マンドラゴラを採る為の、今宵は新月。 闇に包まれた中で、自分ではない何者かに身体を捕えられても、爆が悲鳴一つ上げなかったのはそれに見覚えがあったから。 「こーんな遅くに出歩くなんて……やっぱお目当てのブツは同じ?」 激もまた、今夜はマンドラゴラを採りに来ていたのだった。 おお、何たる偶然……ではなく、マンドラゴラを採るには新月の夜明け前でなければならないからだ。 で、来てみればそこへ続く道を、とてもよく知ったお子様が歩いていたので捕まえた、という訳だ。 「離せ激!離せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」 後ろから羽交い絞めの姿勢のまま、ひょいとかつがれ爆は降ろせとせがむ。 が、それを素直に聞き入れてくれる相手でもなく。 「ちちぃ、仕方ねぇーなぁ……ここまで来たってのによ」 ぶつくさと爆を全く無視して呟き、くるりと来た方向を反転する。 「なッ!何処へ行く気だ!!」 「お家に帰るんですよ。お家に」 小馬鹿にした口調に、爆はかなりムカっと来た。 -----人には誰これ構わず「急所」というのがある。 それは、例えば、喉、鳩尾----- そして。 「マンドラゴラなら、俺がついでに採って来て……」 ”此処”だ。 「たぁッ!!」 ゴキィン!!! 爆の反動を付けた後ろ蹴りは、狙い違わず”その箇所”を直撃した!! 「!!!!!!!!!!!!」 この世のものかと思うくらいの痛みに、激は爆を投げ出してしまった事すら気づかず悶絶する。まぁ、無理も無い。他の部分はともかく、”其処”だけはとても鍛える訳にはいかないからだ。”其処”は。 ----激の、爆のプライドを傷つけた代償はとても高かった。ていうか痛かった。 一方、放り出された爆は、きちんと地面に着地し、道を急いだ。 「待てオイ……ッッッ!!!!」 普段の激ならあっさり捕まえられるのだろうが、今は動こうとすると、爆に蹴られた箇所がズッキーン!と痛んだ。爆は容赦はしなかったらしい。 「ちくしょー!爆---------!!!」 呼びかけども、小さなその背はどんどん小さくなって行くばかり。 このままではいけない。このままでは。 もし、爆に何かあったのなら……その時は…… 怒り心頭した真が、自分に八当たる。絶対当たる!! それだけは阻止しなければ!!!何としても!!! 仕方ないからテレポートを使う事にした。この森はマンドラゴラが生えてるせいか、上手く魔術が出来ない事もあるし、かと思えば絶好調に効果が現れる事もあるから、あまり使いたくないのだ。何事にも限度はあって、効果がバツグン過ぎてもいい結果にはならない。 相変わらずズキズキと痛みは襲うが、そこは激の事。普通の人は痛みに邪魔されて集中出来ない所を、むしろ痛みに集中させる事で精神を統一させた。 瞳を綴じて、研ぎ澄まされた激の精神が、爆の気配をキャッチした。 それに標準を合わせ、術を発動させる。 ひゅ、と眩暈に似た症状が過ぎると、爆の体はすぐそこ。どうやら、上手く行ったらしい。 「捕まえたぜこのヤロー!」 「わぁッッ!!?」 爆としてみれば、置いてけぼりにした激がいきなり現れた訳で、今度はさすがに驚いたらしい。 「何だ貴様は!化け物か!!」 「世の中にゃ瞬間移動の術があんの!!親子揃って化け物扱いすんな!!」 「黙れこのヒゲが!オレは急いでるんだ!邪魔をするな!!」 「だーかーら、代わりに採って来てやるっつってんだから、大人しくオメーは帰れ!むしろ帰って下さい!!」 真の仕打ちが怖いあまり、懇願にまで成り果てた激だった。 「嫌だ!オレが採ってこなきゃ………------ッ!」 言い争っていた爆の表情ががらりと変わり、視線も激にへではなく、何かを探すように周囲を見渡している。 何だ、と訊ねるまでも無く、ほぼ同時に激も気づいていた。股間の痛みが無ければ、もっと早くに気づいていたのだが。 (どうりで……そういう事) 異質な気配の正体を見極めた激は、今日、自分がわざわざマンドラゴラを採りに赴いた理由を頭に浮かべていた。 無かったのだ。単純に。隣の街の店にまで行っても、マンドラゴラが。 その理由も、至って単純だ。採りに行ってないのではなく、採りたくても採れないのだ。 -----”アレ”のせいで。 普通の視界で見て取れる程に近づいた、手に錆びた斧を持ち、大きな口の端からは涎を垂らす、半身牛の怪物。 ミノタウロス。 性格は極めて凶暴。好物は、人の肉…… クレタ島の元祖ミノタウロスは、腹を満たす為に男女各7人を要求した事もあった。 (こんなのが居たんじゃ……近寄れもしねーわな) ここまで近寄ったのでは、下手に動いたら、感づかれる。 しかし-----
何もしなくても、見つかるのは時間の問題だった----
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