時間軸としては、カイがピンクの元から発った(追い出された)頃。
爆は、ゆっくりと眼を開けた。
「…………」
ぼんやりとする怠惰感のようなものは、決して寝起きだけのせいではない。
通常に働かない思考でも、爆は状況判断を怠らなかった。
(……確か……)
まるで湯気の向うにあるみたいに、あやふやにしか見えない記憶をまさぐる。
……確か、激の家に行って……メシを作ろうとしていて……カイと………
………カイ………
そうだ。思い出した。
誰かが来て、カイが出迎えた。しかし、時間が掛かったのとただならぬ気配を感じたのとで爆が向かってみたら、雹が居て。
邪眼にかかったカイを元に戻させようとした所に、背後から眠り薬を嗅がされたのだ。
と、いう事は、此処は。
「…………」
何故、気づかなかった。いや、気づけなかった。この、むせ返る濃厚な花の芳香を。
「ふふふ、お目覚めかい、爆くんv」
「…………」
雹だ。バックに真紅のバラを背負っている。間違いなく、雹だ。
「久しぶりだ。本当、久しぶりだね。今度の遠征は今までより長くなっちゃって、君には寂しい思いをさせぶへふっ!」
まるで一夜を明かした恋人みたいに寝そべっていた雹に、まくらを容赦ない力で押し付ける。雹でなければ窒息しているところだが、雹だから大丈夫だった。と、いうか雹だからした。
「爆くん、そんなに拗ねないでよ」
「拗ねてないわ!怒ってるんだ!勝手に拉致しおって、何を考えてるんだ!」
「うん、その点については、あとでちゃんとチャラに罰則を与えるから」
「貴様だあほが---------!!!!」
今度は拳が飛んだ。ばっちり受けたにも関わらず、雹はベットから落ちただけで顔に痣すらない。
そんな雹はほっといて、爆はとっとと帰ろうとした。
のだが。
「………。……………。………………!!!!!!」
ぼぼぼ、と爆の顔が赤くなる。怒りと、それから。
「あー、いたた……うーん、久しぶりの爆くんのパンチ。相変わらず強烈だなぁ……vv」
何が嬉しいのか薄っすら頬を染め、両頬を手で包んでいる雹なんか、本当ほっといて帰りたいのだが。
「-----おい!」
「わ、」
ぐぃぃ!とベットから落ちた雹を引き上げる。
「………貴様………」
振り絞るような声で、言う。
「オレの服を、何処へやった!!!!」
そう、爆は素っ裸だった。それに、シーツを纏っていただけだったのである。
「服って……そんなの、邪魔になるだけじゃない」
雹は妖艶な笑みを浮かべて言う。
「ふざけるな!」
「もちろん、真剣だよ」
なお悪い。
爆は此処からの脱出方法を考える。
体術で勝負となれば、雹に勝つ自信はあるのだが、いかんせんこっちは裸だ。抵抗があるし、何より相手が喜ぶだろう。それは、いやだ。
なら魔法でいくか?しかし、大技を使えば建物が吹っ飛びそうだし、小技では切り抜けそうにもない。まさか、ここまで考えて衣服を脱がしたのだろか。いや多分違う。そうしたかっただけだ。
「そんなに警戒しないでよ。変な事はしないから」
「薬嗅がせて眠られて、服を脱がせてベットに寝かせる事は十分変な事だ!さっさと服を返せ!今なら、パンチ3発ですませてやる!」
「怒鳴っている爆くんも、可愛いなぁ〜vv」
「かーえーせーぇぇぇぇぇええッツ!!」
ガックンガックンと胸倉掴んで揺さぶる爆。嬉しそうな雹。
と、その時。
「雹様」
音すら立てず、チャラが登場した。黒いスーツを着ている。
「何だよ」
爆に向けた表情とは、180℃も違う顔でチャラを振り向く。それにやれやれ、と今更に思いながら。
「館に不審者が侵入しましたが、如何いたしましょう」
「ふーん、どんなやつ?」
こんなやつです、とチャラは指を鳴らした。すると、空間の一部が歪み、レンズのような光沢を見せたかと思えば、そこに何処かの室内が映し出される。
其処で、きょろきょろと辺りを見渡しているのは。
「カイ!」
爆が言う。爆が、自分以外の名前を呼ぶのを不服そうに見る雹。
「で、改めて如何いたしましょう」
「不審者なんだろ?追い払えよ。でもまぁ、チャラが行く必要もないや、あの程度のやつ」
あっさり自分の邪眼に引っ掛かったからの評価なのだろうが、カイはあれでもチャラの影に打ち勝っている。のだが、チャラはあえてその事は口にしない事にした。チャラだって、面倒な事は嫌いだ。
「では、誰を向かわせます?」
「任せた」
いい加減なんだから。もう。と心の中でひとりごちてチャラは退室した。
その背中で、ゴガンドガゴズ!という破壊音やら打撃音を聴きながら。
面倒な事になったなぁーと、声に出すわけにはいかないので、口には出さない。顔にも出していないと思うが、果たして。
「そういう事ですから、速やかに排除してください」
「それ以外に制約はねーのか?」
訊く。と、相手は頷いて。
「えぇ、早く片付けてもらえさえすれば。あ、でも殺さないでくださいね。事後処理が面倒なので」
自分だって殺そうなどとは思っていない。しかし、チャラと違う理由で。
「じゃぁ、頼みましたよ。
ハヤテ」
ハヤテは渋くなっていく顔を止めることは出来なかった。
(俺、今日は休みだったのに……)
しかし、仮にも上からの命令に逆らえるわけも無く。
ハヤテはがっくりと肩を落とした。
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