カイはゆっくりと、今朝師匠から言われた言葉を反芻していた。
----いいか、カイ!何があっても本当の目的だけは相手にバレるな!! そうなった場合、被害はお前に留まらず、俺にも及ぶんだからな!!
……よく思い返してみれば、自分の事しか考えてないセリフだったな……
でも、師匠、その心配は綺麗さっぱり無くなるかもしれません。 て言うか。
そもそも、会えないかもしれません…………
薄れ行く意識の中で、カイはウフフと力なく笑った。
…………… ……………………… ………ガバァァァァッ!! 意識が戻り、瞼を開けて起き上がる。それらの行動を5分以上かけたカイの次にやる事といえば、状況把握である。すなわち、此処は何処なのか。とりあえず、室内である事は間違いない。 倒れた時に地面に打ち付けた頭が痛いのは解るとして、この身体の痛みはなんだろう。 それに思考を邪魔されながらも、カイは懸命に頭を働かせた。 えぇと、そうだ。 確か、チャイムを押そうと玄関まで来て、そうしたら横に鉢植えがあったから、なんだろうと思って近づいたら……いきなり花粉だか胞子だかを吹き付けられて、眩暈に似た症状に襲われて、倒れた。 なんだか出来事をダイジェストしてみたら、凄い自分が間抜けに思えて少しへこんだ。 と、ドアが開いた。 「気がついたか」 入ってきたのは、自分と同じか、あるいは少し下の少年。何処か不遜さを漂わす物言いだ。しかし、不思議と不快感は与えなかった。 「あ、はい。……あの、もしかして、貴方が」 「あぁ。運んだ。何か用があるんだろう?」 自分の質問を先回りして答える。今の返事で、自分はちゃんと(?)家に入れたのだという事と、目の前の彼が目的の人物だという事も解った。 しかし、よく自分を運べたものだ、と思った。どう見積もっても、5センチ以上は身長に差がありそうなものなのに。 ………て。 まさか、この身体の痛みは……… 「仕方ないだろう」 カイの傍ら、ベットに腰掛けて、ケロリと言った。 「……ちなみに、どうやって運んだんですか?」 「まず足首を持って」 「すみません。もういいです」 意識の無かった時に何があったか。恐ろしくなったカイは説明を中断させた。 「それにしても、いささか無用心じゃないんですか?見知らぬ人をあっさり家に上げるなんて……」 「いや。あんなお飾り程度の番犬代わりのパラライズ・フラワーに簡単に引っかかるようなヤツ、例え襲い掛かったとしても返り討ちに出来ると思った上での判断だ。 最近は不法投棄が問題になってるからな。あのままにほかっとく訳もいかんし……って、聞いてるのか、貴様は!」 カイは別に聞いてない訳ではなかった。むしろきちんと聞いていた為、言われた内容に激しく落ち込んでいるだけだった。 「それで?」 「………はい?」 何かを促せるような事を言われたのだが、意図が解らず、カイはへこみ状態を脱却しないまま答える。 「だから、何か用があって来たんだろう。それを訊いているんだ。 まさか人の軒先でトラップにかかって倒れるのが趣味であるまい」 それはそうでご尤もなのだがせめてあまり傷つかない言い方を選んで欲しかったカイだ。 とりあえず、カイはベットの上でだが、きちんと正座をし、佇まいを直した。 そして。 「……私は産まれつき、中々厄介な体質を持って来た身でして。それを治療したくべく、此処の真殿に知恵を拝借に参った次第です。 と、言う訳で早速真殿……」 「待て。かなり待て」 今度は爆がストップをかけた。 「はい。何でしょう」 「オレは真じゃないぞ」 ……………… 「え゛」 「オレは爆だ。真はオレの親にあたる」 「な、え、で、でしたら真殿は何処へ!!」 「本当につい最近だが……旅に出た。正直、何時帰るか見当もつかん」 「--------!!!」 爆はカイの背後にガビーンとか言う効果音を見たような気がした。 「そ、そんな……だったら、私は………!」 「とんだ無駄足だったな。ちんけな罠に引っ掛かって人の家の前で無様に倒れてたというのに」 「……それは言わないで………」 爆の目の前、カイはがっくりと肩を落とした。 世の中、タイミングに縁の薄い人も居るが……ここまですれ違うヤツも珍しい。まさに真は、昨日旅立ったのだから。 「帰るときにはあの花にちゃんと気をつけろよ。普段は滅多に人が寄っても活動しないんだがな」 「………いえ!」 カイは何かを決心したかみたいに、顔を上げた。 「待ちます!!」 「………は?」 「ですから、待ちます!またすれ違いになってなったら、堪らないですから!!」 爆は驚愕した。 何て………! 何て行動力のある短絡的思考の持ち主なんだ……!! 「待つ、って言って、何処で……」 「出来れば、この家に居させてくれましたら、一番いいのですが…… ----何でもします!雑用でも家事でも!」 「別にオレ一人でも足りてるが。それに、本当に何時帰るか解らんぞ。年単位なのは確実だ」 「それなら大丈夫です。これでも、一応私も一人旅の最中ですし。 何処かに長い事留まって不都合な事はありません」 「あんなのに引っ掛かってたくせに、よく旅なんて今まで出来たものだな」 「はっはっは」 悲しくなったカイはとりあえず笑ってみたが、余計悲しくなった。なんでだろう。 爆は腕を組んで暫く考えていた。 「……まあ、部屋なら幾らでも開いてるし。一緒に居て困ることも無さそうだから、住み着かせても特に害はないな」 えれぇ判断のされ方だ。 しかし、この物言いだと…… 「……と、言う事は居てもいいんですね!?」 「ああ、また倒れたら厄介だ」 ……カイは人間第一印象がとても大事なのだという事が、身に染みて解った。それはもう、言葉どおり痛いほど。 「では、改めまして。これから、よろしくお願い致します、爆殿」 と、カイは爆に向かい、深々と頭を下げた。ベットの上で。 「じゃあ、貴様さえ良ければ、この部屋を割り当てるが。いいか」 「ええ、勿論」 「着替えとかは……真のがあるから。サイズは多分合うぞ」 自分のを貸そうかと一瞬思った爆だったが、座った姿勢ですら相手の方が高い、というのが伺い知れたのだ。実際はもっとあるだろう。 「いえ、服等は少し持って着ましたので……」 「そうか。他に何かあったら、その都度言ってくれればいいからな」 「はい」
(とりあえずは、第一関門突破です。師匠……)
多分今頃、のーんとかいう効果音背負って呑気に茶でも飲んでるだろう激に向かい、カイは心の中でだけ言った。
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