ぐるりと少し螺旋を描いたようなカーブの階段を降りて、現れた書庫。 天井、壁、床が全て石作りなので、ひんやりとした空気で満ちている。 「……多分、治療系統の魔道書は、あの棚だと思ったが…… カイ?どうした?」 「………爆殿………一つ訊いてもいいですか?」 そう言ったカイは、衣服が所々解れていて全体的に薄汚れ、切り傷擦り傷はまんべんなく肌に散っている。 「貴方の父親は、一体何者なんですか!!?」 入ってすぐの槍のトラップに、弓矢、砲弾、水掘り、落とし穴。 通路一杯の丸い岩石が転がって来た事もあったし、どういうわけが頭上にタライが落ちてきた事もあった。 まさに、インディー・ジョーンズもおったまげな罠のオンパレードだった訳だ。 「……それから、爆殿、どうして無傷なんですか?」 無傷どころか、土埃ひとつ付いていない。 そんなカイの問いに、爆は、 「オレだからだ」 と、極めて単純かつ明確な答えを与えた。 カイは何かを言おうと思ったが、それらを全部ため息へと変えた。 この人には、勝てない。 解りきった事だ。 それと、カイは”勝てない相手リスト”に真の名前も新たに付け加えた。 「それにしても、凄い量ですね」 地下の其処は、多いと感じた上の書斎の、ざっと3倍の量の本があるだろう。 「まぁ、半分は区分けされていない本だからな」 本棚に入りきれず、平積みにされている本をちらりと見た。 「……………。 何故、松笛あけみの”カトレアの女達(文庫版)”が此処に………」 「言っただろう。区分けされてないと」 問題は其処じゃないと思う…… 地上およそ4メートル程の地下室で、カイはそんな事を思った。
「無いな……」 「無いですね………」 探し始めてから、1時間は経っただろうか。どちらともなく、そんな言葉が出る。 変身術の暴走の症例は数はあったが、いずれも術者の失敗が原因で、カイのケースには当て嵌まらない。また、それが子孫まで受け継がれたというのにいたっては皆無だった。 ちなみにそれらの治療法は、「ほっといたら治った」という思わず涙の出そうな説明だった。 魔法の失敗には、本人の力不足の他に、他の存在----主に妖精達----が発動中にちょっかいをかけてきたのが原因でそうなる、というのもある。 「それが原因だったら……少しばかり厄介だな」 何せ人間の我侭な所と楽しい所だけを凝縮したような妖精。治せといわれてハイ、なんて返事を期待するのは、あまりに楽観的過ぎる。 「うーん、でもそういった事は聞きませんでしたね。 それに、一応妖精払いもしてもらいましたが、やっぱりダメでした」 妖精払いは悪霊払いと同じに思ってくれて構わない。 「だったら、魔力に対して根元から何かが影響しているのかもな。 だとしたら、此処にあるのは若干分野が違う……」 呟くように言い、やがて徐に持っていた本を元のあった場所へ戻す。 「よし。別のところに行くぞ」 それを聞いて、カイの顔がえ、と引きつる。 また、あのトラップの山を潜るのか……? そんなカイを察したのか……というか、あまりに解り易い表情をしていたので、 「この家じゃない、違う家のだ。 其処には、魔力の概念や本質を記した著書がある」 更に話を聞けば、お互い集めている分野の本を、交換し合っているのだそうだ。 自分の家でだけでアレやコレやと分けるより、家ごと分けた方が解り易い、という結論の末だそうで。 無論、双方膨大な本を溜めているが故の案である。 「へぇ、そうなんですか」 その家には、トラップしかけられてませんよね、とこっそり心で呟いてみる。 「研究仲間、とか、そういう関係ですか?」 「仲間……仲間とは言えんな」 壁にぽっかりと空けられた空間の向こうに、階段が見える。 気をつけないと。あそこで頭にタライが落ちてきたのだ。 罠のパターンは行きも帰りも変らない、と爆が教えてくれた。知ってさえいれば、避けられない事も無い。 「顔を見れば罵り合ってばっかりなんだが……けど、実力は認めている。そんな感じだな」 丁度、自分の師匠にとっての、真と似たようなものか、とカイは思った。 階段に昇って一段目の時、爆が言った。
「名前は、激と言うんだ」 「………………。 へ?」
避けるのを忘れてしまったカイの頭上に、タライがガガン!とぶつかる。 彼の心理状態、そのものの光景であった。
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