爆が3つになったとある日、天の友人から仔猫を一匹預かった。旅行に行くとの事だ。
生まれて3ヶ月のその仔猫は、大人の両手で持ち上げてしまえる程しかない。茶色というより赤毛のネコでふさふさした毛皮。目はブルーグレー。しかし、仔猫は生まれた時は皆この色をしているのだそうだ。
今まで自分の世界で、自分が一番小さかった爆は、そのとても小さな生き物にとても興味深々で。
それが面白くないのが、当然みたいに約1名。
「爆、お昼寝しよう」
「ネコも一緒でいいか?」
「爆、おやつ食べよう」
「ネコと一緒に食べる」
「爆、もう寝る時間だよ」
「まだネコが動きたがってるから、いい」
「姉上……どうしてネコなんて引き取ってきたんですか!」
年の離れた幼い弟は、珍しく怒りを露に抗議する。
「まぁ、炎はネコが嫌い?」
「今は嫌いです」
はっきりとそう言う炎に、あら、と暢気に驚く天。
「……最近の爆は、ネコばっかり気に掛けて……」
自分にちっとも構ってくれやしない、と拗ねている。普通、年少者が年長者に対してそう思うんじゃないかな、と思うのだが。
「それに、俺からはいつも手から逃げてばっかりだったのに、ネコには自分から抱きつくんだ」
炎が蒸し返しているのは、爆が赤ん坊から少し抜け出した頃の事で、爆は眼に入る物へ、興味が向くままそれに突進して行っていた。爆、そっち行っちゃだめだ!と叫ぶ炎の声がよくしていた。
天はそんな炎の頭を優しく撫でる。
「爆は、皆に護られてばっかりでしょう?だから、護る事の出来る相手が出来て、少し嬉しいのね」
「俺だって爆に護られたいよ」
むす、としていて今までの姿勢は変えない。爆も少し頑固な所があって、炎にも見られるという事はあれは自分の遺伝だろうか、と天は思う。
「まぁ、明日が返す日だから、それまで我慢。ね?」
「……………」
「あんまり我侭言うと、爆に嫌われちゃうわよ」
「う………」
その一言は訊いたのか、呻いて黙る。
そして、とぼとぼと歩いて行った。その背中に背負う物は、紛れもなく哀愁というヤツだろう。
まだ10歳なのに、そんなものを背負うなんて。弟の行く末が少し不安な天だった。
そんな訳で、炎の小さく憎い天敵は、よりによって爆の胸に頭を乗っけるように寝ている。当然、爆も寝ている。
一緒に仲良くお昼寝である。
小さい子どもと、仔猫の可愛い2ショットで、なんとも心が和むが、炎にとっては嫉妬しか沸かない。
(……俺の方が、何倍も爆に色々してやれるのに)
寂しい、って言えない爆の心境を察して、ずっと一緒に居てやる事とか、絵本読んでやるとか。最近では姉やら側近に料理を習って簡単なおやつくらいは出来るようになった。
生まれてからずっと。大事に大事にしてきたのに。
(何で後から来たお前が、そんないい目を見てるんだ!?)
炎の不穏なオーラに気づかないのか、すやすやと眠る1人と1匹。
「…………」
心の中で愚痴を言っても仕方ない。
炎は実行に移した。
つまり、仔猫を爆から引き離すのである。
やはり小さいものを動かす方が簡単だから、仔猫をそうっと持って移動させようと。
したのだが。
「なっ………!」
無意識なのかどうなのか、爆の服に爪が引っかかり、離れたくないというのをアピールしているみたいだ。
「このやろ……!」
ムカ、と来た炎は、爪を離す事だけに頭が集中して、力加減が疎かになった。
つまり、爆と仔猫が起きてしまった。
「………?えん?
っあー!何やっているんだ!?」
「爆!これはだな……!」
しかも上手い具合に仔猫が暴れる。
「寝ている時は起こしちゃだめだって、かあさんも言っただろう!」
そう言って、ネコを取り返す。相変わらずにゃーにゃー言ってるが、爆の腕の中だと暴れない……所か、そこが安住の地みたいに擦り寄っている。
「目が覚めてしまったな。日向ぼっこ行くか?」
そう問いかけると、賛成するように、ネコが鳴く。
「あ、爆、だったら俺も……」
「炎はだめだ」
「……………」
とてててて、と歩き去る爆。
炎は、室内に悲しい木枯らしを吹かせていた。
今日は我が人生最悪の日である。と、生まれてまだ10年しか経ってないのに、そんな面持ちで炎は渡り歩く。
流離いうろつく、というのが正しいのだが。
真の部屋から、爆の声がした。反射的に会話を窺う。
「爆は、ネコの面倒をよくみたなぁ」
真が嬉しそうに言う。わが子の成長が嬉しいんだろう。きっと、頭を撫でているに違いない。膝に抱いてるかも。
「そんなに好きなら、飼おうか?天も賛成してくれるに違いないさ」
げ、と炎の顔が引き攣った。あと1日だから、とまだ我慢出来るのに、ここで飼うとなったらたまったものではない。
真、なんて事をー!と義兄を非難する炎。
「うーん……でも、こいつじゃないと、嫌だな」
今度は爆の声がした。
「このネコがいいのか?」
「だって、毛がふさふさしてて、赤くて、眼が青くて」
「炎みたいだから」
「…………」
ドアの外で固まってる人が居るとは思いもしない2人は(いや、真は気づいているかもしれない)、普通に会話を続ける。
「そうか。だから、そいつがそんなに好きなのか」
「うん。
母さんから訊いたんだけど、ネコは3ヶ月で目の色が決まるんだそうだ。
どうせなら、もっと青くなるといいな。そうしたら、もっとお揃いだ」
「…………」
それだけ聞き終えて、炎はその場から離れた。
その足取りは、引きずってそうだったついさっきまでとは全く違い、むしろ地に足が着いていないかのようだった。
爆が風呂に入っている時は、さすがにネコも置き去りである。
そんな訳で炎とネコがその部屋に居る。
「…………」
毛がふさふさしてて、赤くて、眼が青くて。
でも、共通点はそれだけじゃない。
「な、お前」
オモチャで1人(1匹?)遊びをしているネコに言う。
「さては、爆の事好きだろう?」
するとネコは動きを止めて、勿論、と言うように一声鳴いた。
こいつがすでに誰かに飼われてて、本当によかったと思う炎だった。
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