カイは少ない手持ち金から代金を支払い、ついでに夕飯の買出しにへと出掛けた。 ちなみに激はカイの気づかない間にラザニアとスコーンとハムサンドをしっかり食べていた……ていうか気づかん方が可笑しい。 さぁ、早く帰ろう。 自然と足も速くなる。 何故そうなるかといえば、それは、そう、爆が待っているから!(夕飯を) 見慣れた家の、見慣れた玄関のドアを開いた。 「ただいま爆ど」 バリリッ!! 爆の顔が早く見たい!と思いっきり油断していたカイは、思いっきり顔を引っ掛かれた。 そして引っかいた主はというと、 「にゃふーん、いきなり走ってどうしたの……って、あぁ、カイが帰ってきたのね」 シャー!と毛を逆立てて威嚇する飼い猫の前の、顔に赤い方角線を載せたカイを認める。 「ピンク殿〜、ペットの躾はもっと……おわぁッ!」 尚も攻撃しようと飛び掛るネコを、間一髪捕まえる。 最も、掴んだその手を引っ掛かれたので痛い事に代わりは無かった。 ジタバタ暴れるネコをしっかり掴む。 三半規管の発達しているネコにとっては、たとえ落とされてもくるりとちゃんと着地出来るというのはカイも知っているが。 基本的にカイはお人よしだ。悪く言えば間抜け。 「ちょ……!ど、どうしたんですか!一体!」 カイはネコに恨まれる覚えが見つからない。 「ネコも恩返しをする時代だからねー。 自分の恩人に悪い虫が付くのを必死で阻止しようとしてるのね、きっと」 「……な、何の事ですか?」 お人よしなカイは嘘が下手だった。 「ま。別にあんたに責任は問わないけど。爆が魅力的なのは仕様がないもんね」 「な、な、何の事ですか?」 お人よしで間抜けなカイは、嘘が素晴らしく下手だった。 「……爆はどっちかっていうと敏感な方だけど、まだそういう事がよく解ってないから、感じ取るは取るけど、そのままなのが救いよね」 「な、な、な、な、何の事ですか?」 体中の水分を使わん勢いでカイは冷や汗を流した。 そんな、まだ無駄な抵抗を続けるカイに、ピンクが留めの一言をグサリと刺す。 「…………爆を困らせたり悲しませたりしたら………… 次の日の海水魚の餌は豪華だと思いなさい」 「…………………………」 遠まわしに海に沈ずめるぞコラと言われたカイは、暴れるネコを抱いたまま硬直するしかなかった。 「………ピンク?カイじゃなかったのか?」 と、その場に爆が顔を覗かせる。 どういう訳か、玄関のドアが開くのと同時ににゃふーんが飛び出し、ピンクが連れ戻すがてらに誰が来たか見てくる、と言ったのだ。 爆は時間帯と気配から察するに、カイではないかと踏んだのだが……それにしては時間がかかり過ぎだ。 で、様子を見に来た、という訳だ。 「ううん。何でもないわよ。ここに居るのは極平凡なカイ」 極平凡ではないカイがいるのか。ピンク。 「やっぱりな……て、カイ。何だその顔は」 カイの顔には朱色の線が入っていて、何処ぞの蜘蛛男みたいだった。 「えーと、……引っ掛かれちゃいまして」 えへへ、と気まずそうに笑った。 そんなカイはネコを抱いている……そのネコこそが、その顔の原因だと結びつけるのは容易い。 「にゃふーん……」 つかつかと近づいた爆は、カイからネコをぶん取った。 爆は引っ手繰ったネコをじっと見据え、 「……お前……」 「あ、あの、爆殿、私もうっかりしてましたから、そんなに怒らないで……」 「----偉い!よくやった!!」 「やって下さい……………………… て、え。」 てっきりネコを叱るんだとばかり思っていたカイは、庇り損をした。 「動物なんて人間の裏をかいてこそだ。それでこそ一人前のネコだぞ」 爆のその言葉に、いかにも誇らしげににゃぁ!と一声鳴いた。 夕飯の支度を頼むぞ、といつも通りに言って、爆はネコを床に置いて、部屋へ戻っていった。 ………カイは爆に惚れたが、爆はカイに抱くものは何一つとして変わってない。 故に、今の一連に不自然な所は何も無い。 のだが。 …………ちょっと、悲しいなv 斜線を背負い始めたカイに、ピンクが呟く。 「にゃふーんはね、昔、仔猫の時にあたしが拾ったんだけど……身体が弱くて、とっても弱くて、皆もうだめだって言ったの。 でもね、爆が回復薬の材料を取ってきて、それであんな風に元気になれたの。 まさに、命の恩人なのよ」 「……爆殿、一人だけで?」 「そう。 だけど途中からヒゲと合流したらしいけど……あんな垂れ目でにやけ面の人間、あたしは一人としてカウントしないし」 師匠、言われまくりです。 「だから、あたしは爆を悲しませるヤツは容赦なんか絶対しない。 誰より幸せになって貰わなくちゃ、困るんだから」 ”容赦なんか絶対しない”の辺りでジロリと睨まれ、カイの血の温度が下がった。 「………私は……真剣ですから。爆殿の事」 ピンクが想うのとは性質や方向は違うけども……その強さは変わらないと。 カイのセリフを聞届け、ピンクは口を開いた。 「それも困る」 「……………………………」 シリアス顔で決めたカイの背後で、ぴゅるりぃ〜と木枯らしが聴こえたような気がした。
「ところで、ピンク殿は何しに来たんですか?」 ついでに夕飯をご馳走になる事にしたピンクに訊ねる。 ここで若奥様だったら「どうしましょう!量が足りないわ!」と慌てる所だが、そうならないのが家事手伝いの為にこの家に来たカイだ。 ピンクはあちあちと一口コロッケを摘み食いしながら、 「そうねー。言った所でどうにもならないだろうけど、聞かれた所で害も無さそうだから言うけど」 どうしてこの人は人にダメージを負わせる言い方が秀逸なのだろう……とカイは思った。 「ちょーっとヤな予感がしちゃってねー。 しかもこれが嫌な内容ほどよく当たるのよ」 普通の人でも備わっている虫の知らせとか、第6感とか、ピンクの魔力はそういうものを増幅させるのに合ったようだった。 「そうですね。この前も私が道で滑るのを予知しましたし」 「いや、それはあたしが水を撒いたからなんだけど」 「…………………………」 どうも予知でなくて忠告だったらしい。 「ピンクが言うには、また妙なヤツがやって来るらしい」 はぁ、と軽くため息をついて、爆が言う。 「また……って、以前にも?」 「うん。アンタの事」 「…………………………」 「最も、心当たりはあるんだ。 ……と言うか貴様の時もそうだと思ってたんだが、違ったからな。今度は間違いないだろう」 その人物でも思い浮かべたのか、爆の顔が顰められる。 「爆、くれぐれも気をつけてね。この前あげた煩い音が出るヤツ、ちゃんと持ってる?」 「質屋に売ったらそれなりの金になったぞ」 「売るな-------------!!!!」 昔からの付き合いで、気心の知れたもの同士の弾む会話(?)に、ピンクのセリフで精神的にノックアウトされたカイは、入り込む事も心当たりって誰ですか、と尋ねる事も出来ずに居たのだった。
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