赤いトキメキ



「ハイ」
 と、激から手渡されたモノの意図が掴めない。
「……何だ?コレは」
「ナイフ」
 オレの問いに激は表面だけの答えを返した。
 ……自分から言う気はさらさらない……って事か。
 呆れているのを隠さず、改めて問いただす。
「こんなモノをオレに渡す、貴様の真意は何だ?」
「この前爆、言ったじゃん」

 俺の事殺すって

「――――…………」
 何でもない事、当たり前の事のように言う。
 ……いや。
 激にとってはそうなんだな。
「……確かにオレは言ったが、本意じゃない」
「けど俺は本意だから」
 ……契約というのは、

 どちらかが本気にすれば成立する。

 しかし。
「オレはそんな事したくはない」
「俺はして欲しいの」
 何処まで並行させる気なんだ。
 此処で苛立ちに身を任せてはオレの負けだ。負けになったら、激を……
 それは、嫌だ。
「……俺の事を少しでも好きだって想うんなら……刺して?それで」
 激がオレの前まで来る。
 いつもの態度。
 いつもの笑顔、いつもの双眸。
 いつもの激で。
「そうしてくれたら……俺は、凄く嬉しいから。
 それに、きっと気持ちイイぜv」
 なんてたって、爆に殺されんだもん。
 そう言ってから、激が身を屈め、オレの唇に自分のを合わせた。
 何度か角度を変え、丁寧に隙間なく合わせたら口付けを深くする。
 ……いつもの……キスの仕方……
 今の激はまるで隙だらけで、オレに殺されたいというのは真剣な願いのようだ。
 オレの手には無機質なナイフが在る。
 これを、何処でもいい。胸でも首でも腹でも……刺せば、例え致命傷ではなくても激は望み通り死ぬ。
 いや、オレに殺される。
「……んんッ……ふ……ッ」
 息が切れる前に口唇をちょっと離し、息継ぎをさせてくれる。
 激は……優しい。
 それだけじゃないけど……オレは激の事が好きで。
 激もオレの事が好きで。
 でも、殺して欲しくて。
 …………オレは。
 激に生きてもらいたいけど……
 それはただのオレのエゴで。
 好きだというなら激の望む通りにして、やるべきなんだろうか。
 生きる方がいいというのは……オレの傲慢なんだろうか……
 ゆっくりと。
 激の首に腕を回した。

 ナイフを握ったまま

「…………」
 その事に気がついた激は、さらに身体を軋む程抱き締め、身体を密着させて、それ以上にお互いの中に入るキスをして。
 いつも通りの激のキスに、オレもまたいつも通りに感じて。
 ただ、いつもと違ったのは頭はぼんやりするのに意識ははっきりしていた。
 何でだろう。最後のキスだから、だろうか。
 激の向こうに銀色の光が見える。
 あとは、そう、少し。
 少し、その手を激に近づけるだけで……
 ……………
 激しくなる一方の、キス。貪るような、キス。
 ……激、違うじゃないか。
 いつもと、違うじゃないか。
 奥に舌を差し入れては、オレを掬っていく。
 あぁ、そうか―――

 お前は、喉が渇いているんだな

 カシャ―――ン………
 木の床でも、落とせば音を立てた。
 激が一瞬止まる。オレを見る。
 口付けは、続いた。
 今度はちゃんと意識も白濁してきた。
 ふわふわする。くらくらする。
 立っているのかどうかも解らない。
 けど。
 側に激が居るなら、オレは絶対に床の上なんかに倒れたりはしないんだ。絶対。
「……はぁ……っ……」
 気がつけばソファに座っていた。
 そして視線の下に激が居て。
「……殺さねぇの?」
 そう言う激の顔が、お気に入りのオモチャを取り上げられた子供のそのままだったから、オレは思わず噴出してしまった。
 愉快にオレは笑う。困惑する激の前、ようやく落ち着いた。
「なぁ、激……」
 ゆっくりと語りかける。
「オレは激を殺して、激はオレに殺されて……それは凄く気持ちいい事かもしれんが……」
 そっと、激の頬を包む。
「もしかしたら、もっと気持ちいい事があるかもしれんぞ?」
「……無いかもしれねーじゃん」
「その確立は”あるかもしれない”というのと同じだろ?」
 激は黙った。
「……ずっと同じだなんて、あるわけが無い。オレも激も、他に好きなヤツが出来るかもしれん。
 そうなる前に、ここままで終わりたいというのは解るが、それはそうなった時にとっておけばいいだろう」
「……………」
 激は喋らない。
「今はオレも激も、お互いが好きなんだ。贅沢言うと罰が当たるぞ」
「……そこまで言われちゃ、仕方ねーやなぁ」
 降参、と激が諸手を上げた。
「貴様はどうしてなってない事を心配するんだ」
「いつかなるんじゃないかって、それが怖ぇんだよ」
「だからって先走るヤツがあるか。激、慌てる乞食は貰いが少ないんだぞ」
「あー、もうあんな事言い出さねーから、ンなに苛めんなってぇ〜」
 激が情けない顔をする。と、徐に床に落ちてたナイフを拾う。
「まぁ……爆に殺されたいってのは、俺だけのモノにしたい、ってのも確かにあったけど……」
 器用にナイフを手で弄ぶ激。
「俺の血で濡れた爆ってのも、見てぇなーって」
 ぐ、と。
 ナイフを人差し指に押し付ける。
 ナイフを離せば、最初は赤い線でしかなかった所から、血が溢れた。
 確かに現実なのに、どうしてか合成したみたいに浮き上がっていた。
 激がオレに手を伸ばし、右の頬がむるっとした。撫でるように首を通り、鎖骨で止まる。
 一端の芸術家のように、オレを観る激。
 段々と眉間に皺が寄って――
「……あんまり、合わねぇなぁ……?」
「……貴様は、本当にバカだな」
 そうしてはオレは、激の血に濡れたまま、激にキスをした。


 なぁ、激。本当に他に好きな人が出来たら、ちゃんとオレに言うんだぞ。そうしたら、オレもちゃんとお前を殺してやから。
 ……解ってる。貴様の身体から、最後の一滴の血が流れつくすまで、ずっと見ててやる。
 は?約束の印にキス?アホ。
 ……だったら今から殺せ?貴様さっきはもうそんな事言わないと言っただろうが。
 当たり前だ、怒ってる。謝れ。
 ……よし。
 何?そんな事じゃずっと爆は俺の事殺してくれないじゃないか? ……そうなるのか?
 ……そうなるのか。そうか……
 何だって?オレが他に好きなヤツが出来た場合の事を言ってない?そんなものはの必要ないだろうが。
 そう、ないんだ。
 証拠にキスしてだぁ?……貴様、やっぱり一回ぐらい死んで来るか……?

という訳で赤いトキメキ。実はこれ「白い溜息」と対の話なんですねーv
年越しちゃいましたが。間で。
まぁ、一見痛い系ダーク風なんですが、その実ただのイチャイチャ。
だってこやつら相手はそのうち他に好きな人作るんだなーとか思いつつ自分はそんな事無いと、両方が思ってるんですよ!
どーなんだ、えぇ!?(凄むな)
んでもって。
最後の焼く10行ばかりは勿論爆の台詞。行間の激の台詞を考えてみてくださいねーv