11.学園ストーリー





 物理なんて科目は、難しいわややこしいわ訳解らないわで、どこの学校のアンケートでもワースト3入りが確実な教科だが、ここの学校は違った。




「……今度から手紙貰う度にパンチ一発……」
 ぼそ、と呟いた爆の言葉に、炎の肩がビクっとする。
「冗談だ。そんな事をしたら、仕事に差し支えるからな」
 しなかったらするのか、という質問は止めといた。イエスだった時の場合を考えて。
 この春、炎は念願叶って高校の教師となった。
 大抵の研究室で、教授や博士に確実になれるだろう知識と頭脳を持ってのこの選択で、おかげで一部界隈で炎は変わり者呼ばわりされているらしい。
 ともあれそんな炎なので、授業の進行は丁寧かつとても解り易く、そのルックスもあり、女性と意中の人となるのにそう時間は掛からなかった。
 それはもう、ラブレターなるものを貰うまでに。
 本当に書くんだ、と貰った(というか見つけた)時に変な感心をしてしまった炎である。
 学生時代は、こんな物は貰わなかった。多分、その時にはそういう風習(?)が生徒の間であまりメジャーでは無かったんだろう。学校という団体の中、流れに逆らうのは難しい。
「……で?」
「うん?」
「返事は、どうするんだ」
「あぁ。しない訳にはいかないだろう」
 ちょっと苦笑して、炎は言った。貰った手紙の中では、何時の何処に来て下さい、という指定があって、それは其処で返事が出来るのだが。
「無いのが、あるだよな……」
 手にした1枚は、他のと比べ、明らかに違った。とてもシンプルで。
「……きっとこいつは、この恋が実るとか、そんな事は願ってもないんだろうな」
 爆がぽつりと言う。
「伝わったなら、それだけでいいんだ」
 誰かが自分の事を好きなのだと、心の片隅にさえ置いてくれれば。
 それだけで。
「……やけに、実感の篭ったセリフだな?」
「別に……一般論を述べたまでだ」
 ふん、と鼻を鳴らし、部屋を出て行こうとしたのだが。
 炎に腕を掴まれ、すっぽりと腕に収まる。
「離せ」
 じたばたともがいてみるが、効果は無い。炎の方が断然に体格がいいのもあるし、何より爆が本気でない。
「断るよ、全部」
 耳元に囁かれた言葉で、爆の動きが止まる。
 無記名のラブレターを、炎は見て。
「この子にも悪いが、片隅にも置けそうにも無い。何せ爆で一杯だからな」
「……酷い男だな、貴様は……」
「不器用の方が合ってるんじゃないか?」
 本当はこう言ってもらって嬉しいだろうに、そう思うのが疚しいとでも言うみたいに、爆は素直に頷かない。
「いや、酷い男だ。何故、貴様みたいなのが人気なんだろうな」
「うーん、同年代しか居ないからな。違う世代がよく見えるんだろう」
「もうすぐ禿げるのにな」
「……いや、禿げないぞ?」
 とは言うものの、前髪と眉毛の間に指が4本入ると前髪が後退している恐れがある、と聴いた時、すぐに実行できなかった炎だ。
「どうだか」
「……額を見上げて言うのはやめてくれないか?」
 炎をやり込めたのに少し満足する爆。でも、心は相変わらずもやもやしていて。
 卒業したら自分の事なぞ忘れる、と言いたげの炎だが、それはどうだろうか。
 それに、もしそうでなかったら。その人は、正真正銘、炎を好きだという事になる。
 そして、その人を、炎が好きになるという事はないと、誰がはっきり証明出きるだろうか。
「こら」
「?」
 叩くというよりは掌を頭に置く。爆の髪はしっかりしていて、弾力があって触り心地が良い。
「また何かぐるぐる考えているんだろう?」
「別に」
 どこまでも虚勢を張るつもりの爆に、炎はいっそ微笑ましいとすら思ってしまう。
「……何が可笑しい」
 だって、自分は解ってしまうのに。
 爆は、結構解り易い。自分の前だけ、と思うのは自惚れだろうか、願いだろうか。
「俺は爆だけだというのを、何時になったら信じてくれるんだろうな?」
「…………」
 少し意地悪な質問に、爆の表情が少し曇る。炎の今のセリフだと、爆は炎を信じていない事になるから。
 信じてはいる。けど、もしも、と不安になってしまう。
「……もし、俺が心変わりでもしたら、また惚れされてくれればいいだけだろう?」
「……そんなの、どうすればいいんだ」
「そのままでいいという事だ」
 そうして、爆の身体を反転させて、想いの丈をこめた口付けをした。
 拒まず、目を綴じて受け入れてくれたので、ようやく安心してくれたようだ。




 これで一件落着……と言いたいのだが。
(問題は、俺の方だよな……)
 というか爆である。
 今はまだ子どもだが、これからどんどん成長する。当たり前だが。
 そうしたなら、もっと人を惹き付けるようになるだろう。それは自分がよく解っている。
 今はまだ周りも子どもだから、何もしないが、それがずっと続く事は無いだろう。
 早い話、もう明日にでも誰かが爆に告白しようとしているかもしれない。
 その相手に、爆もまた惚れてしまう訳が無いと、誰が断言出来るだろうか。
「……何だか、本当に禿げそうだ……」
 溜息と共に吐き出された言葉。
 それに、爆は。
「禿げてても、好きだぞ」
「…………」
 だから、禿げないって、と思いつつも、心底安心して嬉しかったのは、何故だろうか。




<END>





別に炎様の禿げネタが書きたかった訳ではありません。

炎様が職種に就くとしたら、やっぱ教師だよねー。理由は爆と一緒に居たいから。不純だ!