30.バイバイ





 それは少し昔の事。炎が国づくりを始めた頃だ。
 その日は(珍しく)大人しく執務をこなしていたのだが、ふいに炎が口を開く。
「そう言えば、姉上が爆をファスタに降ろしてからの事は、誰がしたんだ?」
「さぁ……」
 首を捻る現郎に、炎は薄情なヤツだな、と顔を顰める。
「申し訳ありません。その時、覚醒直後に早速暴走しようとした主を止めるのに必死でしたので」
「…………」
 覚醒直後に暴走しようとした主は、そのまま黙った。
「天姫様の事ですから、その辺もちゃんとなさったと思いますよ」
 でも、と炎は考える。
 天が爆を下ろした時は、自分が目覚めた時。つまり、天の封印が解かれた時だ。
 そんな不安定な時に、そう上手く行くだろうか?
 しかしそうでなければ、爆は存在していない事になる。
 とは言え、やはり姉だから成しえたのだろうか。
 今度ゆっくり会える時があるなら、その点の話を聞いてみようか、と思いながらも、その後の日々は合間を縫って現郎の目を盗んで爆に会いに行く日々の連発で、とても姉にゆっくり話を聞く所ではなかった。




 さて、思いがけず時間旅行をしてしまった炎だが。
 現在。
 寝ておられる。
 昨日睡眠時間が少なかったから、とは言え、大物と言おうか図太いと言おうか。
<炎……炎……>
 そんな時、自分を呼ぶ、まるでエコーの掛かったような不思議な声がしたのだが。
「…………」
 それにも気づかないくらい、熟睡しておられる。彼が現郎から何か学び取ったというのなら、やはりこれだろうか。
<炎!炎ったら!>
「………んー……」
<こら炎!起きなさい!>
「……爆ぅー……」
<炎ー!!>
 ドッ!
「おわぁっ!?」
 殴られたような衝撃を覚え、やっと炎は起きた。
<もう、何度も呼んでいるのに>
「あ、姉上?」
 天の声がし、辺りを見渡すが誰も居ない。
<全く驚いたわ。炎ったら、全然違う方向へ飛んじゃうんだから。思わずついてしまって、一緒になって時空を超えちゃうなんて>
 顔があったなら、天は溜息をついただろうか。
「姉上?見ていたんですか?」
<えぇ、毎回ね。テレポートの空間は、私の居る所に近いみたいだから……>
 精神世界、というやつだろうか。
<しょっちゅう爆の元へ飛んでいく貴方を見ましたよ。私はもう退いた者だし、現郎に任せたのだから黙っていているけど。貴方少し行き過ぎよ。慎みなさい>
「…………」
 思いがけず説教を食らってしまった炎である。
「あの、戻る方法は……」
<あぁ、そうだったわ>
 今まで溜めた分、延々続きそうな説教の隙を狙い、話題転換と本題に移る。
<実はね、貴方、もう帰ってるの>
「えぇぇぇええ!?」
 炎が仰天して声を裏返す。
「ど、どういう……!!
 ……あぁ、戻る時に、時間を少し戻して……」
 少し冷静になれば解る事だった。やはり少しまだ混乱しているのかもしれない。
<私の場合、本体は向うにあるから、辛うじてコンタクトが取れたの。で、『貴方』の言うには、その私の繋がりを道にして、雷のエネルギーを利用して大規模のテレポートを行ったと言うわ>
 雷か……タイムスリップには必ず雷のエネルギーが登場するんだよな。確かに自然界で一番強力といえばその通りなんだけど、何だか暗黙の了解みたいなものが……
<炎、訊いているの>
「はい」
 全然違う事を思ってました、とは口が裂けても言えない。
 ともあれ、自分はちゃんと帰れるようだ。めでたしめでたし。
<一つ忠告するけど……まだ貴方が帰れると決まった訳じゃないのよ>
「……はい?」
<未来は常に変動するものよ。此処で貴方が私の言う事を無視した事をすれば、当然に未来は変わるわ>
「そ、そうなったら、どういう事になるんですか!?」
<さぁ……それは私にも解らない。単純な平行世界になるのか、タイムパラドックスで世界が歪んで崩壊するのか……はっきりしているのは、貴方が帰れない、という事ね>
 炎は再び緊張してきた。頭の芯がぐわんぐわんする。
<くれぐれも滅ぼさないでね、炎。爆の住む世界なのよ>
「が、頑張ってみます……」
 炎はなんとかそう言った。




 天の指定した日時にはまだ間があったので、それまで待たないとならない。
 とは言え、下手な事は出来ない。天は言っていた。未来は変わるのだと。ここで自分か勝手な事をしたら、帰れた時、そこは自分の知っている世界ではないかもしれないのだ。
 例えば、爆が違う誰かと両想いになってたり。
 絶対余計な事はするものか。固く誓う炎である。
(あと10時間以上もあるのか……)
 寝ていて、うっかり寝過ごしても洒落にならないし。
 当ても無く、ただ空を見上げた。こんな風に時間を過ごすのなんて、初めてかもしれない。
 いつも何かに急き立てられるように、時間に押されて生きてきたから。時間を止めてでも。
(----ん?)
 何か、人の気配みたいな物を感じた。遠くの町からのものではない。
 しかも、接近しているような……
(何処だ?)
 獣ではない。周囲を見渡しても影も見えないし、物が揺れたりもしない。
 が、確実に気配は近寄っている。
(何処なんだ?)
 右でも無い。左でも無い----
 まさか。
(上か!?)
 しかし、その予想は当たっていた。
 見上げた先、小さな、とても小さな影が----落ちてきている。
「なん………ッ!」
 しかもそれは赤ん坊のようで。
 何故空から!と疑問を抱き、それ所ではないと瞬時テレポートし、空中で赤ん坊をキャッチする。
 ふぅ、と再び地上に降りて一息ついた時、ようやく自分の仕出かした事の重さに気づく。
 本来此処に居るべきでない筈の人物なのだ。こんなに積極的に手を出してしまって……何か影響は無いだろうか。
 やばい。どうしよう。と冷や汗を流す炎の腕の中、赤ん坊はすやすやと寝ている。
 落ちていた事を知っているのだろうか。そんな苦笑をしながら、布に包まれて眠る子を覗き込む。
 すると。
 何だか、もの凄い見覚えがあるような顔だった。
 誰だ。
 いや、すぐ解った。
「……爆?」
 それが正しいとでも言うように、目を開けた『爆』は炎に向かい手を伸ばし、ふゃ、と顔を崩して笑った。



<To be continued>





過去大捏造。