仔兎のワルツ・番外編
  act:1




 あいつに抱くのは、”知り合いの子供”
 たった、それだけだったけど。



「真、あの本が見たい」
「んー?……あぁ、あれか」
 その本棚の3分の1もない背丈で爆は必死に目的の本を指差した。
「ちょっと爆が読むには難しくないか?」
「いいんだ。読みたいんだ」
 むむぅ、と剥れて主張する爆に、思わず口元を緩めながらもとりあえず本を渡してやった。理解出来る出来ないはともかくとして、興味を持つのはいい事だ。
 手渡した本は厚みも塗装も十分な物で、当然重量もある。爆は少しふらふらとしながらも、机の上へ無事乗せるのに成功した。
 よいしょ、と本を捲るのにも一生懸命な爆の姿は、本人は真剣なのだろうけど何ともほのぼのとした気分にさせてくれる。
 自営業で常に家族と一緒に居られて(最も仕出しの時は別だが)、愛する子供は自分の仕事に興味を持ってくれている。
 絵に描いたような幸せだ。出来うる限り、ずっと続いてもらいたい。
「こんちゃーッス!!」
 なんて思った端からそれをブルドーザーでぶっ壊す、ATM機器強盗のようなヤツがやって来た。
「出たなヒゲ……!!真昼間から!」
「ヒゲじゃなくてせめて本名の激で呼んでくれませんかね。しかも何気に妖怪あつかいしやがって。
 おーい、爆ぅ〜元気かうぶッ!?」
 小さな顔見知りに挨拶でもしようかとしてみたら、何か顔にぶち当たった。
「来るな寄るなさっさと帰れ!!!」
 いつもいつもいつも自分の事を「ちっこい」等とからかう激は、爆にとってあまり歓迎の出来る人物ではなかった。
「ほほー、やってくれるね、4分の1人前が」
 激はクッション(ぶつかった物の正体)をぽいっとソファに放った。
「こら爆!何をしている!!」
 警戒心をむき出しに、ガルルルと威嚇でもしそうな爆に対して真の叱責が飛ぶ。
 そうそう、粗相をしたら躾はその場できちんと。
「そんな柔らかい物を投げた所で大したダメージなんぞ望めないだろうが!
 今度からはこっちのいかにも重たそうで当たったら痛そうな、この文鎮にしなさい!」
「待たんかいオラこのデストロイヤー!」
 本当に当たったら洒落にならない文鎮を持ちながら、真剣にレクチャーする真に激が待ったをかけた。
「激、いま息子に変態撃退法を伝授しているんだ。少し黙っててくれ」
「俺も口挟みたくねーけど、自分に関わってくんなら話は別だ!」
「ほほぅ……自分が変態だとは認めているのか」
「ふ……俺も万物の霊長として紳士的に話し合いで解決した所だが……相手にもよるよな……」
 激はずぁっと間を取り、臨戦態勢を取った。真はそれに身構えた。
 じりじりと溜めに溜め、そして二人の技はぶつかり合------
 ゴスゲシ!!
「……ガキの目の前で殺し合いなんかおっ始めんなよ。情緒教育に悪ぃだろ」
「現郎!誰がガキだ!誰が!!」
 完璧に決まった蹴りで2人は見事に撃沈し、現郎の呟きに反応したのは爆だけだった。



「……で。貴様は一体何をしに来たんだ」
 冷やしたタオルを頬に押し付ける激に、氷嚢を後頭部に当てながら真が訊いた。
「て言うかさ。ここン家は客人に茶も出さねーのか。茶!」
「いや、出すさ。
 だから、貴様に茶を出さないのは偏に貴様を客人などとはこれぽっちもナノレベルで思ってない証明で」
「そんな丁寧な解説、いらねぇよ!!」
 現郎はそんな2人のやりとりが、爆の発展途上の自我に何らかの影響を与えないか、ちょっぴり心配だった。
「……まぁ、折角来たんだし、言ってやるけどよ……」
「何をぶつくさ言ってるんだ。さっさと言え。そして帰れ」
「……実は」
 激はまたしても戦闘態勢をとろうかと思ったが、堂々巡りになるのでやめた。また現郎に蹴られたら痛いし。
「この前の地震でとある教会の壁が崩れたんだけどな、そこに何知らざれる秘密の書庫があってって訳。
 んで、それがどーもヘルメス文書らしい、つー憶測が飛んでいるんですが。というのを伝えに来たの」
「……本当か!?」
 いかにも聞く気がなさそーな真がそれを聞いてグ、と身を乗り出した。
 ヘルメス文書というのは、知識こそ魔術の本質であるという教えを、ヘルメス学の創始者、ヘルメス・トリスメギスが残した蔵書だ。その数は2万〜4万にも及ぶとされているが、キリスト教の弾圧によって大部分が破棄されてしまい、現在に残るのはごくわずかだそうだ。
 ヘルメス学には魔術、錬金術、哲学、幾何学、医学、そして占星術等を含む。
 日々、治療・回復系統の魔道に勤しむ真にとっても、是非にでも手に入れたい代物だ。
「確かなのか!?それは!」
「だーかーら、憶測だっつんてんだろ。本当かどうかは実際に行って、見極めるしかねーな」
「よし、現郎。出発だ」
「あ?」
 勝手知ったる、と自分で紅茶を淹れていた現郎はいきなり振られた会話にすぐ反応出来ない。
「今から、か?」
「あぁ、そうだ。こういうのは早い方がいい。善は急げだ」
 言うが否や、現郎が行くとも行かないとも返事を返さぬ内に、天ー!ちょっと出かけるぞー!と妻を捜しに部屋を出た。
 現郎は仕方なさそうに淹れた茶を一口飲んだ。
 で、爆は、真に利益になりそうな情報を持ってきてくれて、本当はいいヤツなのかな、今度から来たらクッションとか投げるの止め様かな……とか思っていたが。
「爆」
 同じ視線にまでにしゃがみ込んだ現郎が言う。
「あいつは真がいかにも飛びつきそうな話を持ち込み、出かけるその間の平和を満喫しただけだ。
 間違っても恩なんか感じるんじゃねーぞ」
「………。解った」
 爆は文鎮のある場所を、しっかり記憶した。




 

ほ……本当はもうちょっと続く筈なんだけど、ね……眠くて!
あぁ、「保健室のおばさん」は面白いなぁ……(読んでんのかよ!)

どーでもいいけど、真と激。
仲、悪すぎ。