炎はどんなヤツだと訊かれたら。
爆は、間髪置かずにずるいヤツ、と答える。
物理の担当教員は、他の教員に比べ、バレンタインに貰うチョコの数が多い。
それは単に好意としてと、他にもテストの点数では賄えない内申の点稼ぎ、という打算も加わるからだ。
しかし、炎はそんな物理教師の中でも抜きん出て、下手すれば他の者の2倍はあるのではなかろうか。
炎の机の横にある紙袋の数と、その中の量を見て、爆はしばし、考え込む。
まぁ、自分の計画上、これは損にはならない事なのだが。
このたくさんのチョコを、数年前までは炎に貰い、喜んで食べていたのだ。
その頃と今を比べ、爆は苦笑を浮かべる。どちらが良かったのか、なんて結論はきっと出ない。
そっと紙袋の中を伺うと、煌びやかなラッピングの小箱の山。シンプルなものも同じくらいある。
確かに点数目当てのものもあるだろうが、そうでないものもあるだろう。すぐ眼に入るもので、明らかに気合を入れた手作りのものもあるのだから。
ひょっとしたら、この中にすでに炎の将来の相手が居るんだろうか、と思ってしまい、鉛でも入ったみたいに胃が沈む。
その時、少しでも上手に笑顔が浮かべれたら、いいけど。
いつかはまだ解らない、けれど確実に来るだろう未来。
色んな物を、今は閉じ込め、爆は小箱を取り出した。
その日から、一ヵ月後。
「ほら、爆」
と、炎から渡されたものは、手作りのクッキー。昨夜、何か物音が聴こえるような気がしてたのは、もしかしてこれが原因か?
「何で……クッキーなんだ?」
「好きだろう?クッキー」
「いや、だからな。どうして、俺に物をくれるんだ、と訊いているんだ」
どうも意思の疎通が出来てない、と額を押さえて訊きなおす。
炎はちょっと心外だ、といった表情を浮かべて、
「だって、今日はホワイトディだろ?」
それなのにお返しをしなくてどうする、と言う。
……爆は今のは幻聴かと思った。いや願いたかったんだろう。
「……お返しって、オレはチョコは……」
「くれたじゃないか」
あげてない、と即答出来ない爆だった。
「先月、俺が風呂に入ってる間に、袋にこっそり入れただろ?波打った紙で、外国の新聞みたいな模様がプリントされたヤツ」
爆がどう誤魔化そうか、必死に頭を巡らせてる間に、どんどん証拠が上げられていく。
「………………」
仕方ないので爆は黙秘権を最大限に行使する事にした。それで事態が、爆にとって良い方向へ進んでくれるかといえば、そんな事は全くないのだが。
「どうせくれるなら、面と向かっての方が嬉しかったな」
「………何で、解った?」
勝手な事を言う炎に、爆も黙るのを止めた。そしてどうしても気になる事を聞いた。
あの箱には、何処にも自分を漂わす物は入れなかったのに。
だからこそ、渡したのに。
「解るに決まってるだろう?お前が俺にくれたものだぞ」
「まるで答えになってない」
自分は真剣に聞いているのに、はぐらかすような口調が気に食わない。
怒りを含んだ声色に、炎が微笑を浮かべた。
「お前が俺を好きな事を、いくら隠しても無駄なんだ。
俺も、お前が好きだからな」
炎はどんなヤツだと訊かれたら。
爆は、間髪置かずにずるいヤツ、と答える。
「折角……バレずに渡せれたら、諦められると思ったのに」
「それは気付いて良かった。まぁ、気付かないなんて事はある筈が無いんだがな」
「……どうして貴様はそんなに自信満々なんだ」
炎は決して根暗ではないが、こんなに浮かれたヤツでもなかった筈だ。
「爆。俺は、あの箱がお前が渡したものだ、って解ってるんだぞ?」
「それが………」
どうした。と言い切る前に気付いた。
そうだ。一緒にメッセージカードも入れたんだ。
素直に、たった一言、大好き、と書いたヤツ。
まさかバレるとは思わなかったし、これで最後だから、と入れたのだった。
「あ……あれは、だな……!」
「ま。とりあえず」
眼に見えてうろたえる爆に、軽いキス。
「これから、よろしくな?」
そうして、ずるい男はずるい笑みを浮かべたのだった。
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