誰の目に見ても、爆は酔っていた。
自分もアルコールに興味を示し始めたのは、爆と同じくらいだったか。 自分の時は回りに悪乗りする大人が、真を始め居たものだから、いとも容易くそれは口に入ったのだが。 そしてその後の自分の経験から、爆には絶ッッッ対飲ませない!と誓ったのに。 何だかんだで酒は大人の物だ。子供が口にする代物ではない。 そんな炎も、歳を重ね、なんとか大人と呼べるようになり再び酒に手を付け始めた。 前に飲んだ時は動悸が早くなったり体が熱くなったり、なにより舌が痺れて使い物にならなくなるんじゃ、なんて思った物だが。 ふいに時々思い出したように飲む。炎はどちらかと言えば、味を楽しむ方だ。 飲むのは爆の寝た後の深夜で。 別に意図してやったのではないけど、なんだか自分が酒を飲んでいる所を見られるのが無性に恥ずかしかったのだ。多分、幼い頃の醜態が原因だろう。 そして、無意識の防護だったのだ。 自分が飲みたい、と言ったのも、そもそも真達が飲んでいたのを目の当たりにしたからだ。 しかし、上記したように、炎は爆に隠れて飲んでいた訳ではない(今となると、隠れていれば良かったと思うが)。だから、爆がその場面に遭遇しても、何ら不思議ではなかった。 そして、当然の流れて、飲ませてくれ、とせがまれた。 滅多に我が儘を言わない爆にせがまれ、一瞬従いそうになってしまったが、其処はけじめというヤツだ。 大人になってからな、と呪文のように繰り返し、今までをやり過ごしていた。 が。 目の前。爆は酔って寝ている。 何でこんな事になったんだが。 爆が留守中に手を付けるといけないから、と炎は隠し場所にベットの下、タンスの奥なんて陳腐な手を取らずにそれはもう趣向を凝らしたものだ。 だと言うのに、炎の頭脳は爆の執念の前にあっさり負けてしまった。 はぁー、とため息一つ。 寝てしまっていては仕方が無い。 説教なんかは起きた時に繰越で、ベットに運ぼう。 ずるり、と座椅子から崩れるような姿勢では、体が変な風に凝ってしまう。 (それにしても、何で酒なんか飲みたがったんだろうな) 横抱きにして寝室に向かう途中、炎は思う。 昔は自分も同じ真似としたというのに、その動機が思い出せない。 これが大人になるという事なんだろうか、とふと感じた。
そ、とベットに降ろした。最も、相手は酔って熟睡しているのだろうから、ちょっとやそっとじゃ起きないのだろうけど。 寝心地のいいベットに、爆の顔が寝たままで綻ぶ。 人の気もしらないで、と炎は苦笑し、頬を軽く突付いてみる。 と、爆の睫がふるりと震えた。 それからゆっくりと、爆の双眸が現れる。酔いの為か、心なし潤んでいるような気がした。 「炎………」 少し、舌ったらずだ。 炎を視界に入れると、爆はにやーと笑った。 真が何か企むと、こういう笑みを作る。 つくづく似た親子だ。 「飲んでやったぞ、ザマーミロ」 くすくすくす、と小さく笑みを零す爆は、まだアルコールが抜けていない。 「こら。どうしていけないと言ったのに、飲んだ?」 酔った相手に言っても、とは思ったのだが、なんとなく訊く。 返ったのは思いもがけない言葉。 「炎が、飲んでいたから」 「…………」 「炎が飲んでいたから、オレも飲んでみたい、て思ったのに、ダメだと言うし。 ずるいじゃないか。炎はオレの事、何でも知ってるくせに、炎は自分の事、隠そうとする」 隠そうとしたつもりは無いんだけどな、と炎は思った。 「でも、今日、飲んでやったぞ」 愉快で嬉しくて堪らない、と言った風に爆はころころと笑う。 この笑い方は、姉上ゆずりだな。目にかかる前髪を払い、そうすればますます笑う爆。 「それにしても、あれ、苦くて不味いな。よく飲めるな。何で飲むんだ、あんなの」 ふー、と笑い終わった後。 「変なの」 それだけ言って、再び眠った。
炎は、あぁ、と思い出した。 爆が生まれるまで、子供は本当に自分1人で、周りは全員大人で。 少しでも知りたくて、近づきたくて、飲みたかった大人の証のアルコール。結果は大失敗だったが。 ほんのり熱を含んだ身体に、炎の体温が心地よいのか、近寄せた手に擦り寄る爆。 「俺を変なヤツだ、と言うなら、お前は馬鹿なヤツだよ、爆」 本当に、馬鹿な真似をしたものだ。 自分を解りたい、なんて、とても無意味な事。 だって、自分はとっくに爆の物なのに。
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