ゼロの時の鐘が鳴ったら
「激ー、暇だから来てやった……」
がちゃ、とふてぶてしくも居丈高にドアを開けた爆が……固まる。
のーん。
「おう、よく来たな」
…………
ごしごし。爆は目を擦って改めて見た。
それは幻覚でもなければ映像でもなさそうだ。
「何……で……貴様……
またヒゲになっているんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ズビシィ!と真っ向から指の示す先には、確かに先日目出度く呪いの解けたはずの激が、再びフネンの仙人として宙に浮かんでいた。
そりゃもうのーんと。
「いやー、それがよー」
激(いや、今はフネンだけど)はのーんと言う。
「呪いが強烈過ぎて、どうやらまだ完璧には治ってねーみてーなんだよなぁ」
「そうか……」
そういえばこの前もヒゲは付いたままだったな……。
「けど一応解けては来てるようで、ホラ俺喋れてるだろ?」
……却って悪化しているように見えるのは気のせいだろうか……
目の前の確認済み浮遊物体を見て爆は思わずにはいられなかった。
「で。戻るあてはあるのか?そのままで居続ける訳にもいかんだろうが」
「あると言やぁあるんだけど……」
だったらさっさとやればいいじゃないか、と言い渋るような激を訝る。
「爆、俺にキスしてくんない?」
…………
ふー……(溜息)
「今日はいい天気だ……」
「オイオイ無視すんなよ」
「……貴様なぁ……こんな非常事態にまで何を言うか!!」
爆の近くを浮遊するとガ!とヒゲを掴まれた。
「馬鹿言え。俺は至って本気だ」
「なおいかんわぁぁぁぁぁぁ!!」
と、激はヒゲの一本をゆらゆらと左右に振った。おそらく「チッチッチ」と指をスライドさせている気なのだろう。
「いいか、オメーが生まれるずっと前から王子に掛かった呪いを解くのは姫のキス、って古来からの伝統なんだよ。世の中ってのはそーゆーもんだ」
「そんなふざけた世界、オレは認めん!だいたい誰が王子で姫なんだ!」
「俺が王子で爆が姫♪」
「そんなダイレクトな答えを要求したんじゃない―――――!!」
爆の絶叫が室内を響かせた……
(などとおちょくった所で、内心かなり焦っているんだけどな……)
フコフコと浮かんで窓の外へ目をやる。今宵は上弦の月であった。
(このままずーっとこのまんまだったら、どーするか……)
そう思った途端ヒゲがぺしょ、と垂れる。
この姿のままじゃ……
このままじゃ……
(爆に抱き着いてあんな事もこんな事も出来やしねぇ!)
爆が聞いたら烈火の如く怒り狂いそうだ。
本当になぁ……吟遊詩人の歌ならここでお姫様にキスの一つでもしてらえれば、あっという間に元通り。王子様はお姫様と幸せに暮らしました……とエンドロールが流れてくれるのに。
視線の先が無意識にソファで眠る爆へ向く。今日は泊まっていく事なった。
絶対激が今こんなだから、自分にちょっかい出せないと思っての事だろう。そう思うと激としてはかなり面白くない。
(だめで元々、やってみっか)
スィー、と移動して爆の上にホバリングする。ちょっと横を向いて眠る爆の顔へ回り込み、口唇(があるのか?)を重ねた。
すると。
「……ぁ……?」
テレポートでもした時のような、眩暈にも似た感覚の後。高い視界に5本の指、顔を撫でれば口や目鼻もちゃんとある。
(うっそ、マジで戻りやがんの!……ていうか……
何で俺は裸なんだ!!?)
以前は呪いの解けた時には服もちゃんと着てたのに。……それだけ、呪いの効果が薄れつつあるという事だろうか。
これは喜ぶべき事なのだろうが。
こんな夜中で爆の側に裸で佇んでいた事が知られでもしたら、自分の人格というものが否定されてしまう!
人生の一大ピンチだ!!
(服、服はどこだぁぁぁぁぁ!!)
激は今、おそらくこの世界一番に服を欲している男になった。
「んー……?」
あちこち弄ってる物音に反応してか、爆がもそ、と動く。
(や……やばい――――!!)
激の心臓はビョンと逆バンジーしたようだ。
ああ、神様、このままでは爆に嫌われてしまいます(ただえさえあまり好かれていないというのに)!どうかもう一度フネンの姿に!!
爆は起き上がり、寝ぼけ眼で周囲を窺う。そして、激の姿を捉えた。
「……激……?何をそんな所で……浮かんでいるんだ?」
「…………」
神様は激の必死の祈りを聞き届けたのか、爆が起きるぎりぎりの場面でフネンの姿にしてくれた。
……でもあまり感謝できないのは何故だろう……
「全く、こんな夜中にドタバタと……」
「……ちょっと呪いの解き方を調べててな……」
ぽりぽりとヒゲで頭(なのか?)をかく。
「…………」
爆は無言で席を立つと、激を掴んで引き寄せた。
「…………?」
「呪いを解くには、お姫様のキス……だったか?」
爆が意地悪く微笑む。それから、顔を近づけてちゅっ、と軽い音を立ててキスをした。
(!!!!)
「?」
いきなり増した手の中の重量に訝しんで目を開ければ、そこには激が。
当然、
「なっ……裸――――――!!?」
「フツー見られた俺が叫ぶんじゃねぇのか!?」
変質者でも目撃したような爆の反応に激は思いっきり傷ついた。
「し、しかし、こんなので戻るなんて……!」
世の中奥が深いのか、たかが知れているのか……
「…………?」
突然、腕を掴まれ抱き寄せられる。
「何……?」
「まだ、だ……まだ足りねぇ……」
「んッ……――――!」
半ば無理矢理上向かせ、強引に口唇を重ねた。久しぶりに感じる熱に、爆の身体は竦んだ。
「んぅ……ッ……ん……ふぁっ……」
激の舌が爆の口腔の中を荒らしていく。与えられる熱に、爆の意識が朦朧として来たが、服の下に入った手に我に帰った。
「やめんか馬鹿者――――!!」
「ぐはぁッッ!!」
激の下腹部に強烈な蹴りを食らわし、無事に危機を回避した。
「戻ったと思えばいきなり何をするか!不謹慎な!!」
乱れた衣服を正しながら、キッ!と睨む。少し潤んでいるが、本気で怒っているのが窺えた。
激は慌てて弁護する。
「違ぇって!そんなんじゃなくて、いや、確かにしたかったけど……!
さっきキスしただけじゃすぐ戻っちまったから……ッッ」
自分の失言に慌てて口に蓋をしたが……爆にばっちり聞こえてしまった。
「ほほう……」
先程とは明らかに質の違う……そして鮮烈な怒気を爆が包み込む。
「……貴様というヤツは……人の寝込みを襲って……!」
「な……なぁ、爆緊急避難って知ってるか?人間、止むを得ない状況なら法を犯しても構わないという……」
「問答無用――――――!!」
「あぁッ!やっぱダメかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ちなみに。
この先激がフネン返り(何だそりゃ)をする事は無かったが、爆に半年程触れれなかったという……
呪いって怖いね♪(←微妙に違)
激×爆というよりフネン×爆。……ちょっと想像出来ないな……フネンと爆のキスシーン……