仔兎のワルツ
   〜第6話〜



「例えば、俺は綺麗とか、美しいっていう言葉の意味を教えて貰ったな」



 と言い、そのままその時の思い出に浸ったのか、窓の向こうを見始めた激にそっと伝票を押し付け、カイは店を後にした。
 ………美しい。
 美しい、か。
 確かに爆の事は立派だとは思う。”大人になりたく無い”なんてほざく若者の多い世の中、爆は率先して一人で歩く方法を模索している(よく考えればこれが自分の今の状況の原因である)。
 しかし。
 それが”美しい”という言葉とどうやって結びつくのだろう。
 自分がその言葉を使うのは----例えば絵画や彫刻等の芸術品。あるいは自然の造る雄大な景色。そんな所だ。
 単純に辞書を開けば、”美しい”という意味は”魅力的で好ましいさま”と出ている。激もそれくらいは知っているだろう。
「………………」
 とりあえず、その事は一旦考えるのは止めにして、カイは帰宅(と言っても爆の家だけど)への足を急いだ。
 家事や雑務をしなくてはならないし、何より。
 伝票を持った激に追いつかれないように。


 とりあえず、と置いておいてそのまま忘れてしまうのはよくある話だ。
 現にカイはすぽーんと忘れて凄く普通に日常を送っていた。
 この所雨が続いたので溜まっていた洗濯物を全部干し、ふうさっぱり☆と額を拭った。汗はかいていないがなんとなくである。風呂上りのコーヒー牛乳を飲む時に腰に手を添えてしまうのと同じだ。
 こんな気分の時には取って置きの茶でも淹れ様、と穏やかな昼下がりを想像だけで満喫しながら、カイはドアを開け-----
 ガチャどご!!
「ぐはぁっ!?」
「……ん?何か当たって……て、カイ。何玄関でへたり込んでいるのよ。趣味?」
「違います!!」
 カイがへたり込んでいる原因は、勿論ドアが開いたときに鼻の頭を強かにぶつけたからだ。カイは昼間から星を見てしまった。
「ピンク殿……ご帰宅ですか?」
 自分に鼻血一歩手前のダメージを負わせた本人は、とても晴れやかな表情をしていた。
「んー、まぁね。やっぱ此処の回復薬が一番良く効くわ〜vv」
 背筋を伸ばし、全快☆というのをボディランゲージ。
 ピンクは白魔術師という容貌から「あり得ねぇ!!」と叫びたくなるよーな風貌を醸し出す祖母から日々特訓を受けている。若干スパルタ気質の教育から逃れ、こうして心身共々リクザレーションするのだった。
「あ、爆ね、今から部屋篭るから、邪魔したら切り刻んで埋められて、庭の花の肥料になると思え!!だってさ」
「肝に銘じときます」
 爆ならやりかねない……いや、むしろやる。
 しかしそういう事ならば、今日はいよいよ穏やかなアフターヌーンティーが楽しめそうだ。だったら淹れ方にも少しこだわってみようか……などと思っていたら。
「ねぇ、カイ。あんた暇?暇よね」
 へたり込んだままのカイの首根っこを、ぐわし!と掴んだ。カイの”穏やかな午後”に影が差す。
「今からあたし、フリーマケットに行くからさー。荷物持ちよろしくねv」
 一体何処からそんな力が出るだよ、と見ている者からの問いかけがでそうに、ピンクはそのままずりずりと引きずって行った。
「……………………」
 ………さようなら……私の”穏やかな午後”……
 カイの取っておきの茶の缶が開くのは、もう少し先に……
「お、いい茶だな。飲むか」
 パカ。
 爆が開ていた。



 と、いう訳でフリーマケットだ。フリーマケットというからにはフリーなマーケットだ。
 フリーの名に恥じぬくらいに、各々のスペースには、あって頷く日用品や、何に使うんだよこんなのつーか何で持ってんだよ!?という物もある。そして極まれに持ち主が真の価値を知らないで、二束三文で売られている掘り出し物もあるのだ。
 単純に安く品物を買いたい者も居れば、その掘り出し物目当てにやって来る者も居る。
 ピンクはその両方だ。
 雑多に並べられている時計の一つにキュピーンと目を光らせた(マサルか)ピンクは早速値切り交渉へと入っていた。ピンクはこれまでの買い物を、値札で買った事は無い。
 カイはその姿を見て、女性の平均寿命が長い理由を垣間見たような気がした。
 自分も折角来たんだし、穏やかな午後が葬られた事はさておき前向きに考え、何かいいのは無いかな、と物色してみた。
 師匠はあれでも審美眼がある方で、よく贋作と真作並べて本物はさぁどっちでしょう。当てた方を今月の小遣いとします。とやられたものだ。しかもその贋作は激が作った物だったり。
 そんな訳でカイも自分の目には結構自信があったのだった。
 ざっと周囲を見てみる。やはり服が多い。しかし、衣服に不自由はしてないし……あとは家の不要な物(主に結婚式の引き出物)が大半だろうか。
 ぐるーとカイの視界が270度程回った所でピタリと止まった。そこは、アクセサリを主に売っているスペースで。
 止まったのは鮮やかな赤が飛び込んで来たからだ。まるで炎のようなその色は、カイを誘っているように見えた。そして、カイは誘われるままに赴いた。
「ニーさんらっしゃい」
 売主が出迎える。年は20代後半だろうか。その身なりや雰囲気は、あちこちを転々としているイメージを抱かせた。
 カイの目を引かせたものは、七宝焼きやカメオに似ていて、けれどどちらでも無かった。
 燃え盛る炎をバックに、走る馬の姿が浮かび上がる。大きさは手の掌にすっぽり収まるくらいの、何かの止め具か、あるいはブローチみたいな物だった。
「ニーさん、それが気に入ったのかい」
 カイの興味の矛先を知れた売主が言う。
「物は確かだよ。それはとある貴族の持ち主でねぇ、ついこの前まで、ご婦人の胸元を飾ったり、紳士のマントを括っていたって訳さ。
 ニーさん目が肥えてるねぇ」
「そ、そうですか?」
 こういう場所での褒め言葉は人工100%だと言うのは頭で解っていても、それでも褒められるとやっぱり嬉しいのが人の情というものだ。。
 本当に貴族の物かどうかは怪しい所だが、たとえその履歴が詐称であっても、カイはこれが酷く気に入った。
 腰紐を纏める器具が壊れて(爆から崖へ蹴り落とされたため)不便していた所だし、これならピッタリだろう。
「あの……いくらでしょうか」
「ん。このくらい」
 指を出す。
 まずい、手持ちじゃ足りないかも……
 顔が強張ったカイに、売主が苦笑する。
「違う違う。きっと思ってるのよりゼロ一個少ないよ」
「……えぇぇ!?それじゃ安すぎじゃないですか?!」
「いいいの、いいの。たまにゃ損得抜きにしてショーバイしたい時もあんのよ。
 売り手の愉しみって知ってるかい?相応しい物を相応しい人へ売った時さ」
 その言葉に後押しされて、カイにもう迷いは無かった。
「----これ、買います!」
「はーい、毎度ありー♪」
 買った直ぐ身につけるつもりのカイは、包装は断った。購買欲が満たされたのか、ピンクがもう帰る、とカイを呼んだ。慌てて行くカイ。
 ----遠くなるカイの背を眺め、煙草に火を着ける。
(あのブローチ(仮称)……貴族出だっつーのは本当だけど……その貴族、全員原因不明の病気でおっ死んでんだよなー……)
「あのー、これ……」
「はいはい。お。おじょーさんお目が高いねぇ」
 客が来て、売主の頭からはカイの事なんか、すっかり抜け落ちてしまったのだった。





いかにも何か起こる、といった話ですね。実際起こるんですが。
こんな話書いといて、朱涅さんフリーマーケット一度も行った事なかったりしてね☆