「カーイ!カイ!カイ!!!」
そのまま、愉快痛快怪物くんが〜♪とか続けて歌い出してしまいそうだが。
一瞬の違和感の後、いくら呼びかけてもカイの返事は全く無かった。相手が相手なだけに、結界のひとつでも張ってるだろうと思って忠告しようとした矢先だ。
まったくついていない。
しかし、運が無いのはピンクではなくて、実際に乗り込んでいるカイの方だろう。
それはともかく。
「うーん、とりあえず、基礎的な事は教えたけど……どうしようかしら」
自分も行くべきか否か。
カイの足手まといにはならないだろうけど、雹の面を拝むのが嫌だ。
でも爆がピンチだし、とちょっと迷っていると。
じゃっじゃーん!と登場の効果音を口で言う声がした。テレビから。
『やっほー、皆元気?ライブだよ!』
ライブってのは、今、売り出しのロックアーティストだ。実力とルックスの両方で、その人気はかなり高くファンも多い。
「えー!?うっそ、ライブ!!?なんでー!!?」
ピンクもその一人だったりする。
『いきなり僕が出て、皆驚いているでしょー?今日は電波でゲリラライブをぶっかますつもりさ☆今から5分時間あげるから、録画したい人は準備を即行でね☆』
ばちこん☆とウインクを残し、CMに切り替える。
「やだもう!大変!!録画録画ー!!!」
そんな訳で、ピンクは、少なくともこの時はライブの事以外は頭からすっぽりと抜け落ちてしまったのだった。
とかいうピンクの事情を解っている訳ではないが、カイはなんとなく家を追い出された時点でピンクの助けは来ないだろーなーとか思っていた。だってそんな感じだもん。
(きっと任せるだけ任せといて、そのくせ目的が達成られなかったらぼろべろに言われるんだ……)
よく考えて振り返ってみたら、自分の回りはそんな類の人ばっかりなので、敵地にてちょっと2分くらい遠い眼なんかしちゃったりした。
さぁ、気を取り直して。
ちょっと滲んだ涙を拭いて、とりあえずカイは目の前の扉を潜る。この行動が吉と出るか、凶と出るか……
ガチャリ。人気の無い室内のせいか、あける音がやけに耳についた。
そして、ゆっくり扉を開いて、其処は。
「……………」
此処は何処だ、とカイは思った。初めて来る所だとしても、そこはおよそ館の室内というにはあまりにも異色で。
その広さは、普通の家一軒がすっぽり入って尚余裕がある。しかし、そこには家具も調度品も窓も無い。正方体の箱の中のような、それとしか言いようのない「部屋」。外から見た時の、窓の並び方してこんな部屋が存在するはずがない。
罠だ、とカイが思った途端。
「おい」
「!」
後ろ横から、声がした。
振り返ると、そこには自分と同年代の少年が居た。
「今すぐ引き返しな。だったら、痛い目みたいで済むぜ」
「………それは、出来ません」
だろうな、といった具合に、相手はぼりぼりと頭をかいた。
「じゃ、後で文句言うなよ」
どん、という衝撃音が室内に木霊した。
ぐ、とカイの息がつまる。
自分の腹に、相手の膝が決まっているのだと解ったのは、すぐではなくて、一拍間をおいてからだった。
その様子を、雹と爆は大きなワイド版水晶で鑑賞している。
爆は、ハヤテの蹴りがもろに腹に決まったカイに悲痛の声を上げる……訳でも無く。
「……何処なんだ?あの部屋は」
館の外見上ありえない内装の部屋に、興味を注がれていた。まぁ、当然と言えば当然だ。
「爆くんには、教えてあげるよ」
雹は嬉しそうに言う。あの部屋に注意が向いているので、パンチの届く範囲内に居るけれども殴られないで側に居る事が出来るからだ。
「あの部屋は地下室なのさ。あいつが入った時点でセキュリティが発動されて、全部のドアがあそこに向かうように繋がれるんだ。敵は外に出ることが出来ないで、味方はどんどん集まってくるって訳」
「オレは行った事がないぞ?」
「そりゃそうだよ、だって爆くんは訃報侵入者なんかじゃなくて、僕の大事な大事な大事な」
当然雹のセリフは、お客様なんだからね、とか続けようとしたのだが、いい加減雹の異常接近に気づいた爆に裏拳を食らって撃沈する。今の力具合だと、もって10分くらいだな、と爆は思う。
カイの体術や武術に関しては、爆も認めている。何か武器でも隠し持っていない限り、ハヤテが勝つのはちょっと難しいだろう。
しかし。
(あいつ、気づけるか?)
気づけなければ、カイの負けは確実だ。
カイが負けたら、問答無用でこいつ殴って帰ろう。
爆はさっさと見渡し、鈍器になりそうな物と衣服を探した。
腹の衝撃で、息が一瞬止まった。その後に訪れた嘔吐感と鈍痛に咽る。
「今の堪えたのかよ……どーゆー腹筋してんだ」
感心を通り越して疑問を抱かれている。
「……っ、けほっ、……おかげさまで、身体は丈夫なんですよ………そう、おかげさまで……おかげさま………っっ!!」
「……何かよく解らんけど、効いてないからもう言わなくてもいいけど?」
「死んだら、もう生き返れないんですよ!?」
「だから解ったって!」
眼の幅の涙をだばーっと流すカイに、何でこんなやつと関わってんだろうとさっき以上に帰りたくなったハヤテだ。
とっとと決着つけよう。長い時間付き合っていていい人種じゃない。
(さすがに、あと2,3発叩き込めば)
と、考え、ハヤテは戦闘モードに切り替える。
ぐ、と身を屈め、足で床を蹴る。その反動で突っ込む。
やっている事はそれだけだが、それ以上の速さだ。まるで眼が錯覚したみたいで、身体がとっさに反応してくれない。それでさっきはやられた。
今度は、避ける。
それと同時に、相手を探る。どう見ても、動きと速さがちぐはぐなのだ。
楽にとまではいかないものの、繰り出す攻撃を全て避けるカイに、相手が焦りの色を見せ始めた。
大きく振りかぶったパンチをかわした時、隙が生まれた。これを逃すカイではない。
すかさず、相手の足元に向かい鋭い蹴り。ハヤテはそれを大ジャンプで避ける。
今の蹴りで相手を倒せると思った訳ではない。カイの目的は、相手を大きくジャンプさせる事にあった。ジャンプし、着地した瞬間は体勢が整わず、どうしても不安定になる。
そこに思いっきり叩き込む!
大きくしたに滑らせた足をすぐに戻し、カイは構える。
しかし。
「危ねぇ、なっ!」
「わっ!?」
ひゅぅ、と空気が斬れるのを感じ、カイは身を屈める。その上に、ハヤテの足が過ぎた。
そんな馬鹿な。
つまり、ハヤテは大ジャンプしたまま、空中で蹴りを出した事になる。
そんな真似が出来るのなんて、背中に羽が生えない限りは不可能。
(………待てよ)
宝石のアミユレットの中から、トルコ石のを探す。
装飾品を付けると、その違和感で攻撃のキレが悪くなりそうだったから、雹を相手にするまではつけなかったのだが。
それを見に付け、ハヤテを改める。
と。
カイは驚愕に眼を見開き、マナーを破って人差し指で指して叫ぶ。
「は、羽つき-------------!!?」
「人を多い日の夜用みたいに言うんじゃねぇよ!!」
よく解らん事を口走ったハヤテの背には。
ばっちり、羽が生えていた。
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