仔兎のワルツ
 〜14話目〜




 霧が晴れてきたのは、きっと爆がした事だ。
 それならとりあえずは、爆はまだ捕まってはいないみたいだ。
 ならば今度は探す事に専念する。
 ……自分の視界に確認する事は出来なかったが、それが本当に、こっちの方向に爆居ないのか、それとも霧が隠しているのかを決めるには、まだ早いようだった。
 と。首筋に悪寒を感じた。
 まるで、少し遠くから鋭利な刃を向けられているみたいに----って本当に向けられていた。
 それでも幾分距離はある。ぎょ、となりながらも、保身の為に身を引き、攻撃の為に体勢を構え、ふと気づく。
 自分がそうまでしているのに、相手から何の反応も無い。
 鎌の部分が、まるで糸で吊らされているように微動だすらしなかった。
 ----待っている?何を……
 効力を失って居ない爆の産んだ魔力の風が、視界をよりクリアにしていく。
 鎌の刃だけだったのが、柄が見え、それを掴む腕が見え。
 そして、チャラが見えた。
 しかし----見せているのは、後ろ姿。
 まさか持ち間違えた、なんて事はあるまい。鎌の向きが逆なのだ。
 チャラの意識が、カイにあるように思わせる為に----!!
 と、言う事は-----!!
「爆殿!危ない!」
「!?」
 この時、すでに爆はペンタグラムを切り、術を発動させてしまっていた。。
 魔方陣が、煌々とした朱い色を放つ。
 そして、そこから一直線に業火が迸る。
 カイにそれにはっきり見えた。勿論、チャラにも----
「そこですか♪」
 嬉々としたチャラの声。高速の移動は濃霧に軌跡を残した。
 ----術を発動し終わった瞬間は、どうしても僅かな隙が生まれる。
 それは、チャラが爆のごく間近に迫るのに、十分な時間だった。
「ッ!」
 殺られる、と思った。
 チャラの腕が背中に回り、そのままガクンと持ち上げられ、足が宙に浮く。
 とても不安定な、けれど傍から見ればワルツのフィナーレを飾るような、ピン、芯が通った姿勢だ。
 それは、爆が逃げ出す隙がないのを意味している。
 完全に霧が晴れた。
 すっかり暮れた空に、チャラの背後に鎌が細い月のように映える。
「………貴方は僕の主の想い人だから、僕も手を出さない------
 とでも、思いましたか?」
「………………」
 いつもの柔和な笑み。
 こんな状況でも。
 チャラの双眸が薄く現れた。
 カイが駆け寄るのが、後方で見れた。
「爆殿ー!」
「-----その通りですよ」
「何-----ッ!?」
 倒れないように、と注意を払って、チャラは爆を解放した。
 まず最初にカイを狙ったのは、爆に対してのフェイクだ。
 そして。
 爆を捕えたのは-----
「あれ……?」
 カイが爆の元まで来たら、あっさりチャラは爆から離れてしまった。
 おかしいな、と首を捻ろうとしたが----出来なかった。
 何故なら。
「では、改めて----」
 その首の直ぐ前に、鋭利な刃が刃を向けていたから。
 簡単なパズルだった。
 爆を捕まえる為には、カイを使えばいい。
 その為にカイを捕まえるのには、まず、爆を。
「僕と一緒に、雹様の所へ来てください。
 でないと」
 ギラリ、とした光は自らが発し、まるで殺める事が出来るのだと、主張しているようだった。
「この人の安全は、保障出来ませんよv」
 鎌でカイの首を戒めながら、チャラはやっぱりいつもの微笑で言うのだった。





カイ、人質となる。
……役に立たねー。