草原を走る風を受け、なんとはなしにごろん、と爆は寝転がる。 立っている時、だいぶ膝に届くか否かまで伸びていた草は、寝転べば視界にまで入ってきた。 「………………」 変。 何か、変。 自然の景色しか見ないで、あえて頭を空っぽにしても。 それだけはどうにも拭えないでいた。
そんな爆に、同日同刻。 炎は性懲りも無く、またこの世界に降り立っていた。 しかも今回は、現郎に知らせないでお忍びでの訪問であった。 爆に会うなら、リスクは厭わない----- しかし、彼の場合、自分が何かする事で生じる被害が周りの者に下手したら世界規模で襲い掛かるから厄介だ。 今の所、それは狭い範囲で現郎に集中しているから、世の中は事なきを得ているが。 さて、爆は何処にいるのか…… まず、どの方向へ行こうか、見当をつけている炎に、何者かが声を掛けた。 「んお?どこの誰かと思ったら、炎じゃねーか」 「……激か」 いかにも通りすがりで見つけましたよ、といった風貌の、確かにそれは激であった。 「何で、お前が此処に?」 「いや、何でもへったくれも……此処はサーで、フンベツ山で、俺の家の通り道なんですケド」 「………………。 そうだったか」 なにせ現郎の目を盗んで飛んできたので、細かな座標を決めなかったのだ。 間抜けな質問をしてしまった……と、何か気まずい炎に、激は唐突な行動を取った。 「------すまん!」 「は?」 激がいきなり謝り出したので、炎様の目も点になる。 「オメーが言われたくねぇ内容だってのは解っちゃいたけど、俺も酒が入っていたし、人の口には戸は立てられねぇし!そういう事で、すまん!」 「い、いや、そういう事……って、何の事だ?」 「へ?」 今度は激の目が点になった。 「何の事だ、て……何?」 「心当たりがさっぱり無いんだが……」 「……そーなの?」 炎が嘘をついているのでは無い、と判断した激は、下げていた顔を上げた。 「なーんだ、てっきり雹がオメーにラブレター上げた話を爆にして、それが原因で一修羅場あったのかと思ったぜ☆」 てへ、と掌でぴしゃり、と額を叩く激。 「馬鹿なそんな事どぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええッッ!!?」 事の重大さをタイムラグを生じて理解した炎は、セリフの途中が絶叫に変った。 「ななななななな何故そんな事を言ったー!!!」 「いや〜だってこんな面白い話一人で抱え込むのは勿体ねぇし、お題の内容が”ラブレター”だし」 いらん事まで言ってくれた激だ。 「そそそそそそそそれで爆の反応は!?」 「だから、何か反応があったんで俺の所に来たんかなーって思ったんだけど……違うの?」 「……それじゃ、爆は、その場では無反応?」 「まぁ……その事について何も返さなかった、て点だと無反応、て事になるな」 「………何で……何も……?」 ぐるぐると混乱する頭で、炎は悪い方、悪い方へ想像が働いていく。 つまり、無反応→どーでもいい→別に好きじゃない→むしろ嫌い。ていう具合に。 「違うんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!爆!決して俺は……! はッ!そうだ、俺がそれ燃やした、って事もちゃんと伝えただろうな!?」 「うんにゃ、話的にそれを伝えないほうが盛り上がるかと思っぐぇぇぇぇぇぇぇ」 「修・羅・場・を・期・待・し・て・た・ん・だ・な・?」 爆に嫌われたかもしれない、という危惧で頭が一杯の炎様は、人を殺したら罪になるという事はすっかり忘却の彼方のようだ。首を絞められている激の顔色がいい感じに青い。 「……って、人なんか殺している場合じゃないんだ。爆は何処にいるんだ!!」 最優先事項を思い出した炎は、激の首から手を離す。その隙に、さ、っと間合いをとる激。抜かりは無い! 「オメー元この世界最強だったんだろ?気配探るとか出来ねーのかよ」 「あぁ、そうか」 言われて気づき、炎はそれだけに集中する為、目を閉じた。 (爆………爆は何処に……… ------居た!) 稀有な爆の気配は割かしすぐに見つかった。 それに向かい、炎はすぐさま瞬間移動した。
変だ。 何かが変だ。 しかし。 何が変なのか解らなくて、より一層変だと思う。 今は身を起こし、草原の大地へと腰を降ろしてる。 風が悪戯に髪をかき乱していったので、軽く手で直す。 と、その時。 「----爆!」 瞬間移動独特の空気の乱れが生じた。それで現れたのは、炎だった。 「……貴様、何で此処に……」 「そ、それは少し置いておいてだな。 爆。 ……激が、この前何か言ったみたいだが----」 「あぁ、雹がお前にラブレター出したとかどうとか」 「……そうだ。 それで……お前は、どう思った」 「どう、て……」 目を伏せて、爆は考える仕草を見せる。 その間、炎は気が気でなかった。まるで、裁判にでもかけられているみたいだ。 うーん、と首をかしげ、髪を触る。悩む時によく見せる癖だ。 何を悩むのか。 もしかして、俺を傷付けない言葉を捜しているとか……… また、段々と嫌なほうへ意識が向く炎様であった。 「……何か、変なんだ」 ぽつり、と爆はとりあえずそれだけ言った。 「変?」 「そうだ。 激からそれを聞いてから、何かし終わったり、寝る前とかに、ふとその事思い出すんだ。そう言えば、雹は炎にラブレターを出したんだったな、とか…… ……どうしてだろうな」 「……………」 爆は考える。 炎も考える。 これはもしや……ヤキモチの初期段階と見ていいのか? 「なぁ、爆、その”変”はどっちに対して抱いているんだ?」 「どっち?」 「だから、雹か俺にか。 もっと言えば、雹が他に誰かラブレター出した時、今みたいに変な気分になるか?」 「ならんな」 爆は即答した。 「だったら、俺が他にラブレター貰ったと聞いたら、どうだ?」 「炎に………?」 視線を彷徨わせ、頭上にクエスチョンマークを3つ程浮かべる爆。 肯定はしていない。 が、先程すぐさま否定したのを考えると…… ……これは、やはり。 ずーんと沈んでいた気持ちがぎゅーんと上昇する。天にも昇らんとは、まさに今の炎であった。 (-----そうか、そうだったんだ! 自覚してないだけで、爆は俺のこと……!) 「爆」 豚も煽てりゃなんとやら。 調子に乗った炎は、座っている爆に向き合い図々しく両肩に手を乗せた。 「その気持ち、教えてやろうか?」 「え、炎?」 爆としては、急に炎が調子に乗り出した理由が解らなくて、ちょっと引き気味であった。目が不自然なくらい輝いているのもおかしいし。 (不安がらなくてもいいぞ、爆。俺達は両想いなんだから!) 爆の戸惑いを非常に都合よく解釈した炎様である。 「いいか、爆、それは……」 「炎様、休憩は終わりです」 「そう、休憩は終わり………て、えぇ?」 無常な声と共に、自分の身体が宙に浮く……いや。誰かに首根っこを掴まれているのだ。 「現郎。貴様も来ていたのか」 「よー、爆」 軽く手をあげ、挨拶をする。 「現郎!何をする!離せ!命令だ!」 「命令するなら、主人としての勤めを果たしてください」 よーするに仕事しろ、である。 「つー訳で、慌しいけど、俺は炎様を連れて帰らなきゃなんねーから。 寄る事があったら激によろしく言っておいてくれや」 「ん。解った」 「こら現郎!俺を差し置いて爆と親しげに話すな! というか俺は爆に話さなきゃならない事があるんだー!」 「えぇ、執務が終わったら、いくらでも」 「それはいつなんだ!」 「炎様の頑張り次第ですね。まぁ、目を離した隙に逃亡するようでしたら、半年後も危ういでしょうが」 「冗談じゃ………!」 などと言い争いをしながら、2人は消えた。 「器用な奴らだ」 突然の訪問者達に、爆は少し苦笑した。 それから。 炎に言われた事を思い出してみる。 雹が他にラブレターを出したとしても、どうって事は無い。 が、炎が他に貰ったとなると…… この、”変”な感じが一層膨らんだようで。 (……という事は、原因は炎にあるのか……) それが解っただけでも、よしとするか。 今解らないのであれば、それは解ってよい時期ではないのだ、きっと。 (しかしそうなると、ちゃんと解るまで炎とは少し距離を置いた方がいいな) と、炎にとっては何とも無常な事を爆が思っている時、当の炎様は机の上に積み上げられた書類の山に、”絶望”の2文字を見出して突っ伏していた。 大丈夫。未来はきっと明るい。 ……筈である。
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