「……と、言うわけでサクっとちょっと出かけてくるが、くれぐれも近辺には注意しろよ。特にそこにいるヒゲには十分な警戒が必要だ!」 「とっとと行けよ、オメーは」 激が自分に情報をくれるのは体よく厄介払いをしたいからだと、気づかない程真は愚鈍ではないのだ。 危うく抗争が勃発しそうになるのを、現郎が真を引きずって出かけた事で解決させた。 「天〜爆〜お土産買って来るからなぁ〜〜〜(ズルズルズル)」 「……………」 爆は、そんな父親の姿を見て強くなろう、と心に決めるのだった。
天は真剣に悩んでいた。とてもシリアスな表情で悩んでいた。 そんなに、天の眉間に皺を寄せるのはただ1つ……。そう、真が出掛けてしまい…… 今日の夕飯は何にしましょう、という事だ! そんな天を尻目に、爆はまた年齢指定を軽く超えている書物と格闘中だ。 と、そんな時。 ドンドンドン!!ドン!ドン!! 「爆ー!おーい、爆ー!!居るんでしょー!?居るったら居るんでしょ!?えぇいむしろ、居れ!!」 「ピンク!用件は的確に言え!!」 しかも玄関ではなく窓を叩いての事だ。まぁ、確かにそっちからの方が爆には近いが。 うんしょこらしょ、と爆は椅子を窓際へ持っていく。まだまだちみっこな爆君は、窓を開けるだけで一苦労だ。 「どうした」 ガラガラと窓を開け、積み重ねた木箱(名づけてピンクちゃん専用訪問用台)に乗ったピンクが居た。 「爆!大変なの!! 仔猫を拾ったの!でもって何だか弱っているの!!」 ただならぬピンクの様子を察して、天も窓から身を乗り出す。 確かにピンクの腕の中に仔猫が一匹、身じろぎもせずにただ蹲っていた。 「あらあら……本当ね」 天が手を翳しても、ピクリともしなかった。普通、野良猫は警戒心が強く、上から迫る手には敏感に反応するのだが。 「おばさん!おじさんは?」 医療・治療の魔道に詳しい真に、ピンクもまた病身だった時に度々世話になった。 「それが……出掛けてしまって、2,3日は帰らないの」 その返事を聞いて、ピンクの表情に陰りが出来る。 「え……そんな……」 「こりゃー!ピンク!!」 年老いた声ながら、迫力と力のある怒鳴り声だ。 「おばーちゃん!」 「元居た所に置いておいでと言ったのに、何をしとるか!」 「おばーちゃんの薄情者!!この猫死にそうなんだよ!?」 「……どーでもいいが貴様ら、人の家の窓で喧嘩をするな」 ギャースカギャースカと言い合う2人に、爆はおそらく届かないだろうとは思いつつも一応言ってみた。 「だからと言って、お前に何が出来るというんだい!?」 「出来るもん!世話して、面倒みて!!1人だってやれるもん!」 「よく言うよ、夜1人で眠れもしないくせに」 「だったら今日から1人で寝る!!」 やっぱり届かなかった。 「-----そうだわ!」 ピッカーン!と何かが閃いた天。祖母孫喧嘩をしていた2人も爆も、天へと視線を移した。 天は嬉々として提言する。 「シルバさんも、ピンクちゃんも、今日はウチで夕飯食べない?量が多い程いい味が出るものね」 目の前の喧騒なぞ物ともせず、極めてのほほんとした天に、誰も敵わなかった。
「ほらー、ご飯よー」 小皿に注いだミルクを、タオルに包んだ仔猫にそっと出す。が、鼻を近づけてひくひくさせるだけで、一向に口にしようとはしなかった。 「ピンク、いい加減テーブルにつきさない」 「むむぅ〜〜……」 ミルクを飲もうとしない仔猫は心配だが、ピンクもお腹がなりそうな程空腹だった。 自分が本調子ではないと十分な看護が出来ない、と判断したのかピンクはおとなしく食事につき、3回目のおかわりをしてシルバに頭をゴツンとやられた。 かてーないぼうりょく、と絶対意味を解って言ってないひらがな発音で呟き、ピンクはまた猫の元へ行く。ミルクは全く減ってなかった。 食べなきゃダメだよ、と頭を撫でる。その感触の心地よさ故か、仔猫の目は細まり、殆ど瞑ったようになった。 「名前付けようね。何しよーから」 ちっとも言う事をききやしないピンクに、シルバは溜息を隠せなかった。 その裏の哀しみに、爆はちゃんと気づいていた。
爆は良い子だ。誰が言うでもなく、夜は水分は取らずにトイレへ行き歯を磨いて、そして寝る。 が、今日は違う 早くに寝てしまったピンクの代わりに、仔猫の様子を見るのだ。 かなり弱っているようだが、真さえ帰ってくればちょちょいのちょいで元気になるに違いない。だからそれまで頑張るように、猫へ呼びかけるつもりだ。 徹夜も覚悟の爆は今までその準備をしていたのだ。まず、眠くならない為にハッカやミントの飴を用意した。後は退屈にならないように本を幾つか。 猫は今自分の部屋へ居る。ピンクも一緒だ。今日は泊まる事となったのだ。 部屋へ向かうと、天とシルバが居るらしく2人の声がする。 揃って何の用だろう、とそのまま入ろうとしたが。 「もって……明日、かねぇ。すまないねぇ、迷惑かけて」 もって、明日?それって……やっぱり…… こっそり少しだけドアを開き、中を窺う。やっぱり、猫の居る籠の前で2人はしゃがんでいた。 「かなり衰弱してるわ……ピンクちゃん、悲しむわね……」 あの、猫の事だ。そうに違いない。 もう、何時死んでもおかしくないらしい。その声は、そう語っていた。 こうしてはいらてない。 爆は急遽予定を変更した。 看病するだけでは手遅れだ。 自分が、治すのだ。
爆が向かった先は真の書斎だ。 入って目につくのは、ずらりと並んだ蔵書。普通の単行本サイズの物もあれば、爆の身長半分もある辞典や巻物なんかもある。 しかし、それらには用は無い。あるのは、地図だ。 真が言っていた。植物というのは、他の何物より土地の特徴を著しく吸収する。魔道的なものなら、マンドラゴラが最も顕著に現れるだろう。 そして、ピンクの体が弱かった幼年期、真はドラゴンの巣穴近くのマンドラゴラの煎じ薬を作っていた。 生き血を飲めば不老不死になるという言い伝えがあるように、ドラゴンは「強い生命力」や「自然摂理の支配」を象徴している。 そのまま体の一部を飲ますは治癒効果が強すぎて返ってピンクの身体を壊しかねない。だから、真はドラゴンが無意識に発する魔力を吸った大地のマンドラゴラを使用した。 結果、ピンクは爆と木登り競争が出来るようになった。 だから、あの仔猫もきっと治るはず。 マンドラゴラ採りには自分も協力した。 あの時の真の一挙一動を思い出すのに爆は精神力の全てを総動員させた。しらみ潰しに探すには、本が多すぎる。時間は早いに越した事は無い。 そうだ……あの時は、本棚じゃなくて、机の一番下の引き出しを開けたんだ。 早速開けてみると、其処にあったのは幾つ物ファイルだった。 更に記憶の再生を精巧にしていく。どれくらい引き出しを開けていたか……何色だったか、大きさは。 そうして。 「………あった!」 おそらくは、運も少しは手伝ったのだろう。 爆は、巣穴の位置が記してある地図を無事見つけた。
夜。日が沈んで5時間は経過している。 早くしないと。マンドラゴラを採るには夜明け前でなくてはならない。それで採ったとしても、ただの草だ。 森についた。 此処にしばらく入り、中を突き進むと崖に突き当たる。それに沿う感じで生えている物こそが、お目当てのブツだ。 昼とは異様な空気を纏った森に、恐怖を感じない訳ではない。それでも自分の心が進め!と叫ぶなら、爆はそれに従うのみだ。 森を走ると枯れ木や枯葉のせいで足を動かす度に、闇にけたたましい音を木霊する。 それにいちいち動じるものか、と胸でも張る感じで堂々と走る。 爆の記憶ではもうすぐ着く。 もうすぐ……! 走る速度も上がる。 と。 ガシ!! 「-------ッ!?」 何かに捕えられ、爆の足が、止まった。
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