仔兎のワルツ
 〜第13話〜



 見た目こそ、保育士にもなりえる程の優しい笑顔の青年だが、それがそのまま彼の本質を表している保障は何処にも無かった。
 目の前に居るものが悪人が善人かはさておき、かなりの実力の持ち主である事は解る。それこそ、カイの師と匹敵する程に。
 オリーブ・オイルの瓶を覗かせた袋を抱える爆は、呆れたように相手を見た。
「また雹の差し金か?」
「いえ、これは僕の独断で。
 最も、「チャラー!爆君を僕の元へ連れて来ーい!!」とは毎日聞かされてましけどね。フフ」
 最後の含み笑いの所で影を作ったりもしたが、すぐさま笑みを作り直し、
「それにしても、お父上が旅立たれたのであれば、仰ってくれれば良いものを。黙っているなんて水臭い」
「言ってもする事は同じなんだろう?だったら言わなくてもいいだろうが」
 そう言う爆をカイはまるで警戒している猫みたいだ、という感想を持った。
 チャラもまた、爆が警戒しているのに気づいたようだ。
 取り繕うように言う。
「雹様は貴方に危害を加えようなんて、これっぽっちも思ってはいませんよ。
 ただ、自分の部屋に招いて、自分好みの服を着せて、一緒にご飯を食べて、夜は当選同じベット(天蓋つき)。
 音も無い深夜、二つの影はやがて寄り添い、そして重なり合って存分に愛を確かめ」
「ダ-----メ-----で-----す-----!!!そんなのは絶ッッッッ対ダメです!!!!
 ダメったらダメ!ダメ----------!!」
 おそらく雹に説法の如く聞かされているのであろう、”僕と爆君の蜜色の生活v”を淡々と語るチャラを、カイが両手をぶんぶんと振るオーバーリアクション付きで遮った。
「そういえば……てっきり通行人Cだと思ってた貴方が、どうして此処まで付いてきているんです?
 もう帰ってもいいですよ。運が良ければ3日もあれば人里に出れますから」
 カイはチャラに、寿司パックのガリみたいに蔑ろにされた。
「そうは行きません!何せ私は爆殿の!」
「下宿人だ」
「そう!下宿人です!!」
「……何を涙を流しているんですか?貴方は……」
「ほっといて下さい!!」
 これは涙じゃなくて、目から汗が出てるんだ!!と言い訳したいカイだった。
「しかし……」
 チャラは幾分笑みを沈め、何やら考え込む。
「となると、これは厄介ですね。
 自分以外に爆君の側に誰かが居るなんて知ったら……」
 そこまで言ってチャラの笑みが凍りつく。それのツケ全部が自分に回るのだと、改めて実感してしまったようだ。
 そしてカイへと目(でも微笑んでいるため瞑っている)を向けると、
「----此処は潔く身を引いてもらえませんか?
 今すぐに従ってくれるなら、もれなくご実家の方へ瞬間移動してさしあげますから」
「お断りします」
 カイはきっぱり拒絶した。
 ふむ、とまたチャラが考える。
「でしたら、もうこれしかありませんね」
 と、まるで闇をマントにしたような法衣を取り去ると、スラリと体躯に合った仕立てのスーツ姿が現れる。
 単純なスーツだが、素材の良さで洋服の青○のチラシより、各業界人集まるファッションショーに出てそうな印象だ。
 身軽になって、接近戦に持ち込むつもりだろうか。
 体術ならば覚えのあるカイは、いつでも拳を繰り出せるようにと臨戦体勢を取った。
 しかしその横で----爆がうろたえていた。
「----本気か!?貴様!!」
「だと言ったら、ついてきてくれますか?」
 どこまでも柔らかな物腰に、爆が押し黙る。
「え……と、爆殿。私、生身の戦いなら、少なくともボロ負けはないと思いますよ?」
 ひょっとしたら、自分はとんでもなく弱いのだと思われてしまっているのだろうか、と不安になったカイは言ってみた。
 実際、カイは爆に玄関先で倒れている所と、家事をしている所と、ピンクにどつかれてる所と、アリババに吹っ飛ばされる所ぐらいしか目撃されていない。
 なんて思い出した時にまた目から汗が出そうになったが、それはぐっと堪える。
「違う。そうじゃない。……まぁ、あいつ自身格闘の心得もあるがな。
 ----チャラ!!」
 爆は朗々と言う。
「そんな事をしたら、オレは本格的に貴様らを嫌いになるぞ!!」
 ………脱力しかけるセリフだが、爆に思いを寄せる者にはキツい一言なのだろう。
 現に至近距離で聞いたカイは、痛そうに胸を押さえているし。
「それは困りますね」
 チャラは苦笑した。
 そして、ここで初めて双眸を除かせた。深海のように、じんわりと来る冷たさだった。
「ですが、貴方が人を嫌うなんて、出来るんでしょうか?」
「……どういう意味だ?」
「そのままです」
 しれ、とチャラは答えた。
「とにかく、退け。オレは何があろうと、貴様にもついてはいかんし、雹の所にも行かん」
 毅然と言い放った爆に、チャラは肩を竦めた。
「そういう所が、より雹様を夢中にさせてるんですよ?解ってますか?」
 解るなぁ、と頷いたのはカイだった。
 ふと気づくと、爆はまるで立ちはだかるようにカイの前に居た。
 何をそんなに気にしているのだろう。
 おそらく、魔道絡みなのだろうが……それだと、自分は手も足も出なくなってしまう。
 そして、頼みの肉戦弾も、出来ればあまりしたくないのだった。
 もし----その時-----
 ”アレ”が出てしまったら………!
 カイの最も恐れている事だった。
「そんな風に庇って。確かに雹様は爆君に傷一筋付けたヤツは生ける屍に変えますけどね」
 口元はどんなに緩んでも、目は決して笑ってはいなかった。
「----要は、雹様の目に触れなければいいんですよ----」
 -----ッ!?カイはぞくりとした。おそらくむき出しの腕には鳥肌も立っている事だろう。
 そうした冷気の発祥地は……
「参ります」
 静かにチャラは言い、音も無く爆に駆け寄る。----しかし、その速さは獲物を追う鷹のように速かった。
「爆殿!」
「動くな!」
 別に爆は、チャラは自分を傷つけない、という打算でいたのではない。
 純粋に、自分のいざこざにカイを巻き込みたくなかっただけだ。
 それでも、チャラがあんな風に言ったのは、爆を挑発させる為で。意地でも相手をするように。
 それを思ってカイは爆を呼んだのだが----おそらく爆も、それを承知で乗ってるみたいだ。
 結局、チャラの望むままに事が運んでいる。
 ……抜け出せてるだろうか、この状況から。
 ス、とチャラが袖を撫でる。その動作が終わった時、チャラの手には大振りの刃がついた、鎌があった。
 まるで、死神のイメージだ。
 よく見ればチャラは超低空飛行をしていた。どうりで音も無い筈だ。
「カイ、あいつが何か貴様に降り掛けるような真似をしたら、すぐオレに言うんだぞ!」
「ふ、降り掛ける、って……??」
「それは、ゾン………」
 と、爆のセリフは、文字通りチャラの鎌に切り取られた。
 ひゅぅいんと空気を裂く音が聴こえ、薄い三日月型の鎌が残酷過ぎる程、眩い光を放ち振り下ろされる。
 こうなったら、さすがに動かないわけには行かない。
 丁度、二人の間に降ろされたので、お互いの方向へと避ける。
 その時を見計らい、チャラが呟く。
「ラズグ」
 刹那、白い煙が一帯を覆った。
「な……!?」
「大丈夫だ!ただの水蒸気だ!!」
 今、チャラが発音したのはルーン文字で水や海を表す言葉だから、少なくとも毒は無い。そう判断し、爆は見えないカイに向かって叫んだ。
 しかし、この霧は厄介だ。殆ど視界はゼロに近い。
 無意味に叫ぶのは愚かだ。自分の居場所を知らせてしまっては何もならない。
 爆は風のペンタグラムを切り、小声で発動させた。
 あっというまに、とはさすがに行かなかったが、徐々に濃霧は薄れていく。
 カイは何処だ、と焦る気持ちを落ち着かせ、周囲に気を配った。
 と。自分に後ろを見せて、きょろきょろと間抜けにも見える仕草で周りを見るカイを見つけた。
 ほ、と胸を撫で下ろす----が。
 キラリ、と何かが反射した。
 首を刈る事を目的とされた武器。
 刃のある内側は、カイの方へ向いていた。
(----しまった!)
 チャラの目的は自分にあるが、そのためにはカイを使うだろう。
 舌打ちし、今度は攻撃性のある、火のペンタグラムを切った。








やっぱ戦闘シーンは長いわー。
カイがあんまし役に立ってないような気がするのはきっと気のせいではありせん。