「うぅぅぅ……どうして夏に怪談をする風習があるんだ!!」 「涼を取るためだろう」
その日の午後9時。 炎はただいま、と帰宅した。 「炎?どうしたこんな早くに」 今日、炎は飲み会に参加となっていた。 激や現郎達が面子なので、強制参加である。 なので、日付が変る頃まで……は、いかなくとも、こんな宵の口に帰宅とは少しばかり不自然ではなかろうか。 炎はハンガーに上着をかけながら、 「いや、最近何かと物騒だろ?それなのに、爆一人で居させるは物騒じゃないか」 「……………」 怪しい…… 炎の様子を窺った爆は、この結論に至った。 だいたい炎は嘘を吐く時、何でもなさを装いすぎるのか、何か動作をしながら喋るのである。 爆だけが知る炎の癖だ。 爆はここ数日のあらゆる情報を脳裏に蘇らせた。 カタカタカタカタ、チキーン☆とコンピューターのように弾き出されたのは。 「……そう言えば、この前やった心霊特集の番組……」 ギク、と炎が強張る。 「……この辺の近くのトンネルが、幽霊が出るだのと怪奇スポットとして放送されてたらしいな」 ギクギクギクゥ!!と炎は更に強張る。 爆はその番組自体は見てはないが、クラスメイトが話題にしていたからおおまかな内容は把握出来ている。 で。 どうして、番組を見ていないかと言うと。 炎がその手のものにからっきしだよ3級品……だからである。 昔、戯れに真が怖い話をした夜に、「きっと爆が寝れないだろうから」とか言いながら一緒の寝床に潜り込んだが、怖くて寝れないのは他ならぬ炎の方であった。 「炎。 怖いから行きたくないのを、オレを言い訳に使ったな?」 「あー……いや、なんだ、その……」 炎は目を彷徨いさすだけ彷徨わせ、そして手をもじもじさせたいだけもじもじさせた後。 「……その通り、です」 と、認めた。 その姿は0点のテストが母親に見つかった子供のようだった。 「だってなぁ……素直に”怖いから行きたくない”なんて正直に言ったら、犯罪まがいの事してでも連れてくぞ、きっと……」 そうなった時を想定したのか、あわわわ、と炎が震えた。 「全く……そんな怖がりでどうするんだ。この先」 はー、と空気より重いため息をする爆。 「平気さ。爆がずっと側に居てくれるんだろう?」 「ぅ…………」 惜しげもなくそんな科白を吐く炎に、爆の方が赤くなった。 ソファに座った炎は、手招きをして爆を呼んだ。 そして隣に座った爆を膝に乗せる。 「……足、疲れるんじゃないのか?」 「いや、却ってリラックス出来る」 例えば泥のように疲れ果てても、誰かに酷い裏切りをされたとしても。 側に爆が居てくれるなら、ちゃんと明日も起きられる。 少し気になる事と言えば、果たして爆は、自分にとっての爆のように、側に居ることで癒されてくれるのだろうか、という所だが。 「別に、いくらでも出しに使ってくれても構わん……だが」 爆はぽふん、と胸に凭れる。 「ちゃんとオレには、本当の事を言えよ?」 「あぁ……解った」 珍しくあからさまな爆に、少し吃驚しながらも、炎はちゃっかり爆の肩を抱き、更に引寄せた。 すでに風呂に入ったらしい爆の、清潔な香りが鼻腔を擽る。 「ところで……炎」 と、爆が1オクターブ程音を落として囁く。 「……その話の幽霊って……」 「…………」 ……何だか……何処かで見たような場面…… 炎は冷たいゼリーを背中に押し込まれたような感覚に見舞われる。 爆がゆっくりと顔を上げる。 すると……
「こんな顔じゃなかったか………?」 爆の顔には、目も鼻も無くて…………
「炎。炎ってば、オイ」 「………………」 いくら揺さぶっても返って来るのは沈黙ばかり。 「……まさか気絶するとは……」 目を回してソファに沈んだ炎を見て、誰に言うでもなく呟く。 そんな爆には、勿論ちゃんと目も鼻もある。 何の事は無い。単にマスクを被って居ただけである。 炎が帰る少し前。 激から”炎が帰ったらちょっと怖がらせてやってねンv”とかいう内容のメールが入った。 つまり。 折角爆を使ってまで吐いた炎の嘘は、悲しいかな皆にバレバレだったのだ。 この時は何の事かは解らぬまま、けれど何時か使おうと思っていたマスクを用意するだけして待っていて。 で、メールの内容の真意に気づいた爆は、実行へと移したという訳だ。 時間も時間だし、このまま寝させてもいいか。 ソファで夜を明かす事になった炎の為、寝具を運ぶ。 頭の下に枕を入れ、シーツを上に掛ける。もう毛布は入らないだろう。返って汗をかいてしまうかもしれない。 戸締りの確認をして、爆もまた寝る体勢へと入った。 「……………」 少し考え……爆は自分の分の寝具もリビングへと運んだ。 幼い頃の事だ。 「うぅぅぅ……どうして夏に怪談をする風習があるんだ!!」 「涼を取るためだろう」 夜。一緒のベットの中で炎と爆は声を潜めて話をする。 夜分だから騒いではいけないというのもあるし、炎が怖がっているのがバレたら嫌だというのもあった。 けれど、この時もやっぱり炎が怖がりだというのは、真も天も知っている事だったのだが。 「どうして涼を取るためかというと、快適に過ごす為だろう!オレはちっとも快適じゃない!!」 子供みたいにムキになる炎だ。いや、この時分では子供なのだが。 「………炎、寝ないのか?」 「…………もう少ししたら、寝る」 とかいいながらかれこれ数十分。 幽霊が夢に出たらと思うと怖くて寝れない炎である。 爆はそんな炎を見て、ある事を思い出した。 ぴょん、とベットから出る。 「爆!?」 ちょっと側を離れただけで過敏な反応と取る炎はさておき。 爆はハンカチを持ってきて、拙い結び方で炎と自分の手首も結んだ。 「こうすると、意識が無くても一緒にいられると真が言っていた」 「へぇ……」 ちなみにこの方法は、心中する夫婦があの世に行っても一緒であれるようにと、川に飛び込む時にとった方法である。 ………幼い我が子に何を教えるのか、真。 ともあれ、これが効いたのか、爆も炎も、その夜はぐっすり眠れた。 そして今。 「……これでよし」 同じように、2人の手首はハンカチで繋がれて。
やっぱり爆も炎もぐっすり眠れたのだった。
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