熟睡





 眠るお姫様を起こすのには、王子様がキスをするのが効果的なのは、小さい頃の絵本が教えてくれた。
 けれど、王子様が寝ている時にはどうすれば良いのだろう。
 妥当に考えれば、お姫様がキスをすると起きるのかもしれないが、自分はお姫様で有り得ないし。
 昏々と眠る炎を前に、爆は少し困ってしまった。
 趣味が同じの映画を見に行こう、と約束したのは一ヶ月前。
 けれど、炎の仕事が忙しくなったのは二週間前だった。
 爆が知る以上に、炎は慌しく焦っていただろう。
 その映画は製作が発表された時から楽しみにしていて、何より二人とも好きな作品だったから。
 ”子供”と”大人”という肩書きは、炎と爆にとって大きな隔たりだった。
 そのせいで上手く想いが伝えられなかった事もあったし、一緒に居れない時もあった。
 趣味に関しては、あまりに共通するものが少ない。
 お互い、その話になると、そうなのか、と相槌を返すしかないのだ。
 でも今日の映画は違って、あの演出がいい、あの役者はどうだろう、ストーリーは原作に忠実なのだろうか、等と実のある会話が出来たから。
 最も、いつもの会話が味気ない、なんて事も勿論ないのだが。
 だから、余計に炎は今日を勝ち取る為に必死だった。
 爆もそれは解っている。
 自分もまた、今日の為にここ二週間は寂しい思いを我慢してたのだから。
 けど。
 昨夜、ようやく仕事が片付いて、日付に変ってから家に帰って、着替えないでそのまま寝てしまった炎を前に、爆は起こすべきか迷ってしまった。
 今までの経緯では、ここは起こすのが筋なのだろうが。
 何時、自分の横に潜り込んだのかが解らないのだから、きっと自分が熟睡している時だろう。
 そして今、自分が起きた時に炎が熟睡している。
 シャワーを浴びて力尽きてしまったらしい炎は、半裸だ。風邪を引く季節でなかったのが幸いだ。
 熟睡し切っている炎を見て、爆はどうしようか、と何度も思った。
 ……要するに、何もしていないのだ。
 だって、こんなに気持ち良さそうに寝ているのに。
 こんな気持ち良さそうな寝顔、見る事が出来るのに。
 そっと梳いてみた髪は、無茶なスケジュールをこなした割にはしなやかな手触りだ。
 もっと触れてみたくて、幼い頃炎が自分にしたみたく、頭をいい子いい子するように撫でてみた。
 例え深く眠ってても、その感触が心地よいのか、顔が緩む。
 なんだかいつもと立場が逆転して、爆は気分が良かった。
 と、炎の睫が震え、蒼色の双眸が薄っすらと現れた。
 一時的な意識の浮上だ。覚醒にはならない。
「炎、寝るか?」
 問いかければ小さい子供の仕草のように、こっくり頷く。
 それにそうか、と返して、寝るようにまた頭を撫でた。
 すると、その手を炎が引っ張る。
「っわ!」
 寝惚けていても、炎である。
 爆を自分の胸に抱き込むのに、そう苦労はしない。
 より近くになった愛しい存在に、幸せそうな表情を見せ、夢も見ない眠りの淵へ炎は再び落ちた。
 ぬいぐるみを抱いて寝る子供と一緒だ。これは。
 緋色の髪と漆黒の髪が、爆の視界で綺麗に混ざる。

 マーブルに似た色のコントラストを、炎が起きるまでずっと眺めてた。


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「しまったぁぁぁあああ!寝過ごした!!」
 などと炎は言うが、寝過ごしたなんてレベルでは決して無い。
 もはや時間は、外で遊んだ子供がおやつを強請る時間である。
「すまん爆!本当にすまん!!」
 炎は寝坊した事にひたすら平謝りした。
 ちなみに、上半身裸なのはまだ気づいてはいない。
 ……気づいた時が見物だ。
「いいじゃないか。映画は明日でも明後日でもやってるし」
 でも炎の寝顔は今日じゃないと見れなかっただろ?
 と、本音は自分の中でだけ。






そして気づいた時。
「……は!!!何で俺は裸なんだ!?そういえば、どうして爆の横に寝ていたんだ------!!!!」
「………覚えていないのか?」
「ま、まさか、お前に何かしたのか!?」
「……さぁ、な」
「爆----------!!!!」
遊んでみる爆君でしたv