仔兎のワルツ
 〜第18話〜




「カイ」
「はい」
「脱げ」
「へ?」



「じゃ、次は口を開けて舌を出せ」
(脱げ、てこういう意味か……)
 何の事は無い、爆はカイの特異体質-----狼男よろしく、血を見ると兎に変化してしまう----を治療すべく、カイの身体検査を行っているだけだ。
(まぁ……別に色っぽい展開とか、望める程にまで到達してないなんて、私が悲しいほど一番よく知ってますけど)
 ますけど、である。
 意中の相手に診察目的とは言え、肌に手を滑らさられると-------
 られると------
「………………」
「ん?何だか心拍数が早いな」
 聴診器に胸を宛てて鼓動を調べている爆は、カイの顔が赤いのには、気づかない。



 サラサラと紙にペンが踊る。綴られる文字は、書き手を想像させるような、とめはねがちゃんとしているものだった。
 爆はカイの身体の記録を記した、A5サイズの紙の隅をピンでとめ、引き出しにしまう。
「貴様は今まで医者か何かにかかった事は無いのか?」
「えぇと、一応はあります」
 医者か何かというか、その頼った人物こそ激なので、カイとしてはあまり掘り下げたくない話題だ。
「原因は掴めているんです。
 どうやら、私が赤ん坊の頃からこの症状は出ていたらしく、物心付いた時点で教えてくれましたから。
 何でも、何代目か前に魔道に手を出した者が居たそうで」
「で、思いっきり失敗したという訳だな」
「はい」
 実の所、魔道の基は変身術にある。
 例えば空中飛行する際、人は本来単独では宙を舞う事は不可能なので、その為に”飛べる体”に変身するのだ。
 催眠術で言う所の予備催眠みたいなものだろう。
 人が魔法を使えるようになり、まず望むのは、空中飛行に変身術。
 空中飛行は人類の長年の夢のテーマだし、変身に至っては手段に魔法を選ばなくても、今と違う自分になりたい、なってみたいとは、誰もが一度は願う事だろう。ひみつの○ッコちゃんや姫ちゃんの○ボンみたく。
 勿論、誰もがその栄光を掴むとは限らない……というか、明らかに失敗の方が多い。
「……私がを診た方によると、抑える事や耐久を付けさせる事は出来ても」
 カイは一旦言葉を切った。
「完全に治る、というのは無理だそうです」
 薄々、そうではないかと思っていた。
 自分が起こした事が原因ではないので、いくら自分に何かを施しても完治などする訳が無いと。
 症状を抑える方法はある、と言ってもらえただけで御の字だった。
「成る程」
 爆は腕を組んだ。
「それで真を頼って来た、という訳か」
「えーと、はい、そうなんです」
 カイはとりあえず頷いた。
 まぁ、実際この役割が終わったら、診て貰う気でもいたのだし。
「だとしたら、真が不在の今、事情を聞いてしまった以上、オレが診るのが筋という物だな」
「い、いいえ!無理はなさらないで下さい」
 ある種の義務感に燃える爆に、カイが待ったをかけた。
「何だ。オレには治せないというのか?」
「そ、そうじゃありませんけど……」
 そうではなくて。
 爆が自分を治す手段を探す間、自分を見てくれなくなるのが嫌なのだ。
 ……なんて言えませーん。
「心配するな。
 確かにオレには知識がまだ足りないかもしれないが、此処にはそれを補う為の文献が山ほどあるからな。
 具体的な解決策の1つや2つ、必ず見つかるに違いない」
 そう言うと、爆はすっくと椅子から立ち上がる。
「そういう事で、早速資料探しだ。
 カイ、行くぞ」
「はい?……て、イタタタタタタ!!」
 いまいち飲み込めないカイの耳を引っ張り、無理矢理連行する爆。
「その数は膨大なんだ。
 貴様、それをオレ1人にやらかす気か!?」
「い、いえ……」
 よく考えてみれば、資料探しなんて地味で面倒くさい作業、爆殿が1人でやる筈がないんだ……
 まだまだ修行が足りない。
 そんなフレーズが頭で回った。


 耳を摩りながら(引っ張られたので)カイがたどり着いたのは、この家で一番奥にある部屋だった。
 これは、もしかしなくても。
「真の部屋だ」
 意識的ではないが、カイはその室内をぐるっと見渡した。
 真の事は、激が偏見と私情を多大に交えてある程度教えてくれた。それで解るのは、何だかんだで激は真を認めているという事だった(能力的には)。
 正面の窓のある壁と今入ったドアのある壁以外は本棚で覆われていた。
 壁にある地図はきっと何かの散布図。
 ファイルには論文か記録文等が挟まっているのだろう。背表紙の文字が女性のように繊細な物なので、きっと彼の妻、つまり爆の母の成した事に違いない。
 大きい机は、それでも色んな本やら雑貨が乗っていて普通サイズに感じる。が、ちゃんと何かを書いたり本を調べたりするスペースは確保してあった。
 そして、そんな机の傍らに、家族団欒の写真が幾つか、写真立てに納まっている。
 同じ家に住んでいるのに、きっと愛妻家で子煩悩なんだな……
 て。
(ば、ば、ば、ば、爆殿の小さい頃だ〜〜〜〜〜〜vvv
 う、わ、やっぱり凄い可愛い……!!)
「------カイ!」
 ゴゴンッ!
「ったぁ!?」
「3回も呼んでいるのに、何をぼけーっと突っ立っているんだ!!」
 どうやら知らぬ間にトリップしてしまっていたらしい。
 不覚だ。修行が足りない(2回目)
「す、すいません……
 それにしても、本当に凄い数ですね」
 天井まで届く本棚を見て、カイは言う。
 激もまた街の図書館に匹敵する文書持ちで、それより劣るとは言え、この量で探すとなったら丸3日はかかるだろう。
「違うぞ」
 爆は言う。
 言いながら、可動式の本棚をスライドさせる。
 移動した棚の後ろには、煉瓦の壁。
 その煉瓦の1つを、爆は外した。
 すると、現れるレバー。
 引っ張れば勿論、ゴガガガ……と地の奥から地響きのような音がして----
「この下だ」
 ドアサイズにぽっかり開いた穴は、地下に通じる階段を見せた。
 冒険映画の冒頭のような光景に、何だかんだで好奇心旺盛の少年であるカイは、ごくりと唾を飲み込む。
「……この下に、人が見てはいけない、禁書の類の本が、あるんですね?」
「いいや、別に」
 え、という顔になったカイを置いてけぼりに、爆は階段を下る。爆の気配を察知してか、ぽつぽつと小さな明かりが壁沿いに現れる。
「万一家が火事になった時に備えて、大事な本を置く場所を移動させただけだ」
「で、でしたら、なんでこんな仕掛けを……」
 その質問に、爆はうーん、と少し考えて、
「真は、こういう仕掛けが好きなんだ」
 と、言った。実際それが一番しっくりくる理由だろう。
「……さすが、爆殿の父上ですね」
「それはどういう意味だ?」
 じろ、と睨む。
「い、いえですから!
 あ!でもこんなに凝った作りしてるから、トラップの一つでもあったりして、なんて……」
 ガコン。
 ……ガコン?
 妙な感覚が足に……とか思ったら!
 バガン!とカイのすぐ横の壁が開き、不特定多数の槍がカイを目掛けて突き進む!
どぇぇぇぇぇぇぇええええ!!?
 カカカカカカッッ!
「解っているんなら、どうしてすぐ避けない」
 冗談で言ったんですよ-----------!!と言うのには。
 まだ少し時間が要りそうな、間一髪槍を避けて階段にへたり込むカイだった。






「地下通路にはトラップ……これはもはや義務!いや、礼儀というものだろう!
 天もそう思うよな!?」
「とりあえず、間違って自分が引っ掛からないようにしてくださいねv」

何せ真さん、冒険大好き野郎ですからv