仔兎のワルツ
 〜第26話〜





「あれ」
 と、水晶玉で呑気にイヌとトリの対決を見ていた雹は、声を上げた。
「居なくなった」
 場面は、霧が晴れてカイの不在が確認された所だ。
「テレポートでも使ったのかな?あそこで使うと、とんでもない場所に行っちゃうってのにね」
「そうなのか?」
「うん。そもそも、あそこへ行かすのにもテレポートみたいなのを使ってる訳だからさ」
 妙な相互干渉を起こすのだと言う。ついでに、確認された中で、かなりの上空やとてつもない深海に出てしまった者が居るらしいとの報告がある。そして、それ以外は不明となっている。
 ばかだななぁ、と軽く言う雹。
 いや、そんな筈が無い、と爆は思う。カイがテレポートだなんて、そんな粋な真似が出来る訳が無い(断言)。
 一体、カイに何が。ハヤテがしたのか?爆が見ている方向からは、ハヤテの表情は窺えない。
 何か手がかりはないか、とよく見ようとしたら。
「-----わっ!!」
 ばふ、と背中に衝撃。視界には天井、そして、雹。
 格好としては。
 押し倒されている。
「何をする!」
「やだな。ここまで来てそのセリフはないんじゃないかな」
「この……!」
 見下ろす雹をぶっ飛ばして、この不本意な体勢から脱出したい。しかし、押し倒された時、手を絡め取られ雹の手と一緒にベットに押し付けられているので、拳での反撃は出来ない。
 足の束縛は何も無いのだが……
 蹴りをすると、その、なんだ、あれだ。
 見える。
(それだけは絶対にごめんだ!!!)
 何とか腕で払い除けようと力を込めるのだが、いかんせん重力もついている雹を退けることは無理であった。
 手を封じられては、魔方陣を描くことも出来ない。いや、集中すれば出来ない事もないのだが、それを許す相手ではない。
「うぁ!?」
 唐突に。
 雹が自身の手に絡ませた爆の指を舐めた。その感覚に、吃驚して声をあげる爆。
「やめんか、気色の悪い!!!」
「大丈夫、そんなに不安がらなくても」
 まるで繋がってない会話に、爆は頭痛がしたような気がした。
 雹を見ると、明らかに普段と何かが違う。
 これは、本気でやばいのかもしれない。
「終わった時には、もう君は僕の虜さ……」
 クク、と妖艶な笑みを浮かべて近寄る雹。首と顔を極限に使い避ける爆。
 そして。

 ばべしっ!

「どうわっ!?」
「!!?」
 何か黒い物体が、横から雹の顔に激突した。その隙に、シーツを纏って逃げる爆。
「な、何だ!!?」
 まだ張り付くそれを、ベリっと音がしそうに剥がす。
 「それ」は。
 雹が言う。
「………兎?」
「カッ……!!」
「え?”カ”?」
「カ………カジキマグロは刺身が美味い」
「……お腹、空いてるの?」
 兎を掴んだまま雹が訊く。
 危ない危ない。なんとか誤魔化せたが、あれはカイだ。そうか、兎になって、通気孔を通ったのか。
「それにしても何で兎が……」
 雹は心底不思議そうに兎(カイ)を見る。カイがレパンストロピーだという事実を知らない雹からしてみれば、目の前の兎は普通の一般兎と考えるのが普通だろう。
 兎なカイは雹に耳を引っ掴まれてぶら下がっている。兎愛好家から見れば、とんでもない掴み方だ。
「ね、爆くん、野うさぎのシチューって食べた事ある?」
 カイを掴んだまま、にこにこして雹は尋ねた。
(く、食われる!!?あぁでも爆殿になら……って何考えてんだ!!!!)
 やばい。このままでは食われそうだし、かと言ってばれればそこで人生お仕舞いだ。
 それは爆も思っていた。
 何とかして、雹に気づかれないようにカイを取り戻さないと。
 どうすれば………
(……………) 
 爆は、意を決した。
 ばさ、と上だけシーツを脱ぐ。
「ば……爆くん?」
 ベットの上、下半身にだけ纏わり付くシーツ、という何とも悶える格好に、雹の意識は釘付けだ。そして、カイも釘付けだ(役立たず)。
「雹………」
 顔を真っ赤にした爆は、ぐ、と唇を噛み締める。耐える様に。
 そして。
「こっち……来い」
 手を広げて、招いた。
「……………」
 ぶっ!!!と大量の鼻血が雹から出る。
「ば、爆くん……!!!やっと僕を受け入れる気になったんだね--------------!!
 ぅぶごふ!!」
 その鼻血を見て人間に戻ったカイのアッパーが、雹の顎にもろに決まった。




 で、二人は館を後にした。雹が気絶しているせいか、チャラはとてもあっさり返してくれた(役所仕事)。
 雹を気絶させた後、その衣服を剥ぎ取って爆が着ている。ので、ちょっとぶかっとしていて鎖骨とか見えそうで見えなくて、どっちにしろカイの視線は泳ぎまくって。
 ごん!!!と、そんな悶々しているカイの頭を殴る爆。
「全く……!!貴様が無鉄砲に出るから、あんな真似する羽目になったじゃないか!!」
 あんま真似、とは雹を誘うような仕草をした事だろう。
「す、すいません……」
 カイは謝る。爆は、まだ紅潮している顔を背け、ふん、と鼻を鳴らす。
「兎になって通気孔を辿って、あそこを突き止めた所まではいいが、そこまでしたらタイミングくらい考えろ!捕まるなんて以ての外だぞ!!?」
「でも、爆殿……」
 それは痛いくらいよく解っている。あそこで爆の機転がなかったら、自分の運命はどうなっていたか解らない。
 しかし。
 あんな、爆が押し倒されて今にもキスされそうだった所を、放っておけ、と言う方がカイには無理なのだ。
 と、伝えようとしてみたのだが。
「何だ、口答えする気か?」
「いえすみません申し訳ありません」
 あまりの爆の剣幕に、冷や汗流して謝るしか無かった。
「しかし爆殿、あれくらいで良かったんですか?また、攫いに来るかも……」
「まぁ、当分は大丈夫なんじゃないか。今回は、遠征帰りだったから、こんな事をしたんだろうし」
 爆の口調がとても慣れているので、これが初めてじゃないんだなぁ、と思ったカイだ。そー言えば、以前チャラも似たような事言ってたし。
「だから、そんなに神経質になるんじゃいぞ」
 過保護になられるのが一番困る、と爆は暗に言う。
「はい、爆殿がそう言われるのでしたら。
 それに……何となく、相手の気持ちも解るような気がしますし」
 好きだから強引な手を打ちたい。でも、嫌われるのが嫌だから非道にはなれない。
 こんな風に攫うのは、どちらかと言えば周囲の牽制というか、アピールと言うか。僕がこんなに好きな爆くんに、手を出したらどうなるか解るよね?と知らしめるのが主な目的だと、カイは思う。
 まー、それで手に入っちゃえば入れちゃうだろうなーとも、カイはやっぱり思う。だって自分がそうだから。
「……相手の気持ちが解る、って、貴様………」
 ふと物思いに浸っていたカイが我を取り戻したのは、爆のそんなセリフ。
 で、今まで隣に並んで歩いていた爆は、カイから距離を取っていて。
「あ、いや、その、爆殿!変な意味には捉えないで!ほら国語の授業でもあるでしょ相手の立場になって考えてみましょうって!!」
「……当分、オレに近寄るな……」
「爆殿ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 カイの悲痛なセリフが空に響き渡った。




 一方、雹側では。
「ふふ……爆くんが僕の服を………ふふふふふ」
「あれで3ヶ月は大丈夫みたいですね」
 トリップしている雹を、チャラが冷静に観察する。
「…………」
 あんな状態ならいっそ攫って来いと命令する方がまだマシだ、と思う自分は常識から外れているんだろうか、と悩むハヤテだった。





雹様偏終わり!!いやぁ長いんだかなんなんだか!
厳密に言えばチャラが登場した所で入っていたんですけどね。

次の話でカイの素性がばれる予定。