
どれくらい、時間が経ったんだろう……
相変わらず、俺の手は爆の首に巻きついたままだが、何もしていねぇ訳じゃなく。
何もしてなかったらとっくに絞めている。
離せ、離せ離せ離せ離せ離……
…………!
爆の瞼が動いた。起きる!?
時すでに遅し。
「……おはよ。ってまだ夜だけど……」
「…………」
この期に及んでもまだ手は離れず。いくら寝起き直後でも、首に何か巻きついてるという事は解るだろう。
ちろ、と爆は下に目をずらし、自分の首に巻きついているものを辿り、俺と視線がかち合う。
爆が言った。
「オレを殺すのか」
いつもどおりの真摯な言の葉。
爆は、この状況を――
ごくごくあるがまま、普通に受け入れた。まるでそうであるのが正常、とでも思わせるみたいに。
「殺したいのなら、そうすればいい」
「…………」
「ただ、それでもオレは貴様のものにはならん」
……あぁ、そうだよ……
「そう……だな……」
たかが殺したくらいじゃ、爆は俺のものにはならない。それどころか肉体という器を離れた魂はますます自由に、それこそ俺からどんどん遠ざかるんだ。
殺してもお前は俺のものにはならない。
でも。
ここでお前を殺すと。
その感触はこの手と心にいつまでも残ってくれて。
例えば俺が他に好きな人を作り、幸せになったとしても、ふとした瞬間思い出させては俺を蝕んでくれて。
「俺は……お前のものになれる……」
独占できないのなら、独占してください。
そう思った瞬間、何かのスイッチが入ったみたいだ。
力が。
爆の手にある俺の手に――
「……っ」
爆の目が歪む。器官を圧迫されて空気の通り道を塞いでいる。
――俺のものになってくれないお前の代わりに、俺がお前のものになってやるよ、爆。
あぁ、もうダメだ。俺、その事がスッゲー嬉しくて堪らんねぇ。
はぁ、と苦しく吐かれたその息を最後に空気は爆の喉へ入っても出てもくれなくなった。
このまま5分ぐらい過ぎれば、爆は――
どうしようか、その後。どこに仕舞おっかな。
ずっと眺めてたいよ。俺、お前の寝顔も好きだから。
……好きだから。
好きだから。
好きだから好きだから好きだから好きだから!
「……っだぁぁぁぁぁぁ!」
意味無く叫んで、手を剥がす。
あー……ようやっと俺のいう事きいてくれるようのなったか、俺の手。
爆は背を曲げて咽ている。撫でてやりたいところだけどな、そこまで厚かましくねーし。資格なんてねーし。
「……大丈夫か?」
こんな事言うものおこがましい程で。
「謝るくらいならするな」
「たはは……」
返す言葉も御座いません。
あーあ……
呼吸を繰り返す爆につられて、俺もする。
ゆっくり、肺の奥から全てを吐き出すように。
「……なーんで俺、賢いんかなー……」
「何を言い出すんだ?貴様は」
だって本当だもん。出来ればもっとアホに生まれたかったよ。
そうだったらちゃんとお前を殺せたのに。
「もういいのか?」
「?」
「オレを殺すんじゃなかったのか?」
「何、殺して欲しかった?」
「殺したところでオレの何が変わるわけでもないからな」
……ついさっき殺させかけたヤツの言葉にゃ、とても思えねぇ。
「いいんだよ。もう解ったからな」
「何が」
「俺は思ったより頭がいいって事」
「だから、それは何なんだ」
「秘密♪」
唇に指付けて、その指を爆の口唇に。間接ちゅー。
どんなに突きつけられても、俺が答える気がまるでないということが解ったのか、爆は仕方が無いな、という表情で起き上がり、座る俺の横に来て俺の肩に頭を乗せた。
「嬉しいんだけど……俺、お前を殺しかけた人間だぜ?」
「そんなのは知っている」
当たり前だよな。本人なんだから。
「怖いとか、思ってはいかがなものかと……」
「もうしないんだろ?今さら何を怖がるんだ」
「……敵わないなーオメーにゃ」
凭れた爆に俺も凭れる。重いとか文句言われたけど払われないから良し。
「……激が、オレを殺さないんなら、オレが殺すか」
「んー?殺してくれるの?」
「嬉しそうだな」
「そりゃー嬉しいさ。ていうかそれって俺のものになってくれるという、遠まわしな告白?」
俺の言葉に爆はニッコリと笑い。
馬鹿。と一言だけ言った。
鳥を捕まえたかったら翼をもげばいい。
花が欲しかったらそこから折ればいい。
ああ、でも俺は知ってるから。
鳥は翼で飛ぶから美しい。
花は野で咲くから綺麗だ。
愛してる愛してる。
殺せない程愛してる――
初の痛い系です。厳密にはオフラインで1ページ書いてるんですがね。
「殺せない程愛してる」の台詞が言わせたくて考えついた話です。
でもってこの話の何が一番痛いかって、痛い系を目指しつつ息切れの様子が如実に現れちっとも痛い系では無くなってる所ですね。