……こんなものでいいかな、とカイは味を調整するのは止めて、鍋の中身をかき混ぜた。真の帰りを待つ為、この家に居させてもらう代わりに家事を引き受けるという約束をしたカイは、訪れた今日、早速夕食を作っていた。 爆に一応好き嫌い等を訊いてみたが、特に無いという事だったので、普段自分と激が取るような献立にしてみた。 「……………」 ぐるぐる回る鍋の中を見ながら、カイはゆっくりとここ数週間の事を思い返していた。
それは、カイが裏庭で薪を割っていた時の事だ。家の中から激が呼んだ。 「うおーい、カイ!ちょっとこっち来いや。カムヒヤ、ハリアップ!!」 とりあえず早く来やがれというのは解ったので、カイは薪割りを中断させた。 「はい、何でしょう」 こんどはどんなはた迷惑な事思いついたんですか……という本音は隠した。 「おう、今現郎から連絡入ってな。あいつの友人が近々旅立つから、その息子の世話を誰がに託したいんだと」 「…………解りました。やれってんですね。その役」 「うんうん、物分りが良くて大変結構。俺の指導の賜物だな」 面倒な事この上ないが、それでも今までに比べたら、まだ、いやかなりマシな部類だった。 「ただ、1つ気をつけて欲しい」 何だか話が斜めの方向に突き出した。カイの敏感なセンサーはいち早く察する。 「お前が俺の弟子だという事は徹底的に伏せてもらいたい」 …………………… 「師匠!その人に一体何をしたんですか!!」 「どーゆー発想の展開させたんだオラ。 じゃなくてだな。そいつは何つーか、自分の事で誰かを煩わせるのがそれはもう我慢ならんヤツでな」 自分を色々と煩わせっぱなしの激に、是非とも見習って欲しいものだ、とカイは思った。 「だもんだから、親に頼まれてお世話しに来ましたーなんて言ったらその場で半殺しにされて強制送還されるのは間違いねーな。それを実行出来る度胸も実力もある事だし」 「………アイタタタ、急に腹痛が」 「俺が直に行ってやりたいのは山々なんだけどな……俺と現郎が顔見知り、てのはもうバレまくりだし。かと言って適当なヤツに頼む訳にもいかん。 てな経過から、俺の弟子であり、まだ面の割れてないお前にブスリと白羽の矢が立った、て事だ。ンな白々しい演技で逃れようなんざ甘過ぎだっつーの」 本格的に嫌な感じを覚え始めたカイは今の話を無かった事にして薪割りに戻りたかった。が、この師匠はそんな人情派ではなかったのだった。 「そんな人だったら、いっそ望み通りにさせたほうがいいんじゃないですか?うんそうだきっといい!!」 「てな訳にもいかなーからこうして俺がこの色男っぷり発揮する顔を顰めさせてんじゃねーか、ぶわぁーか」 カイの一縷の希望はあっさりかき消されたばかりか馬鹿呼ばわりまでされた。 「んまぁ、そういう流れだからな。お前には一切の身分を偽ってもらう。昔の知人に会っても知らんふりしろ。俺からする以外は外部に連絡をするな」 スパイ!?スパイをするのか、自分は!! 「まず、行く理由だけど……爆、ああ、これは今から世話するヤツの名前な、に用があるんじゃなくてその親にあるように思わせる」 「師匠……私は、その人の身の回りの世話をしに行くんですよね!?CIAとかの機密ファイルを盗み出すんじゃないんですよね!?」 「(軽く無視)爆の親はな、色々魔道の研究とかしてて、主にそれを治療に役立てる方面で盛んだ。お前の例の体質が有効活用出来るだろ?」 ここでカイの鋭利な耳がピク、と動く。 「……言う、んですか?」 「別に。言いたきゃ言やあいいし。言わなくてもいい。あいつは嘘をつかれるのが嫌いなだけで、隠すのは構わんみたいだから」 「解るような解らないような……って、今まさに私その相手に嘘つきに行くんですが」 「----大丈夫だ」 不安にかられる弟子を、それは杞憂だと言わんばかりに激は手で制する。 「最悪、心臓さえ動いていたら、何とか再生できる」 …………………………………… 「帰る!!実家に帰らさせて頂きます--------------!!!」 荷物まとめてトンズラかこうとするカイの首根っこを激がグワシと掴む!!カイの心境はシャワー室に入ってる所に怪人に襲われたホラー映画のヒロインとシンクロした! 「さ。今から特訓だ」 「と、特訓??」 「当たり前だろ。馬鹿みたいに正直なオメーだから会った途端にボロがまさにぼろっと出たら堪ったもんじゃねぇ。 初対面から家に居つくまでの運びを脚本演出監督は俺。主演はカイで特訓だ。カイ、ガラスの仮面を被れ!!」 「助けて紫の薔薇の人--------------!!!」 無論おチビちゃんと呼ぶにはやや成長しすぎたカイ(ただ今首根っこつかまれたまま引きずられ中)に、紫の薔薇の人なんか、居ないのだったら居ないのだった。
……などという今までの経過を思い出していたカイは、知らず涙が溜まっていたことに気づき、そっと目を拭いた。鍋つかみをはめたままだったのは、拭ってから気づいた。 特訓(と言う名のカイにとっては拷問)は功を制したらしく、自分は何とか爆の側に居ることに成功した。あの特訓は無駄にはならなかった。途中ヘレン・ケラーが物には名前があるという事を発見した時の演じ方について考えたりと激しく脱線したが、無駄にはならなかった。 それがせめてもの救いだろう……というか無理矢理にでもそうさせなきゃ生きてられん。 第一関門は突破したカイ……しかし、関門はこれからも次々とありそうなのが、否応無しに想像された。
さて夕食。 買い物にも出かけず、かろうじて冷蔵庫にある目ぼしい品揃えもなかった材料を考えると、カイの作った物は感心に値するものだった。 「ほう、さすがに自分で言い出すだけあるな」 「いえ、そんな」 褒められる事の少ないカイは、ただ純粋に照れた。そもそも、この家事能力があるせいでこんな面倒な事(あんな演技指導まで)する羽目になった事も忘れて。こんな性格でもならないと、激の弟子は務まらないかもしれない。 「----ところでお前、魔道に関しての知識はあるか?」 席につくまえ、爆が聞いた。 いきなりだな、と思いつつもカイは答える。 「一般教養程度の範囲なら、そこそこ嗜みますが、専門的になるとちょっと」 「だったら、体術とかに自信は?」 「ああ、それならばっちりです」 師匠にばっちり稽古してもらってますから、と危うく激の名前を出す所を寸前でセーフ!!前日までの脅しが効いているのだ。それこそ脊髄レベルまでに。 「そうか」 うんうん、と一頻り自分で納得している様子の爆。 クエスチョンマークを浮かべながら、カイは爆にシチューをよそった。 その時はまだ……カイは、これから自分に降りかかる事など、微塵にも予想すらしてなかったのであった。
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