ガマン




 季節の変わり目は、気温の寒暖の差が激しい。
 それで困るのは、規則正しい生活をしている人だ。
 しかもここ最近は、真夏日のような暑さになったり、かと思えば秋を彷彿させる風が吹いたりとして。
 爆は、体調を崩し、軽い熱を出してしまった。
 病気で無いのがせめてもの救いだろう。
 が、本人としてはいずれにせよ寝ていなければならず、退屈な事この上ない。
 外に出るのは持っての他だとしても、せめて読書をするくらいなら許して欲しいのに、”頭を使うからダメだ”と、炎に固く禁止されてしまった。
 爆は本棚をちらりと見やった。
 最初こそ、頭がぼうっとして熱が出ているという自覚症状もあったが、今はほぼ回復している事だし。
 何より、炎は夕飯の買出しへ行ってる。
 少しくらいなら、構わないだろう。
 ベットから降りて本棚の前へ立ち、読むべき本を物色する。
 あれにしようか、これにしようかと迷っていると……
「………こらー。爆ー」
「ッッ!?」
 声は後ろからした。
 薄く開いた扉の向こうで、炎がこっちを見ている。
「……炎!?いつ帰ってきたんだ!?」
「ついさっきだ。
 言った筈だな?今日は本は読むな、と」
 寝ているだろう爆を気遣い、炎はとても静かに帰宅したのであった。
 ぎぃ、と扉を大きく開け、炎が入る。
「さて。
 言う事を聞かないヤツは、どうしようか?」
 意地の悪い笑みを浮かべ、炎が一歩一歩近づく。
「いや、だって……そんなに用心する程のものでも………ッ?」
 ふいに爆は炎に腕を引かれ、広い胸にすっぽりと納まってしまった。次いで、爆の存在を確かめるように、炎にぎゅう、と強く抱き締められた。
 一体何の為の行動なのかと問う前に、そのまま抱き上げられ、爆はベットに強制送還された。
 文句の一つでも言おうとして、極間近になった炎の顔に黙る。
 こつん、と額同士がぶつかる。
「……熱は下がったみたいだな。それでも今日一日は大人しくしてろ。
 まだ熱が出たら、お前も嫌だろう」
「……ぅ〜」
 爆は小さく唸った。宣告された今日の自分の立場もあるが、先ほどの熱の計り方についても、だ。
 小さな子供の頃は確かに自分もしたが、今となっては。
 顔が近づくと、どうもキスされるのでは、と身構えてしまう。
(………って、それじゃあまるで炎にキスされたいみたいじゃないか!!
 そ、そんな事はないぞそんな事は!!!)
「? 爆?顔が赤いが、まさか熱………」
「違う違う違う違ぁぁぁぁうう!!!」
 ぶんぶんと否定したのは、熱の事か、自分が考えていた事か。
 ぐるぐると回りだした頭を、炎が優しく撫でる。
「苺のシャーベットを買って来たから。デザートに食べよう。
 ……そうだ。退屈なら、音楽を聴いたらどうだ?」
 何より、質の良い音楽は心も身体もリラックスさせる。今の爆にはぴったりだろう。
「音楽か……」
 音を鑑賞するのは嫌いじゃない。むしろ、好きな方だ。
「何がいい。俺の持っているものでもいいぞ」
「……………」
 爆は少し沈黙し、やがて、とても小さな声で言った。
「……炎の、歌がいい。小さい頃、よく歌ってもらった……」
 多忙な両親に代わって、炎がずっと、夢に入る直前まで居てくれた。炎もまだ子供で、誰かに甘えたい年頃だろうに、それでも自分を見ていてくれた。
 昼間、思いっきり遊んだ時には、それの興奮状態がまだ抜けず、眠れないというと必ず子守唄と呼べる歌を歌ってくれたのだった。
「俺の?」
「………ダメなら別に構わん……」
 もごもごと布団に潜りながら言う。
 この季節に、そんなに被っては暑いだろうと、炎は苦笑しながら布団を肩まで下げた。
 現れた爆の顔が、少し怒っているのは照れを隠している証拠だろう。
「勿論、いいとも。
 さぁ、何を歌いましょうか?」
 さながら宮廷音楽家のように、炎は悪戯に畏まって言った。
 それに爆も笑みを浮かべる。
「”星に願いを”がいいな」
「畏まりました」
 スツールをベットの側に引寄せ、それに座り、柔らかで包むよな旋律が炎から産まれる。
 この歌は、木で出来た人形、ピノキオが”人間になりたい”と祈った時の歌だ。
 自分は、早く大人になりたい。
 それで、炎と並んで立てたらいいと、夢現に揺れながら、そんな事を歌に祈った。



(……寝た、か)
 3回ほど歌を繰り返して、そっと爆を見る。
 軽く瞑った瞳の寝顔は安らかで、次に目覚めたら完全に体調は戻っているだろう。
 それに炎は胸を撫で下ろす。
 正直、爆が熱があると訴えた時、気が気でなかった。
 浅い寝息をする爆を見ては、このまま目覚めなかったらどうしよう、と馬鹿な心配をしたり。
 そのせいで、必要以上に過保護になってしまった。
 目の前の、この存在が愛しい。
 最初は家族愛と同じと思っていたが、自分の姉に対するものとは明らかに違った。
 姉が結婚する時は、自分も喜んでそれを迎えたが……相手が爆だったのなら、とてもそんな事は出来ない。それどころか、攫ってしまうに違いない。
 爆が欲しい。
 爆にも、自分の事を愛してほしい。
 だが……
(爆の中じゃ、俺はまだ子守唄を歌ってくれるお兄さん、なんだよな)
 それはそれでおいしい立場だが。
 それでも爆も、自分の視線の意味に気づいているのはいないのか、時折自分を見る目が泳いでいる時がある。
 果たして、これがどう成長してくれるのかは、まだ誰も知らない。
(暫くはお兄さんで我慢するか……)
 先ほど危うくしかけたキスを、羽より軽く爆の額に降らした。




”Anything your heart desires
Will come to you”

 全ての夢は、諦めなければ必ず叶う






どっちかというと、炎様にはカラオケボックスでポップ歌ってもらうよりも、
礼拝堂か何かで聖歌を歌ってもらいたいですねゴスペル!!
洋楽とか、すごい綺麗な発音しれくれそうです!(願望)
爆も聖歌とか歌って欲しいなぁ……いや、神様に祈るような柄じゃないですけどね(笑)

我慢つー事で、炎様に我慢してもらいました。
……何処まで続くかね、その我慢(ニヤリ)。