物には何でも急所というか、必ず脆い所があり、其処さえ狙えばどんな物でも「あれ?」という感じで破砕出来るのだという。 にわかには信じられないその話を立証するように、激はカイの目の前で、「ん。これでいいか」と、大きめのワゴン車サイズの大岩を、えいや、と軽い掛け声だけの手刀で砕いてしまった。 その光景を目の当たりにしてしまったカイは、思わずぽかんとして、気づけばむき出しの額に睫がぱっちりした瞳の絵を描かれてしまったとかで、以来彼は必ずバンダナを付けるようになったとかならないとか。 そんな思い出はさて置いて、その後、まだ早いと言う師匠を横目に、カイもまた先ほどの悪戯の件も込め、半ばヤケクソに岩へ向かって拳を繰り出したのだが。 次の瞬間、響いたのは岩が砕ける音ではなくて、手を傷めたカイの呻きであったのは言うまでも無い。
「えぇい、男だったらこれくらいで泣くな!ついてんだろ!!」 おぉぉぉぉぉぉ〜と蹲ったカイに、激が声を掛けた。あんまり品のない励まし方だ。 「だって……手が……手の甲がぁぁぁ〜……!」 悲痛に訴えるカイだが、その額にはぱっちりとしたお目々があるのでその表情とのギャップに激はぷひ、と噴出した。自分でしておいて、そのリアクションはどうだろうか、激よ。 「力に任せるからンな事になるんだよ。 一見力技だけどな、これはどっちかっつーと精神方面にウエイトが行くんだ」 痛んだカイの手に、ぴしゃりと湿布が貼られる。いきなりの事だったので、ぬひゃぁぁぁ!とカイはまた悶える。 「それも頭で何処だろう、と探すんじゃねぇんだ。感じるんだよ」 「感じるって……どういう風にですか?」 痛みと冷たさにある程度慣れたカイは質問した。 「それは人によって千差万別だな。 ま、強いて言えば……自分を底抜けに信じてみな」
(……私は、自分を信じる。今の私には、この鎌を折れる力がある!)
信頼されて、それに応えるのは、例え対象が”自分”でも同じ事 そうしてやっと、100%の力が出るんだよ、人間てヤツぁ。
自分を拘束していた鎌は、パキンという薄いプラスチックの板を折るような、とてもあっけない音を立てた。
「っな………!?」 手に何か衝撃を感じ、次に何かが割れる音が耳に届いた。 それが鎌が折れたのだと、上に弾かれた刃を確認するまで解らなかった。 「……………」 今、自分の前にあるのは、見えるのは、自分の足だけで。 しかし、それこそが成功の証なのだと、ちゃんと理解するまで僅かでも時間を要したと思う。 一瞬でも極地に達したカイは、未だ強張った顔をしていたが、心の中では「いやっほぅいヤッタヤッタ出来たぞ万歳自分!万歳自分!!!!!」と自らを称えまくっていたりした。 そんなカイに、爆の大声が届く。 「バカタレがカイ-------!!!何をしてるんだ-----------!!!!」 「え?」 何故怒るんだろう……と浮かれた笑顔のまま、足を下ろす。 と同時に。 ドスン!!!!! 折れた刃が地面に突き刺さる。 ちなみにその距離、カイの身体まであと5センチ。 「………………………………………………………………」 沈黙してじっと……見ている場合で無い! あ、あ、あ、あ、危なかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 脱出しておいて、自分で自分に致命傷を与えては洒落にもオシャレにもならない(下らねぇ)。 と、後ろで空気が動く気配がした。 反撃は予想済み。 タン!と地面に手を付く反動で、チャラの顎を狙い足を蹴り上げる。 ち、と掠ったような感触だけはあった。狙ったつもりだったのだが、さすが、と言った所だろうか。 しかし、この動作は攻撃の為だけではなく、チャラから遠ざかるのが目的だ。そのままくるりと前に回り、素早く移動をする。 かと言って、離れただけで安全かといえば、全くそうではない相手なのだが。 現に、チャラから動揺は感じられても焦燥の気配はない。 むしろ、戦いの本番はここからだろう。 「へぇぇ、中々…………」 「アツィルト!!!」 ゴ------!! 爆は、「敵が口上を述べている時に攻撃してはならない」という特撮物の大鉄則を無視した。 まぁ、コレ小説だしね。 鮮やかな紅蓮はチャラを捕え、其処で一層輝きを増し散った。 その後に、チャラの姿も無かった。 「……………………。 って、爆殿!!!!殺しちゃダメじゃないですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 あぁ!いかに悪逆非道の弟子苛めの師匠だって、コロシはなかったのに、コロシだけは!!(最も自分が知らないだけの可能性も多大にあるが)これではどんなに情状酌量が出ても刑務所だ。少年院行きだ……あ、でも爆殿と一緒なら……って喜ぶ所じゃないぞ自分!!! おうおう、と悶えながらも、これからの人生のダイジェストが頭を駆け巡る。これはある意味走馬灯なのかもしれない。 そんな途方と悲観にくれ、地に伏すカイの頭を、ドゲシと爆が踏みつけた。 「本ぉぉぉぉ当に馬鹿だな貴様は。焼け跡をよく見ろ」 「へ?」 カイは付いた泥を払い(なにせ踏みつけられて地面に沈んだので、チャラが居た場所へと視線を移す。 そこにはこんがり焼け、ボクサーのような姿勢を取った死体が……かと思いきや。 何も無い。 …………いや。 特に怪しい気配ももはや感じなくなったので、カイはその場へと近寄った。 そこに在ったのは。 「……紙人形?」 爆の炎で焼け、殆ど炭化していたため、持ったそばからパラパラと原型すら無くしてしまったが。 「おそらくそれを寄り代に、より具象化した分身を作ったんだろうな。 あいつの性格からして、自分で赴くのはらしくないと、最初から考えていたんだ」 成る程。だから無遠慮に死に至る程の術をぶっ放したという訳か…… ………でも爆殿は本人が来てもしそうな気がする。 「おい、貴様今何かオレにとって不本意な事を考えなかったか?」 「滅相もありません」 カイは即答した。だって死にたくはないから。 「いや、それにしても凄くいいタイミングでしたね。 もしかして、私がああするの、解ってらしてたんですか?」 話題を逸らすためにも、カイは素朴な疑問を口にした。実際思っていた事だし。 「解る訳が無いだろう。思いっきり側だったチャラが気づかないくらいなんだから」 「え、しかし……」 自分がチャラから離れてからペンタグラムを切ったのでは、到底間に合わない。 あらかじめ切っておかなければ、出来る時間ではなかった。 「一度は誘いに乗ってやろうかと思ったけどな。やはり相手の思う壺、というのは気に食わないから、ぶっ飛ばす事にしたんだ」 「……私、捕まってましたけど?」 「あぁ、それが?」 「…………。 いえ」 一緒にぶっ飛ばすつもりだったんだ…… 早い決断を下してよかった。本当に良かった。 生きている悦びを噛み締めるカイは放っておいて、爆は安全な場所に避難させておいた荷物を抱え直す。 「それじゃ、早い所帰るぞ。 貴様の傷の手当てもしなくてはならん」 「傷?」 「気づいて無いのか?頬、切れてるぞ」 蹴り上げた時か、鎌が落ちてきた時か、やはり掠ってしまったらしい。 え、とカイは反射的に手をやり、そして無意識に視界に入れてしまった。 その、真っ赤な、血。 「-------ッ!」 しまった、と後悔してももう遅い。 「カイ?」 いきなりその場にガクン、と膝をついたカイ。 爆は訝りながら近寄る。先程の事で、こうまでダメージを抱える原因が解らない。 「………ば、く殿………!!」 ジャリ、と大地に爪を立てる。 「見ないで、下さい………ッ!」 「え……」 ドクンドクンと体中の血液が逆流する。 筋肉が隆起して、骨格が組み返られる。 そう。 激に弟子入りしたのは、すべて”コレ”を治す為故。
狼男と同じだ。 月を見て、狼変じるのように。 自分もまた変化するのだ。 血を見ると、あの姿へと------
|