仔兎のワルツ
 〜第21話目〜





 貫かれたと自覚した同時に、意識が闇に包まれ沈んでいく。沼に嵌ったような感覚だ。
 これが、死ぬ時の感覚なんだろうか。
 カイは思う。
 しかし、それに従いそうになる意思を強固に振り払い、なんとか回復を試みる、だって、わけが解らない。どうして激が自分を殺すのか。
 何より、ここで死んでしまっては。
 もう、爆と。
 それが何より嫌だった。
 精神に力を込め、眼を開けようと努力する。
 ----カイ!おい、カイ!!
 その甲斐あってか、何か声が聴こえてきた。
 ----何をした、貴様!
 ----本当に殺しちゃいないよ。そういう幻を見せただけ
 爆……と、もう一人。誰か居る。誰だ?
 ----ふざけた事を言うな!強いイメージはそれで殺せると知っていてやっただろう!!
 ----これくらいで死ぬようなら、爆君の側に居る資格なんか無いよ
 悔しいが、その通りだと思う。
 でも、自分は死んでいないのだ。
 そう、死んで居ないから、爆殿。
 そんなに、怒らないで。冷静になって。
 嫌な予感が、するんだ。ぎりぎりの状態で、感覚が研ぎ澄まされているのかもしれない。
 ----さっさと術を解、
 爆のセリフが途中で途切れた。
 爆殿!叫んでいるものの、声に出なかったのが解る。
 ----どうして、こういう嫌な役割を僕に回すんですか
 この声……!知ってる!誰!?何処で!?
 記憶を探ろうとしても、うまく動いてくれない。
 ----だって、僕は爆君の王子さまだからね。やる事は全部スマートでなきゃならないのさ
 おのれふざけた事を!!!!カイは怒りに燃える。が、やっぱり何も出来ないでいた。
 ----で、彼はどうします?
 ----ほっとこう。どうせ大した相手でも無いからね。爆くんに触れる手を汚すのは嫌だし。運が良ければ餓死する前に誰か見つけるだろ。ま、爆くんと僅かな間ながら一緒だったってのは腸煮えくり返るけどさ
 その時ゾク!としたものを感じだ。本気の殺気だ。
 それに当てられ、また意識は闇に飲み込まれた。
 それでも、最後の最後まで、爆を呼ぶのは止めなかった。




「------っ!!」
 ばりん、と破るような感じの後、カイの意識は完全に開かれた。
「………はぁっ!はぁ、はぁ………」
 物凄い脱力感。長距離を走った後より、ずっときつく、そして悪寒がともなうものだった。
 ずるずるとその場に座る。と、いう事は今まで立ちっぱなしだった訳だ。
 壁に額を押し付けるようにし、カイは考える。
 玄関に向かうまでは、普通だった。しかし、出迎えた激の状態は、普通ではなかった。激の腕がかなり立つのはとてもよく知っている。激を操り、殺人までさせる事の出来る相手が居るだろうか。居たとしたら、かなりの実力者だ。本人の意思に反するのを無理やり抑えみ、従わせるには、その相手よりはるかに上の能力が要るのだから。
 まぁ、激がカイを殺したいと思っていたら話はちょっと違ってくるが。
(…………違い……ますよね?………)
 違う。うん、違う。でなければかなり泣ける。
 ……違う、と、言えば。
 あの時来た激は、本当に激なのか?誰かの変化ではないのか?
 そもそも。
 来たのは、激だったのか?
 カイは必死に記憶を辿る。
 あの時。玄関に居たのは。
 居たのは------
 激………では、無かった!
 記憶が広がる。蓋を開けたみたいに。
 そうだ、激じゃなかった。激の姿すらしてなかった。
 黒いスーツを纏った、水晶のような髪の青年だった。
 黒いスーツ。もう一つ、思い出した。聞き覚えのあるあの声は、チャラだ。
 何故、気づかなかったのか。纏うオーラが前の倍以上だったからだろう。以前会った時は、人形を寄り代ろにした偽者だったから。
「………、爆殿………!!」
 ガッ、と拳を叩き込む。
 連れ去った相手は解った。でも、場所が解らない。そんな苛立たしさと、何より自分の不甲斐無さに。
 激なら、あるいは知っていたかもしれないが。爆の知り合いみたいだったから。
(師匠の馬鹿!なんでこんな時に居ないんですか!!!)
 なんて言うカイはさっき「ナイス不在!」とか言ったカイと同一人物だ。
 他に、爆を連れ去った人物に、心当たりがありそうな人は……人は………
 ……居る!!!




「ピンク殿-------!!!!」
「いけッ!にゃふーん!!」
 バリリ!
「いったぁぁぁぁ------!!!って、こんな南国チックな事してる場合じゃないんですよ!!」
 顔を引っ掛かれたカイは、顔に赤い横線が見事についている。
「で、どうしたのよ」
 下らねぇ用件だったらぶん殴る、という雰囲気で言うピンク。
「爆殿が何者かに攫われてしまいました!!」
「何だって-------!!!」
 と言いながら、ドバキャ!とカイを殴るピンク。言った用件は下らなくは無かったが、ぶん殴られてしまったカイだ。
「何で殴るんですか!」
 2度もぶったね、みたいに頬を押さえるカイ。
「ここに来たって事は攫われたと解りながらも何も出来ないって事でしょ!こンの役立たず!あんたなんか役立たずの犬よ!!」
 薔薇みたいなことを言うピンク。
 返す言葉の無いカイは、耳を垂れおろすばかりだ。
「……その事については、後で猛烈に反省します!どんな罰でも受けますので、今は爆殿を攫いそうな人物を教えてください!!」
 そう言ったカイに、ピンクはヒュゥ、とちっさく口笛吹いた。なるほど、まるっきりの腑抜けでもないみたいだ。だから、爆も。
 まぁこれはいいや。どうでもいいや。かなりいいや。
「……あの、もしかして私にとって非常に重要な事を蔑ろにしようとしてません?」
「清々しく気のせいよ。で、あんたは姿とかは見てたわけ?」
「はい。黒いスーツ着てて、水色の髪してました」
「それは雹ね。よりによって、武道一代バカのあんたに一番相性の悪いやつに当たったもんだわ。さすが人相的についてなさそーな顔してるだけあるわね」
「え、私、そんな運のめぐりの悪い顔してるんですか!?」
「うん。あたしの気分的に」
「あてずっぼう!?」
「それはそうと……本当に厄介な人に当たったもんだわ」
 心境を表すかのように、爪を噛むピンク。
「そんなに、厄介な相手なんですか?」
 そんなにもなにも、爆を掻っ攫った時点で十分厄介なのだが。
「雹はね、まず剣の達人。そして邪眼の持ち主。さらに、オウンガンなのよ」
「オウンガン?ピアノでも弾くんですか?」
「多分、あんたはオルガンとごっちゃにしてる。オウンガンてのは、ブードゥー教の司祭の事よ」
「あぁ、ブードゥー………ブードゥ--------!!?」
 一拍の間を置いて叫ぶカイ。
「ブードゥーってあれですか!ゾンビとか呪いとかのあれ!?」
「それよ。あと言うまでも無いけど、司祭ってのは一番偉くて一番強いの」
 ピンクの説明に、いよいよぎゃふんとなるカイ。
 何せ、ゾンビってやつはいくら急所を狙ってもすぐ復活するし(こー書くとカイとさほど変わらない気も)呪術なんてのは基本的に遠隔操作で遅効性だから、目の前の敵をばこばこ倒す武闘士にとって、これほど嫌な相手は居ないだろうってくらい嫌な相手だ。
「普通の魔道士にだって嫌な相手よ。慎重に相手の事調べなきゃ、いつうっかりやられるか解ったもんじゃないんだから。
 あー!おばーちゃんなら少しは詳しいのに!!調べる時間が勿体無い!」
「そうですよ!早くしないと爆殿が……っ!爆殿が……ッツツ!!」
「怒りに燃えるか鼻血を垂らすかどっちかにしなさいよ」
「……あ!そうだピンク殿!通信出来るものって、ありますか?!」
「うん?あるけど?」
「私は相手の場所へ向かいます。ですから、ピンク殿は此処で調べていて逐一教えてくれませんか?」
「おー!あんたにしちゃいいアイデアだわ!いざって時にアタシは絶対安全だし!」
 ……………
「やっぱり一緒に、」
「はい通信機!はい地図!はいティッシュ!!いってらっしゃ〜い」
 追い出されるような感じに、というかそうとしか思えないような形で家から叩き出された。





資料見てて、オウンガンの衣装は黒スーツっての見てさくっと決めました。
バトルシーンはもうちょっと先……だろうか。その時はまた一人増えるヨ。