仔兎のワルツ
 〜第3話〜




 夜である。
 といっても宵の口。しかし太陽と生活を共にするカイは就寝の時刻であった。
 爆から割り当てられた部屋のベットへ寝転がる。
 カイはとても心安らかだった。師匠から凄い評判をされてたが、「茶がぬるーい!」とカップを投げつける程度で特に何も問題は無かった。強いて言うとすれば、それを問題としない自分が問題だろうか。
 仕方は無いではないか。そんな事でいちいち落ち込んでいたら、あの師匠の元、今頃胃に穴が空くどころか無くなってしまう訳で慣れって怖いね☆うーん、涙が出ちゃう。だって男の子だもん☆
 それでも激が仕掛けてくれるトラブルの数々に比べれば、赤ん坊が部屋を散らかしているようなもんだ。それはそれで迷惑だが。
 今日も無事に一日が終わった。自分の怪我の処理をしないで寝るのなんて、何年ぶりだろうか。
 さあ、いざ行かん、夢の世界へ………
「オイこら寝るな。起きろ」
 ドゲシャ!
「どわはぁッ!?」
 背中を思いっきり蹴られたカイは、湿気対策の為に開いてあるベットと壁の隙間に思いっきり転がりこんだ。
 ベシャ!
「な、な、な、何ですか???」
 すっかり今日もお疲れお休みモードだったカイにはこの展開についていけない。最も平常の状態であったもついていけないだろうが。
「すっかりパジャマにまで着替えているな。さっさと出るぞ。30秒で支度しろ」
「え?え?え?」
 と、疑問に思いながらも、悲しいかないつの間にか身に染み付いた弟子根性は、爆の言われるままに従っていた。



 外は新月。漆黒の空には散り散りとなった光明しかない。
 子供はもう寝ないとママンに叱られる時間だが、カイと爆は森を直進している。
「あの、それで何処に行って何をするのでしょうか?」
 経験としては何かをしようとしている人(特に激)には、話しかけるな疑問を持つな黙って従えそれで平穏が迎えられる、と認知はしているのだが、行き先の見えない事程不安になる事は無い。カイはそれを解消したかった。
 半歩ばかり前を歩いていた爆はカイに向き合う為に振り返る。
「……貴様は本当に一般程度しか知らんのだな。新月の日はマンドラゴラの採集日だろうが」
 そういえば月イチの割合でブラッと夜中に師匠が何処かへ行ってたな、とカイは思った。
 程なくして森が途切れ、上からだったら崖になる断崖絶壁が目の前に聳える。その壁にへばり付くように生えた草。これはカイにも解った。あれこそがマンドラゴラだ。
「ほら、耳栓だ」
 渡されたのは胸ポケットに入るサイズの手帳程の物で。耳に引っ掛ける部分がある。
「あ、はい。どうも……って私が取るんですか!?」
 カイは慌てた。当然だ。マンドラゴラは引っこ抜く時にとてつもない悲鳴を発し、それを聞いた者は少なくとも一週間以内に死んでしまうという、貞子もビックリな植物だからだ。
「当たり前だ。他に誰が居る」
「爆殿が居るじゃないですか!!」
「オレ以外にで、だ」
 うわお、とカイは二の句を告げるのを一瞬忘れた。
「それにマンドラゴラを取る時って、犬に縄括りつけて引っ張るんじゃ……」
「確かに昔はその方法だったけどな。動物愛護団体からの激しい苦情により、現在は固く禁じられているんだ」
「……団体って、凄いですねぇ……」
「ああ。PTAしかり」
 と、訳の解らん感心をしつつ、カイは人間だって動物なのに、と文句もぶつぶつ呟きながら、カイは耳当てを付けようと、長い髪から耳を露にした。
 で、さて付けようとした時に。
 ぐぐぃっ。
「あいたぁッ!?☆」
 身体が傾き、耳に痛みが走った。
 爆が自分の目の前までに、カイの耳を持ってきたのだ。
「ほー。変わった形をしているな」
 ぐいぐい。
「ちょ……!あんまり引っ張ら!ち、千切れる!!!」
 カイは本気で耳がなくなる恐怖に襲われた。別に経文を書き忘れた訳でもないのに、どうしてこんな目に遭わないとならんのか。
 しかし、爆はカイの、その鋭利な耳に甚く興味を擽られたようだ。
「エルフか?ニンフか?真に相談というのは、この事が関係あるのか?」
 カイは傾いたまま考えた。何故って、まだ爆に耳を捕まえられているからだ。
「え……えっと、そんな所です」
「はっきりしないな。自分の身体の事だぞ?」
 耳は拍子抜けする程あっさり離された。
「まぁ、色々とあるだろうから、別に無理して話してくれなくても構わん。
 詮索するような事を訊いたな。悪かった」
 と、言って爆は夜の帳の中へ消えて行った。
 てっきり根掘り葉掘り問いただされるかと思ってたカイは、耳の付け根を摩りながらほっとした。
 激の言ってた「嘘を付かれるのは許さないが、隠す分には構わない」とはこの事だろうか。
 それにしても。
 今までこの耳の事で、人からいらない想像までされる事は多々あった。本人には聞かれて無いだろう、と囁かれる内容も、この耳はしっかり聞き取られている。向こうにしてみれば、話す事が主なので、それが聞かれているか否かなんて関係ないのだろう。
(……あんな風にダイレクトに訊いて来たのは、初めてだな……)
 そうして、カイは気づく。
 マンドラゴラ取りを、結局一人押し付けられてしまった事に。


 このままさっさと帰ってしまっても良いのだが、その後の仕打ちが怖そうというか、カイの生真面目で小心者な性格がそれを許さなかった。
 これでもか!というくらいにしっかり耳当てを嵌めて、引っこ抜く決心をつけるのに約1時間。
 えいやー!とカイは手近なマンドラゴラを掴んで、引いた。
 途端、手に伝わる空気の振動。おそらくは悲鳴だ。
 どうやらこの耳当ての性能はかなり高品質のようだ。痺れも無い。
 大丈夫だと解れば、あとはもう草抜きの要領で。
 それからいくばかもしない内に、渡された籠は一杯になった。そうして、爆殿はどうしたんだろう、という場面で爆が現れた。
「今日は大漁だな」
 籠一杯のマンドラゴラを持ち上げ、その重量にほくほくとした表情を浮かべる。そして、カイに渡した。持てってかい。
 来た時と同じ道を歩く。
 時間は確実に過ぎているのだろうが、太陽の導が無い夜では、その経過が窺えない。星の位置で割り出す事は出来るが、カイにはまだそこまでの知識が無かった。
「それはそうと、爆殿。こんなにたくさんのマンドラゴラで、誰を呪うアテッ!」
 カイのセリフを聞き終えないうちに、爆はバンダナが無いその額をペチーン!と叩いた。まるで古畑任三郎だ。
「そういうのを生半可、と言うんだ。
 いいか、マンドラゴラが呪術に使われやすいのは、主に絞首台の下に生えているからなんだ。そんな場所に生えているものは、陰の気をたっぷり吸う。結果的に呪術にふさわしくなっただけだ。
 マンドラゴラに限らず、植物というのは何かの気を存分に吸収する特性がある。その植物の性質は、そのままそっくりその土地の性質だと言っても過言ではない」
 へー、とカイは感心した。
 その知識もさる事ながら、それを知ってる爆に対しても、だ。
 父親は治療系の魔道に詳しいという。きっとその影響なのだろう、と思った。
「今日採ったところはどんな場所なんです?」
「ドラゴンの巣穴だ」
「ああ、ドラゴンの…………
 ………………………………………………………………。」

 カイの耳がバサッバササ!という羽音を捕えたのは、それからすぐの事だった。





おかしいね。あまんましカイ爆にならないヨ。

ちなみに補足として、マンドラゴラを引っこ抜いた後には大地の霊の怒りを静める為にパンと硬貨と入れとくんだってさ。
マンドラゴラを採ろうとしているそこのキミ。気をつけてね。