仔兎のワルツ
 〜第11話〜




昼食の後片付けをしている時、爆が言った。
「カイ、オレと付き合え」
「…………………………。
 え?」


 並ぶテナント、行きかう人々。
 それぞれが皆目的を持ち、お目当ての場所へと消えていく。
 今日みたいに天気のいい日は、道にまで品物がはみ出しているのはご愛嬌。
 やや前を歩く爆が言う。
「はぐれるなよ」
「ハイ……」
 付き合えって、買い物に付き合えという意味だったのか……と気落ちしている事を悟られないようにするカイだった。
 この辺りは石造りの家が多く、日陰に入るとひんやりする。
 少し路地から引っ込んだ通路に入り、到着したのか目の前の扉のドアノブを握る。
 が……
「爆殿、そこは普通の家なのでは……」
「あぁ、いいんだ。此処で」
 カイの危惧などものともせずに爆はドアを開け、そしてちょっと右にずれた。
 その行動を訊ねる前に、カイは何者かにタックルされ、押し倒された。
「んどぁッ!!?」
 ゴガ!!
 運の悪いことにカイの後頭部は何かの角にぶち当たって大変痛かった。
「爆ぅ〜〜〜vvvああん、もう久しぶり〜vv
 なんだかちょっと逞しくなってない?きゃ、アリババどっきど……き………」
 アリババは一頻り言った後、自分が抱き締めて押し倒している人物が自分の最愛の人で無い事に気づいた。
 そんなアリババの次に取る行動は決まっている。
 カイの胸倉引っ掴んで思いっきり横に吹っ飛ばした。
 ガシャンガラガラガッシャー!!
 ゴーン!!!……カラカラカラ………
 哀れ、たまたまその位置に粗大ゴミ置き場があったカイはやたら大きな音を立てて其処に突っ込み、最後の仕上げにタライがその頭から落ちて来た。
 悲鳴の一つでも上げたかもしれないが、その騒音はそれすら掻き消すものだった。
「なんだテメーは!!ンな所に突っ立っていやがって!!
 あー!!抱き締めてすりすりしちゃった!!んもう、最悪ー!!」
 この場合、文句を言う権利があるのは自分の方ではなかろうか……と、遠のく意識を必死に繋ぎとめながらカイは思った。
「それじゃ改めてv爆ぅぅぅ〜vv」
 スカッ!
「アリババ、石を見せてもらおう」
 またしても爆に抱擁を(一方的に)求めたが、爆の反射神経を持ってすればかわす事は造作も無い。アリババの腕は空気を抱き締めて終わった。
 まぁ若干の慣れも入っているかもしれないが。
「あぁん、爆ってば相変わらずいけずなんだからv
 でもそのストイックも魅力なのよねぇ〜v
 いいわ、ちょっと待っててね♪」
 部屋を仕切る暖簾を潜り、アリババは奥の部屋へと消えて行った。
「全く……相変わらずだ」
「ば……爆ど……の………」
 何とか復活を遂げたカイは、勝手にソファで寛ぐ爆の元までようやく来られた。ちなみにドアはアリババが爆と間違えてカイを押し倒した時に蝶番が外れ、ただの木の板となっている。
「い……一体、何ですか……?」
 カイのこの一言には万感の思いが込められていた。
「石……宝石を買いに来たんだ。
 大地の力がふんだんに詰まった宝石は下手なアミユレットより余程効果的だからな」
「アミユレット……という事は、護符ですか」
 そうだ、と爆は頷く。
「……オレを襲うヤツにはイーブル・アイを持つ者がいるからな。
 トルコ石やエメラルドを持つ必要がある」
 イーブル・アイは邪眼とも言い、産まれつき魔力を持った目の事を言う。
 この目はただ見るだけで、相手を意のままに操り家畜を不具にし、作物を枯らす事も可能だという。
 不意打ちにはもって来いの能力だが、きちんと対策を行っていれば防げるものである。
 それに一番効果的なのが、トルコ石とエメラルドを持つことだ。
 ついでだがこの2つ、どちらも持ち主が裏切られそうになると色を変える性質を持つ。
「そういう訳で、貴様もなるべく持った方がいいぞ」
「はい、是非そうします」
 さすがに爆は自分の師匠と知り合いであるだけに、他にも厄介な者との関わりがあるみたいだ(それは激にも失礼だろう)。
「………ところでカイ」
 爆が言う。
「いつまでタライを頭に被っているつもりだ」
「………抜けなくなっちゃったんです〜〜」
「………………」
 5分後。
 カイは爆の協力を得て無事にタライを取り外す事に成功した。


 うわぁ、見られてるなぁ……とカイは正面からの視線をひしひしと感じていた。
 程なくしてアリババが持ってきた宝石類は、爆が赴くだけあって、どれも超A級のものばかりだった。
 それをさらに選別する2人の正面に座るアリババは、ひたすら愛しい人に引っ付いているカイをジトーと睨んでいた。その気持ちはカイにも解らなくはない。
「ねぇ……アンタ一体爆の何?」
 ついに質問が出た。
 カイとしては嬉しくない事態だ。あまり身上を話したくないのだ。
 特に激と繋がりがある、と爆にバレたら……
 居候できなくなるどころか嫌われてしまうかもしれない。
 それだけは何としても避けたい所だ。
「何……と申しますと……」
「どーして爆の側に居るか、って事よ!」
 うぅぅ、と目に見えて言葉に詰まるカイに思わぬところから助け舟が出た。
「カイは何か煩っている所があってな。親父を頼りに来たらしいが、運の悪いことに殆ど入れ違いで旅立たれてしまい、仕方ないから帰ってくるまで家政夫を兼ねた下宿人になってもらった」
 爆がまさかそんな風に自分を庇ってくれるとか思ってもみなかったカイは”えぇ?”という感じで爆を見た。
 すると爆の方は”何だ、今の説明に文句があるのか?”という風に表情を変えたからカイは慌てて”いえ、そんな事ありません”と首を横に振った。
 説明はしてもらっても納得が出来ないのが人情だ。
「でも、爆!」
 アリババとしては好きな人に悪い虫がついたのではないかと気が気でないだろう。
「だったら連絡先でも訊いて、そいつこそ帰せばいいじゃない!
 どーして馬の骨とも解らない野郎を爆の側に置いておかなくちゃなんないのよ!!
 だいたい何かあるらしいけど、それって本当な訳!?適当に嘘吐いて居座ってんじゃないの!?」
 中々痛いところをついてくれるアリババだ。ていうか後半はだいたい正解だ。
「そんな事はありません!」
「だったら一体何の用だっての!?」
「そ、それはその……」
 お人よしなカイは嘘を吐いて知らん振りという真似は逆立ちしても出来っこなかった。
「さあ、言ってみなさいよ!さぁ!さぁぁぁ!!」
「うぅぅぅぅぅッ!」
 アリババはカイに詰め寄り、カイはそれから逃れようと背を反らす。あともう少しで椅子が後ろに倒れそうだ。
 激と自分との事はともかく、体質の事さえ言ってしまって、この状況から楽になるのは簡単だ。
 けれど……
「アリババ」
 爆のやや張り詰めた声だ。
 前に乗り出したアリババも、後ろへ反るカイも同時に目が向く。
「無理矢理詮索するのは感心せんな」
「だ、だって……」
 アリババの顔がざっと青ざめる。嫌われたかもしれない、という不安からだろう。
 カイには痛いほど良く解る。……きっと同じ穴のムジナだ。
「それに、だ」
 泣き出してしまいそうなアリババに爆はなおも言った。
「貴様はオレがこいつにどうかされる程度のヤツだとでも思ってるのか?」
「…………………………………」
「ううん!そんな事ない!そんな事は絶対にないわ!!
 そうよね〜、アタシったら心配性☆でもそんなアタシもか・わ・い・いv」
 テヘ☆と自分を自分で軽く小突くアリババだった。
 その様子はひたすら沈黙するカイを、もう気にも留めてないようだった。





次からまたバトルかなー。
相手はあの人です。