そんな訳で、カイは雹の館に侵入していた。
無事に、とはあまり言い難い。身体的には何の被害はないのだが、ピンクとの通信手段の耳飾の機能が壊れてしまったのだ。おそらくは、何か結界が張ってあり、それとの干渉が原因かと思われる。
(ど、どーしよう……)
武道畑一本槍のカイは、魔道に疎い。もっと言ってしまえば、ずぶの素人に近い。
さきほど、此処を「雹の館」と表したが、もっと言ってしまえば、ここはこの一帯のヴードゥーの術者の拠点なのだから。
周囲に意識を配り、カイは先ほど、ピンクから伝えられた情報を、頭の中で何度も反芻していた。
時間は少し遡り。
カイは、雹の館に向かって疾走していた。
魔道士相手に武器はあまり役に立ちそうと思えないので、あえて身軽さ重視に軽装で向かった。手持ちのアイテムとしては、邪眼防止の宝石のアミユレット(ピンクから借りた)と、兎になった時の為に戻るようのニワトリの血を小瓶につめたもの。以前、兎になったところを子供に拾われて以来、持ち歩いている。
それはそれと。
「……あの、ピンク殿」
『何』
テレパシーがカイの耳に響く。
「どんどん人里から離れてるんですけど……本当に、道合ってるんですか」
『ほほぅ。あたしが信用ならないと』
「いいいいいえ、そそそそそそうじゃなくて!!」
音声しか聞こえないのだが、カイの脳裏には凄味を効かしたピンクが腕組んで自分を見下ろすイメージがとてもリアルに描かれた。
『人から離れて当然よ。あいつが司祭だってのは訊いたでしょ?』
「はい」
『ヴードゥーの司祭は、それぞれ秘密結社を持っていて、当然そいつはそれのトップなわけ。統治し君臨し、裏切り者に制裁を加える立場にある----ヴードゥーの魔術ってのは、この制裁の手段の為として開発されたっぽいわね。だから非常にえげつないわよ』
と、ピンクが言うのだがら、本当に非常にえげつないのだろう、とカイは思った。
『ちょっと。何かあたしにとって不本意な事思ってない?』
「滅相もありません」
冷や汗をだらだら流しながら言うカイ。音声のみで、映像で通じ合えなくて本当に良かったと、心の其処から思う。
『それでね、その中で特に、うんと注意しなくちゃならないのが、ゾンビよ、ゾンビ』
「あぁ、ヴードゥーと言えばそれですからね」
いくらカイでも、それくらいは知っている。
が、ピンクは。
『たぶん、アンタの認識じゃゾンビってのは中途半端に生き返った死人って認識だと思うけど、それは間違いだからね』
「え、違うんですか?」
『むしろその逆よ。生きた人を中途半端に殺したのがゾンビな訳よ』
「へぇー、そうなんですか」
呑気に感心するカイ。それを感じたピンクは呆れ紛れに。
『そんな悠長な相槌してていいの?よーするに、あんたもゾンビにされちゃうって事なのよ』
「あぁ、なるほ……………えぇぇぇぇぇぇぇ--------!!!!」
ようやく重大さが飲み込めたか、と顔をしょっぱくするピンク。
ゾンビっていったらアレだ。半ば腐りかけてあーとかうーとか唸りながら早く走る事も出来ないでのたのた歩いていて、ストーリー序盤の主人公にもあっさりやられちゃうよーなアレだ。誰だってそんなもんにはなりたくない。というか、なるくらいなら死んだほうがマシである(しかし、死んだら死んだでそれはそれでゾンビなってしまうような)。
「万一なっちゃったら、どうすればいいんですか」
『それについては返事は簡単だわ。
打つ手なし!!!!』
「そんなぁー!!」
『まぁ強いて言えば気をつけてね、って事くらい?』
「そんな暗い夜道を一人で歩くときの注意みたいな!!」
『基本的にこの魔術は解術法は存在しないわね。出来る事と言えば防御を固めることくらいかしら。まぁ、掛かったらその場で死んだもんだと思ってもいいんじゃない?』
「人の生死を軽く言わないでください!!!!」
カイは泣きそうな声で言った。走りながら。
さてそんな事をしていたが、雹の住む館がカイの前に聳え立っている。
秘密結社というとおどろおどろしい雰囲気だが、これは何だか避暑地に貴族が建てた大きな別荘みたいな印象だ。
(家ってのは人柄が出るしなぁ……)
カイは思う。
どーいう訳か薔薇が垣根のように生えているので、身を隠すのに事欠かない。
「ピンク殿、相手の部屋は何処にあるか解りますか?」
爆がそのままそこに居るとは思わないまでも、とりあえず本人を捕まえないと何もならない。
『さすがにそこまでは解らないわ。まぁ、これはアタシの勘なんだけど、その建物で一番上の部屋なんじゃないかしら』
「そうなんですか?」
『人を見下ろすのが好きなヤツだからね』
それが事実ならピンクの説は信用できそうだ。
「では、さっそく行こうと思います」
『がんばってね〜』
ぱりぽりむしゃむしゃ。
せっかく緊迫して、危機に挑む覚悟をしたのに、ピンクからの呑気な声援とスナック菓子を食べる音で萎えてしまいそうだ。
そんな自分を叱咤しながら、入れそうな場所を探す。と、錆びた格子を見つけた。どうだろう、と手を掛け、力一杯動かしたら、運よく外れてくれた。
(爆殿……今、行きます)
決意新たに窓を潜るカイ。
と。
ぱすんだかぽすんだが、紙風船から空気が抜けたような音がした。
「………今の聴こえましたか、ピンク殿?一体何で………」
語りかけるものの、うんともすんとも返って来ない。
これは無視している。
のではなく。
繋がっていない。
途切れた。
「……………」
完全に敵地で孤立したカイ。
そして、雹たちがカイの存在を知ったのは、この時だった。
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