寝室から廊下。そしてリビングへのドアを開けば。 一面の薔薇。
「う……わ、あ」 堪らず、爆から感嘆の声が出る。 家にある花瓶という花瓶にてんこ盛りに活けられた薔薇は、テーブルの半分をすっかり覆い隠す程もあった。 「どうしたんだ、炎。これは」 ちょっと小走りに近寄ってみれば、薔薇に隠れて見えなかった炎は、憮然とした表情をしていた。 「……さっき宅配便で送られて来た。”あの”4人から連名でな」 「……ふぅん」 と、なるべく爆は素っ気無く答えた。 宅配便が来ただなんて、全く知らなくて。 そんなに昏睡していたんだろうか、と引き出された昨夜の事で頭が一杯になった。 それでもどうにかこうにか、記憶の引き出しに突っ込んで、顔の温度も戻して炎に向き直る。 「良かったな。誕生日祝って貰えて」 が、炎の顔はまだ渋いままで。 「いや……それもあるだろうが、それだけじゃないだろう……」 薔薇の山から少し距離を置いて立っている炎を見て、爆は思い出した。 (そう言えば、炎は香りがきついものは苦手だったな……) あの、ツンと鼻の奥を刺すような感触が嫌なのだという。だから、山葵もあまり好きじゃない。 それが例の面子に知れて、「お坊っちゃんは刺激に弱いね」などとからかわれた事があったのを覚えている。 何故なら、その日「クッソー、あいつらめ!」とか怒っている炎にずっと抱き締められっぱなしだったからだ。どうも爆に荒れた精神のヒーリング効果を求めたらしい。 その時の事を思い出して、また爆の顔が赤くなる。 炎を好きになってから思った事だが、どうも自分は”面食い”の傾向にあるらしい。 決して、炎の顔だけが目当てで好きになった訳ではないのだが、炎の顔が好きなのも確かだ。 その顔が、至近距離にあるのだ。いいか悪いかはさて置いて、落ち着かない事この上ない。 離せといってもあともう少し、と離してくれないし、いい加減にしろと言ってみれば、思いっきり傷ついた顔をする。はっきり言って性質が悪い。 その日で、人生でカウントする鼓動数を全部使いきってしまったらどうしよう、なんて馬鹿な杞憂に捉えられたりしたものだ。 「爆?」 「っわ!」 ひょい、と件の顔に覗かれ、爆の心臓が撥ねる。 「な、何だ急に!」 「いや、さっきから黙り込んだり俯いたりで…… やっぱり調子悪いか?昨晩無理をさせ、」 「な、な、な、な、何でもない!全然フツーだ!ほら!」 無意味に手をばたばたと上下させ、平気さをアピールしてみる。 それを見た炎の口角が、に、と吊り上がる。 「そうか。なら、まだ大丈夫だな?」 「へ?………って!!?」 膝裏に手を掛けられ、いとも簡単に横抱きにされてしまった爆。 炎は、爆が来た道順を逆に戻る。 つまり。 「あ、え、えっと、炎!!?」 「全然普通なんだろう?」 ぽふ、とさっきまで寝ていたベットの感触。 ……此処まできて、「何するの?」と訊ける程、爆は愚鈍ではなかった。 「ちょ、ちょっと待てストップ!! 今日は昼から出掛けるんだろう!?だから、昨日の夜……!」 「気が変った。 お前が側にいれば、それだけでいい」 あっさりと吐き出されたセリフに、爆が絶句する。 その間に事は進み、爆の意思ではどうにも出来ない所にまでなってしまって。 さらり、と肌を滑る炎の髪から、リビングにある同じ色の花の香りが漂った。
同日、某所。 とあるイタリア料理店にて、”例の4人”こと、雹、現郎、激、チャラはテーブルを囲い、大皿に乗ったパスタやらサラダやらを小分けに自分の皿へと持っていった。 「……そういえばさ」 雹がふいに口を開く。 「薔薇の香りって強力でしょ。で、慣れてない人は嗅いでると酒に酔ったのと似た感覚になるんだってさ」 僕は全然平気だけどね、と付け加える。 「へぇー」 激が何かボタンを押すような仕草をする。 しばらく、カチャカチャという音だけして。 「……何日、爆くんから”禁止令”が出るでしょうね」 ぽつり、と言ったチャラは、現郎からタバスコを受け取る。 また、カチャカチャという音。 そして。 「……3日!」 「僕、一週間」 「……あー……5日くらいか?」 「うーん、僕は案外早いような気がしますけどね?」 ”悪戯は人生のスパイスだ” なんて言葉を素で行く4人だった。
<オマケ> 後日。 「……信じられん!貴様と言うヤツは!」 「すまん、本当にすまん。自分でもどうしてあんな事……」 「言い訳なんか聞きたくない!!まだ、腰とかがおか、おかしい、んだから、な………(顔真っ赤)」 「………………」 「(ジロッ!)炎!今”可愛いな”とか何とか思っただろう!」 「(ギク!)い、いやそんな事は無いぞ?」 「ギク、っとしたな今!!全く反省してないな!?もう向こう一ヶ月禁止!!」 「えぇぇぇッ!?(顔に青い縦線)ば、爆、それはあまりにも……!」 「もう、……もうそれくらい、充分しただろうが--------!!!」 と、叫んでシーツに包まってしまった爆は、梃子でも動きそうになさそうだった。 (……全部、全っっっ部、アイツらのせいだ………!) あながち、八つ当たりとは言い切れない炎の呟きだった。
「所で、どうやってそれ確かめればいいんだよ」 「馬鹿だな。炎の顔見れば一発じゃない」 「納得」
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