仔兎のワルツ
 〜第19話目〜



 ぐるりと少し螺旋を描いたようなカーブの階段を降りて、現れた書庫。
 天井、壁、床が全て石作りなので、ひんやりとした空気で満ちている。
「……多分、治療系統の魔道書は、あの棚だと思ったが……
 カイ?どうした?」
「………爆殿………一つ訊いてもいいですか?」
 そう言ったカイは、衣服が所々解れていて全体的に薄汚れ、切り傷擦り傷はまんべんなく肌に散っている。
「貴方の父親は、一体何者なんですか!!?」
 入ってすぐの槍のトラップに、弓矢、砲弾、水掘り、落とし穴。
 通路一杯の丸い岩石が転がって来た事もあったし、どういうわけが頭上にタライが落ちてきた事もあった。
 まさに、インディー・ジョーンズもおったまげな罠のオンパレードだった訳だ。
「……それから、爆殿、どうして無傷なんですか?」
 無傷どころか、土埃ひとつ付いていない。
 そんなカイの問いに、爆は、
「オレだからだ」
 と、極めて単純かつ明確な答えを与えた。
 カイは何かを言おうと思ったが、それらを全部ため息へと変えた。
 この人には、勝てない。
 解りきった事だ。
 それと、カイは”勝てない相手リスト”に真の名前も新たに付け加えた。
「それにしても、凄い量ですね」
 地下の其処は、多いと感じた上の書斎の、ざっと3倍の量の本があるだろう。
「まぁ、半分は区分けされていない本だからな」
 本棚に入りきれず、平積みにされている本をちらりと見た。
「……………。
 何故、松笛あけみの”カトレアの女達(文庫版)”が此処に………」
「言っただろう。区分けされてないと」
 問題は其処じゃないと思う……
 地上およそ4メートル程の地下室で、カイはそんな事を思った。



「無いな……」
「無いですね………」
 探し始めてから、1時間は経っただろうか。どちらともなく、そんな言葉が出る。
 変身術の暴走の症例は数はあったが、いずれも術者の失敗が原因で、カイのケースには当て嵌まらない。また、それが子孫まで受け継がれたというのにいたっては皆無だった。
 ちなみにそれらの治療法は、「ほっといたら治った」という思わず涙の出そうな説明だった。
 魔法の失敗には、本人の力不足の他に、他の存在----主に妖精達----が発動中にちょっかいをかけてきたのが原因でそうなる、というのもある。
「それが原因だったら……少しばかり厄介だな」
 何せ人間の我侭な所と楽しい所だけを凝縮したような妖精。治せといわれてハイ、なんて返事を期待するのは、あまりに楽観的過ぎる。
「うーん、でもそういった事は聞きませんでしたね。
 それに、一応妖精払いもしてもらいましたが、やっぱりダメでした」
 妖精払いは悪霊払いと同じに思ってくれて構わない。
「だったら、魔力に対して根元から何かが影響しているのかもな。
 だとしたら、此処にあるのは若干分野が違う……」
 呟くように言い、やがて徐に持っていた本を元のあった場所へ戻す。
「よし。別のところに行くぞ」
 それを聞いて、カイの顔がえ、と引きつる。
 また、あのトラップの山を潜るのか……?
 そんなカイを察したのか……というか、あまりに解り易い表情をしていたので、
「この家じゃない、違う家のだ。
 其処には、魔力の概念や本質を記した著書がある」
 更に話を聞けば、お互い集めている分野の本を、交換し合っているのだそうだ。
 自分の家でだけでアレやコレやと分けるより、家ごと分けた方が解り易い、という結論の末だそうで。
 無論、双方膨大な本を溜めているが故の案である。
「へぇ、そうなんですか」
 その家には、トラップしかけられてませんよね、とこっそり心で呟いてみる。
「研究仲間、とか、そういう関係ですか?」
「仲間……仲間とは言えんな」
 壁にぽっかりと空けられた空間の向こうに、階段が見える。
 気をつけないと。あそこで頭にタライが落ちてきたのだ。
 罠のパターンは行きも帰りも変らない、と爆が教えてくれた。知ってさえいれば、避けられない事も無い。
「顔を見れば罵り合ってばっかりなんだが……けど、実力は認めている。そんな感じだな」
 丁度、自分の師匠にとっての、真と似たようなものか、とカイは思った。
 階段に昇って一段目の時、爆が言った。


「名前は、激と言うんだ」
「………………。
 へ?」


 避けるのを忘れてしまったカイの頭上に、タライがガガン!とぶつかる。
 彼の心理状態、そのものの光景であった。





「やはり、タライは基本だな!」
「……それ、どー考えてもドリフじゃねーか……」

 トラップ作りには、親友のUさんも巻き込んだ模様。