この空はとても広いね
太陽が真上にある季節、街と街を砂漠で繋ぐ、この国は少しばかりキツい。 用を早々に済まし、さっさと次の国へと渡ろうとしたが、何処をどう嗅ぎつけたのか、アリババに見つかってしまい、……その後は言わなくても解るだろう。 どうにかこうにか振り切れば、空は濃い群青。 瞬間移動で渡っても良かったが、それは余程の緊急時以外にはあまり使いたくない。 世界の全てを知りたい冒険家なのだから。 乗っているだけの自分は平気だが、実際に空を飛んでいるチッキーには仮眠でも取らせてやりたい。 注意深く下を見て、視覚より先に感じ取った緑の気配。 逸る気持ちを代弁するように、スピードを上げて下降する。 夜の風は火照った肌に心地よかった。
そのオアシスはやや小規模で、規模としては、やや大きめの公園くらいの範囲だろう。 しかし、水があり、緑があり、命が生まれる材料は全て揃っていた。 ついでだから、今日は此処で夜を明かそうか。 樹もしっかり生えている事だし、砂地のような急激な温度の差はないだろう。 やや強めに吹いてきた風を受け、その余韻で寝転がる。 水辺近くの草は、ひんやりとしていた。 心地よさに、目を瞑る。 「………気持ちいい」 「本当に、気持ち良さそうだな」 突然頭上から降ってきた声に、横になって直ぐだというのに、がばりと起き上がった。 其処に立っていたのは、案の定の人物。 「炎!」 「今日は変った所に居るな。 気配探るのに少し手間取ったぞ」 そうするのが当たり前、みたいに、炎は爆の横に座った。 それで変った空気の流れすら、なんだか爆は落ち着かない。 「……現郎はいいのか?」 「あぁ、ひと段落させてから来た」 そうか、と納得してから、思った。 「……て事は、まだ終わって無いのか?」 「休憩の許可は貰ってある」 いつぞや、いい所で強制送還されたのが堪えたのか、炎はなるべく現郎の許しを得て爆の元を訪れて居る。 ……あくまで、”なるべく”だが。 「だったら、オレの所になんかこないで、ちゃんと休息取った方がいんじゃないか? ………て、何を脱力している」 「………いや」 結構あからさまな態度も取っていたのに、まだ解ってくれないのか、と前途多難な炎様であった。 確かに。 人は、物を食べないと死んでしまう。 人は、ちゃんと眠らないと死んでしまう。 けど。 それ以上に。 「爆、”人はパンのみて生くるにあらず”って知っているか?」 「知っているが……それがどうかしたか?」 要するに、人は物や金以外のものも無くては生けれない、という事。 精神的なものも。例えば、そう。 愛、とか。 (……”解る”というより”気づく”だな、爆に必要なのは) 「えぇい1人で何を解った顔している!」 「いや、まあ、こちらの都合…… ……爆、何だか顔、赤くないか?」 そういう場面でもないのに、と(この時ばかりは)邪な気持ち抜きで爆の頬に触れた。 ピクリ、と反応したが、その手に感じた熱は、内側からではなく、表面だけのもの。 「日にでも焼けたか?」 「大した事じゃない」 「馬鹿。日焼けは焼けどなんだぞ? あぁ、頭も熱い」 ぽふ、と出会った当初より大分落ち着いた髪形になった頭に手を置く。 普通なら、”気安く触るな”とか言って、手を払う所だが、何故だか怒るかどうか、困った顔になっただけ。 「帽子とかは」 「無い、な」 なるべくなら荷物は必要最小限に抑えたい。故に”あったら便利”程度の物は欲しいと思いながらも、それが必要ない時期になってしまう事もしばしば。 「お前……頭は熱を持ったらいけないんだぞ?」 どうも身体の事は2の次になってしまう爆。 そういう所が、たとえこの先どんな強力な術や技を得たとしても、周りの加護欲をくすぐってしまうのだろう。 「これでも被ってろ」 と、炎は自分の被っていた帽子を頭に乗せる。 銀のアクセサリを施した、黒いテンガロンハット。 「余計な事はするな」 「だったら、させないでくれ」 余裕の切り返しに、ム、となる。 「それに、小さくなったと思っていた所だ」 ゴミになってしまうだけだから、お前にやった方が何倍もいい。 それは言い訳ではないだろう。被された時、自分に丁度良いサイズだったのだから。 でも。 「黒は……炎の方が似合う」 その名の如くの艶やかな赤い色には、漆黒がよく似合う。 そんな自分の心境を知っているのかいないのか、炎は黒系の服をよく着るのだ。 現れる度に、似合う、と思う。 (……別に、見惚れている訳じゃないからな) 今顔が熱いのは、思ってる事が原因だが、爆は日に焼けたせいにした。 ともかく、黒は爆にとって、炎の色なのだ。 「そうか?俺は爆に似合うと思うが?」 手に抱えられてしまった帽子を、もう一度被せる。 その時、ん?と何かに気づいたように、炎が顔を寄せる。 後ろの緑が見えなくなってもまだ止まらない。 「え、ん?」 何だか声が上擦ってしまった。 「爆、お前の目の中、星があるぞ」 「…………?」 「空の星が、映っている。 ……と言っても、お前には見えないけどな」 自分の眼を見るには、鏡を使うしかないのだが、そうすると目の中に映るのは鏡であり、星ではなくなる。 「お前の目は綺麗に黒いからな……星とかがよく映る。 宇宙を見てるみたいだ」 星が見たいんだったら、素直に上を見上げたらどうだ。 そんなセリフは、浮かびこそすれ、鼓動の強さに消えてしまう。 いい加減に離れろ。そんな事も言えない。 「…………」 炎の双眸は髪と反対の蒼色で。 その中の自分は夜だというのに、まるで夜明けに居るみたいだ。 「…………」 何か……炎が自分を見て、正確には瞳を覗き込んで。 瞬きが、出来ない。 技の体得の為、それで夜を徹した事もあったが……… これは……… 「…………………。 わッ!?」 急に炎が肩を持ち、自分の方へと倒れ込みさせる。 「な、に………ッ」 「いや、空は広いと思ってな」 広くて、とても広くて自分たちを遠く離れさせてしまうけど。 「なぁ、爆」
夜が明けたら炎は帰った。 いつもの事だが、次は何時会いに来るとは言わない。 少し先に陸地が見えた。次の国はもうすぐ。 「チッキー、もっと上に行ってくれないか」
この空はとても広いね
でも
”なぁ、爆”
”俺の見ている空も、お前の見ている空も” ”同じ空、なんだな”
広くて広くて遠ざけてしまうけど
繋いでいるのも、この空なんです
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