カイは律儀に日記なんぞをつけていたりする。己の行動を省みるにしても何にしても、自分を客観的に見るのは文章に直すのは良い方法だ。 ……最も、カイの場合、自分の身にあった事を客観的に書くとその最中に恐怖で震えたり、悲壮感に打ちひしがれたりもするが。 窓の外で何かの気配を察知した。顔を上げればフクロウが夜空に浮かんでいた。 これで自分が階段下の物置に居て額に傷のある丸い眼鏡をかけた少年ならば、あのフクロウが魔法学校の入学書を届けに来た確率はかなり高いが、いかんせんここは客室だし自分は耳が長くて目は赤かった。 フクロウが人里に来るなんて珍しいな、と頭の端で思い、カイは日記の続きを書き始めた。えーっと、爆殿からあの実とって来いと崖の上から蹴り落とされてからだっけ。 …………よく生きてたなぁ。 コツコツ。コツ。 カイが生というものの尊さに涙している中、件のフクロウが窓を嘴で突付く。よく見たら、その足に手紙を括りつけているではないか。 まさか本当にホグ(以下略)とかいう淡い夢はカイは見ない。 もしかして、師匠か……? コツコツ、と力を加減して窓を突付き続けるフクロウは、カイが窓を開けるつもりで近づいたのに少し遠ざかる。 カラ、と開けた窓からフクロウがふわりと舞い降りて----- ゲゲシ!! カイにドロップキックを食らわし、再び夜の中へと消えていく。 ……間違いない。師匠のフクロウだ。ずぇぇぇぇったい師匠のだ。 顔面にペイントしたみたいにはっきりとしたフクロウの足跡をつけたカイは、机に放られた封筒を開けた。やはり、師匠からだった。
”よー、元気か。俺は雑用してくれるヤツが居なくてちょっと不便だ”
カイはゴミ箱にそのままポイしそうになるのを必死に堪えながら続きを読む。
”途中報告をして貰いたいから、下に書いた店まで来い。勿論爆には感づかれるなよ。 地図もあるからしっかり頭に叩き込め”
カイは言いつけ(ていうか書きつけ?)通り、しっかり頭に叩き込んだ。
”叩き込んだか?よーし、オーケー。 ちなみにこの手紙は読み終わった後、自動的に消滅するからよろしく”
……………え? とカイが首を傾げた瞬間、、手紙がボガン!と爆発した。
ちらりほらりと人の埋まる店内に、見知った顔を見つける。 久しぶりの師弟の対面だ。当然懐かしいなんて思ってやら無い。 「うぃっす。メシ、適当に注文しといたぜ」 「師匠……郵送の方法は敢えて何も言いませんが、せめて爆発物はやめてください。爆発物は」 「爆にはちゃんと上手い事言っといたか?アイツ嘘に敏感だかんらなー」 相変わらず弟子の聞いてないし。 「んで。近況とかはどんなだ?」 「…………5回……」 「は?」 地の底から沸いて出るような声で、カイがぼそりと呟く。 「5回……私は、今日死ぬんだと思いました………」 フ、フフフ……という笑い声は、昼の木漏れ日から確実に温度を奪った。 「ははッ、いいねぇ、実にあいつらしいよ。うん」 と頷いて熱いコーヒーを一口。アイスなんか頼まない。ハードボイルドだったら夏でもホットだ! 「……爆殿が爆殿らしい事に楽しむより、少しでいいから弟子の命の心配をして下さいよ!」 「あ、すんまそん。コーヒーおかわり」 近くのウェイトレスをひっつかまえてコーヒーをねだる激。 また聞いてないし。 「で。私は何時まであそこに居ればいいんでしょうか」 自分の命は自分で確保する、という覚悟を決めたカイは素早く会話を転換した。 「だから、真達が帰ってくるまで……って、オメー嫌なの?居るの」 「命の危険性がある所へ好き好んで住もうとする人も珍しいと思いますが」 「そっかなー、俺はそれでも居てぇけどな。爆の側なら」 激のセリフに、思わずアイスティーにシロップを入れようとしていたカイの手が止まる。 「師匠……まさか、マゾですか?」 カイの顔は真剣だ。 「店出たら覚えとけよお前。 ……ま。あいつの魅力は一朝一夕には語れねぇよ。どっちかっつーと、解ってもらわない方が都合がいいな。ライバルは居ないと寂しいけど少ないにこした事はねぇ」 「良かったですね。私は師匠の都合を悪くする事はまずありませんから」 抑揚を無く言った弟子に激は苦笑する。 「皆最初はそう言うんだよなー。皆。 で、皆惹かれていった」 かく言う自分もその一人。 爆の事を可愛いとは思ってた。全部の災厄から、護ってやりたいとも思ってた。 しかし、最初はそれは単純に、年長者という立場から産まれる保護欲や父性に含まれるもの。それだけと言ってしまえばそれまでだった。 が。 「……単純に暮らすだけの常識とか、決まりとか、ンな事ばっかに気をとられるヤツには気づかねぇよ。 あいつは色んな物を見せる。 例えば----」 またコーヒーを一口。激のは、ミルクも砂糖も入れない紛れも無いブラック。
「例えば、俺は綺麗とか、美しいっていう言葉の意味を教えて貰ったな」
と、まるで、今まさにその光景を目にしているような、表情で激が言った。
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