「例えば、俺は綺麗とか、美しいっていう言葉の意味を教えて貰ったな」
と言い、そのままその時の思い出に浸ったのか、窓の向こうを見始めた激にそっと伝票を押し付け、カイは店を後にした。 ………美しい。 美しい、か。 確かに爆の事は立派だとは思う。”大人になりたく無い”なんてほざく若者の多い世の中、爆は率先して一人で歩く方法を模索している(よく考えればこれが自分の今の状況の原因である)。 しかし。 それが”美しい”という言葉とどうやって結びつくのだろう。 自分がその言葉を使うのは----例えば絵画や彫刻等の芸術品。あるいは自然の造る雄大な景色。そんな所だ。 単純に辞書を開けば、”美しい”という意味は”魅力的で好ましいさま”と出ている。激もそれくらいは知っているだろう。 「………………」 とりあえず、その事は一旦考えるのは止めにして、カイは帰宅(と言っても爆の家だけど)への足を急いだ。 家事や雑務をしなくてはならないし、何より。 伝票を持った激に追いつかれないように。
とりあえず、と置いておいてそのまま忘れてしまうのはよくある話だ。 現にカイはすぽーんと忘れて凄く普通に日常を送っていた。 この所雨が続いたので溜まっていた洗濯物を全部干し、ふうさっぱり☆と額を拭った。汗はかいていないがなんとなくである。風呂上りのコーヒー牛乳を飲む時に腰に手を添えてしまうのと同じだ。 こんな気分の時には取って置きの茶でも淹れ様、と穏やかな昼下がりを想像だけで満喫しながら、カイはドアを開け----- ガチャどご!! 「ぐはぁっ!?」 「……ん?何か当たって……て、カイ。何玄関でへたり込んでいるのよ。趣味?」 「違います!!」 カイがへたり込んでいる原因は、勿論ドアが開いたときに鼻の頭を強かにぶつけたからだ。カイは昼間から星を見てしまった。 「ピンク殿……ご帰宅ですか?」 自分に鼻血一歩手前のダメージを負わせた本人は、とても晴れやかな表情をしていた。 「んー、まぁね。やっぱ此処の回復薬が一番良く効くわ〜vv」 背筋を伸ばし、全快☆というのをボディランゲージ。 ピンクは白魔術師という容貌から「あり得ねぇ!!」と叫びたくなるよーな風貌を醸し出す祖母から日々特訓を受けている。若干スパルタ気質の教育から逃れ、こうして心身共々リクザレーションするのだった。 「あ、爆ね、今から部屋篭るから、邪魔したら切り刻んで埋められて、庭の花の肥料になると思え!!だってさ」 「肝に銘じときます」 爆ならやりかねない……いや、むしろやる。 しかしそういう事ならば、今日はいよいよ穏やかなアフターヌーンティーが楽しめそうだ。だったら淹れ方にも少しこだわってみようか……などと思っていたら。 「ねぇ、カイ。あんた暇?暇よね」 へたり込んだままのカイの首根っこを、ぐわし!と掴んだ。カイの”穏やかな午後”に影が差す。 「今からあたし、フリーマケットに行くからさー。荷物持ちよろしくねv」 一体何処からそんな力が出るだよ、と見ている者からの問いかけがでそうに、ピンクはそのままずりずりと引きずって行った。 「……………………」 ………さようなら……私の”穏やかな午後”…… カイの取っておきの茶の缶が開くのは、もう少し先に…… 「お、いい茶だな。飲むか」 パカ。 爆が開ていた。
と、いう訳でフリーマケットだ。フリーマケットというからにはフリーなマーケットだ。 フリーの名に恥じぬくらいに、各々のスペースには、あって頷く日用品や、何に使うんだよこんなのつーか何で持ってんだよ!?という物もある。そして極まれに持ち主が真の価値を知らないで、二束三文で売られている掘り出し物もあるのだ。 単純に安く品物を買いたい者も居れば、その掘り出し物目当てにやって来る者も居る。 ピンクはその両方だ。 雑多に並べられている時計の一つにキュピーンと目を光らせた(マサルか)ピンクは早速値切り交渉へと入っていた。ピンクはこれまでの買い物を、値札で買った事は無い。 カイはその姿を見て、女性の平均寿命が長い理由を垣間見たような気がした。 自分も折角来たんだし、穏やかな午後が葬られた事はさておき前向きに考え、何かいいのは無いかな、と物色してみた。 師匠はあれでも審美眼がある方で、よく贋作と真作並べて本物はさぁどっちでしょう。当てた方を今月の小遣いとします。とやられたものだ。しかもその贋作は激が作った物だったり。 そんな訳でカイも自分の目には結構自信があったのだった。 ざっと周囲を見てみる。やはり服が多い。しかし、衣服に不自由はしてないし……あとは家の不要な物(主に結婚式の引き出物)が大半だろうか。 ぐるーとカイの視界が270度程回った所でピタリと止まった。そこは、アクセサリを主に売っているスペースで。 止まったのは鮮やかな赤が飛び込んで来たからだ。まるで炎のようなその色は、カイを誘っているように見えた。そして、カイは誘われるままに赴いた。 「ニーさんらっしゃい」 売主が出迎える。年は20代後半だろうか。その身なりや雰囲気は、あちこちを転々としているイメージを抱かせた。 カイの目を引かせたものは、七宝焼きやカメオに似ていて、けれどどちらでも無かった。 燃え盛る炎をバックに、走る馬の姿が浮かび上がる。大きさは手の掌にすっぽり収まるくらいの、何かの止め具か、あるいはブローチみたいな物だった。 「ニーさん、それが気に入ったのかい」 カイの興味の矛先を知れた売主が言う。 「物は確かだよ。それはとある貴族の持ち主でねぇ、ついこの前まで、ご婦人の胸元を飾ったり、紳士のマントを括っていたって訳さ。 ニーさん目が肥えてるねぇ」 「そ、そうですか?」 こういう場所での褒め言葉は人工100%だと言うのは頭で解っていても、それでも褒められるとやっぱり嬉しいのが人の情というものだ。。 本当に貴族の物かどうかは怪しい所だが、たとえその履歴が詐称であっても、カイはこれが酷く気に入った。 腰紐を纏める器具が壊れて(爆から崖へ蹴り落とされたため)不便していた所だし、これならピッタリだろう。 「あの……いくらでしょうか」 「ん。このくらい」 指を出す。 まずい、手持ちじゃ足りないかも…… 顔が強張ったカイに、売主が苦笑する。 「違う違う。きっと思ってるのよりゼロ一個少ないよ」 「……えぇぇ!?それじゃ安すぎじゃないですか?!」 「いいいの、いいの。たまにゃ損得抜きにしてショーバイしたい時もあんのよ。 売り手の愉しみって知ってるかい?相応しい物を相応しい人へ売った時さ」 その言葉に後押しされて、カイにもう迷いは無かった。 「----これ、買います!」 「はーい、毎度ありー♪」 買った直ぐ身につけるつもりのカイは、包装は断った。購買欲が満たされたのか、ピンクがもう帰る、とカイを呼んだ。慌てて行くカイ。 ----遠くなるカイの背を眺め、煙草に火を着ける。 (あのブローチ(仮称)……貴族出だっつーのは本当だけど……その貴族、全員原因不明の病気でおっ死んでんだよなー……) 「あのー、これ……」 「はいはい。お。おじょーさんお目が高いねぇ」 客が来て、売主の頭からはカイの事なんか、すっかり抜け落ちてしまったのだった。
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