ザクザクと踏みしめるたびに、潰された草が香る。 夜の清廉とした空気のおかげで、むせかえるようなものではなく、却って清々しい。 ふぅ、と軽く息を吐いて、夜空を見上げる。 まるで今にも降ってきそうな、満天の星。 星の光が惑星の爆光だというなら、かつての自分の故郷も、あの中にあるのだろうか。 らしくなく、感傷----あるいは、郷愁-----に浸っていると。 「炎」 草木のざわめき、虫の音や獣の鳴き声など、夜とは言えその世界は決して静かではない。 その中でも、凛と鼓膜に響く声。 勿体ぶるように、服の裾を翻して振り向けば、案の定爆だ。 そしてこれも予測済みで、少し拗ねたような表情だった。 「また、勝手に帰る気か」 そうだ。いつも炎は勝手に、何の訪れもなく現れては、それ以上にふいに帰ってしまう。 「それとも、呼んだのはいらん節介だったか?」 「いや、それについてはむしろ嬉しいくらいだ」 これはお世辞抜きでなく、本当。 爆が自分を連れて行こうとしてくれた事が、何よりも嬉しい。 それだけ、爆の中に自分が在る訳だから。 それと、定例となった会合に、自分が爆の後ろに居るのを確認した、皆の目と言ったら。 あれで暫く現郎の厳しい執務にも耐えられそうだ。 「お前此処に来ていいてのか。今日のメインだろ?」 「ふん。皆どうせアルコールが入って、無意味にハイになっている頃だ。オレが抜けた所で誰も騒がん。 それよりも答えろ。何で外へ出た。誰にも言わないで」 オレにも言わないで。 「………………」 「………やっぱり、帰るつもりだったんだな」 後を追って正解だった、と爆は腰に手を当てる。 「爆」 「何だ」 「俺が居なくなると、寂しいか」 は?ときょとんとした爆が、意味を掴むと同時に顔を赤く染めた。 「違うッ!そういう意味でじゃない! 挨拶も無しに勝手に来たり帰るのは失礼だろう!と言いたいだけだ!!」 爆の言う事は正論だが、それを真っ赤になって必死に言うあたり、本心が見え隠れする。 声を出して噴出さないように、炎は努力した。 「全く、可愛いなぁ……」 「何か今言ったか?」 「いや、別に」 炎はとっさに言葉を濁した。 そんな炎を味方するように、室内からピアノの旋律が聴こえた。 「デッド……いや、ライブか?」 呪が解け、昼夜問わず入れ替えが可能となったのだから、もうそんな区別は不要なのだろうが。 「何の曲だろう……ワルツか? て、どうして貴様、笑っている」 爆の言うとおり、炎は笑っていた。 誰かの為の、英雄の微笑みでなくて、純粋に自分に笑っている、笑顔だ。 「いや……あまりにも俺にぴったりな曲が流れてきたから……」 「炎に……?」 眉を潜める爆の腕を、炎が掴む。 「まぁ、これで踊れないでもないな……」 「わ!ちょ、っと、オイッ!」 片手は腕に、もう片方は腰に。 ぐいぐいと引かれ、くるくると回る。 夜風に流れる、楽の音のままに。 「爆、ワルツは三歩歩く事と、三歩毎に半回転しなければならないのが難しいんだ」
「それより!!オレが女の役回りじゃないか! 「当然だろう、身長の差から言って。 エスコートも中々のものだろう?現郎が嗜みに習っておけ、と言われたんだ」 「現郎と踊ったのか?!」 「いや、まさか」 おもわず、その風景を考え、炎は何ともつかない顔をした。 「て、もういいから離せ!!誰かに見られたら、どうする!」 リードしている炎はまだしも、自分は踊らされているパートなのだ。あまり見られたくは無い。 「いいじゃないか、もう少し。 ピアノも続いている事だし」 「だからって……ッ! 炎!貴様さては酔っているだろう!!」 いつまでも自分を離さない原因を、爆はそれと見た。 「ま、そう思うんなら、それでもいいさ」 それでもいいさ、の前に心の中で”まだ”、と炎はこっそり付け足した。 「何かまたオレを小馬鹿にしているな!?老けているからと言って、えばるな!」 「えばっているつもりは……て言うか、老けてるって……」 確かに自分は爆より7歳ばかり年上だが。 ワルツは、爆にとっては不本意だがまだ続いている。 最初こそ、抵抗していた爆だが、腕が上の方にあって力が入らないのとステップに転ばないように気をつけている為か、徐々にそれが薄れる。 ゆったりとした笑みを浮かべ、ダンスのパートナーに安心感を与える炎。 いつもは、と言うか、通常ならその先にあるのは何処かの由緒ある淑女なんだろう。 そう思うと、足も手も、何だか身体の重くなったような気がした。 「爆、月が綺麗だ」 その声に、身体が重くなると同時に俯いてしまっていた顔を上に上げる。 そうしたら。
それが、月夜のワルツのフィナーレ。 炎はやっぱりいつも通りに額にキスをして。 やっぱり勝手に帰って行った。
後日----- 「この前弾いていた曲ですか……」 今はデッドが、爆の質問を反芻した。 ”あまりにも俺にぴったりな曲”炎がそう言ったのがどうしても気になり、爆は答えを求めにデッドを訪れた。 「あぁ、そうだ。曲名とかに何かあるのか?」 「何か、というのは解りかねますが、とりあえず、あの曲の名前は……」 爆は差し出されたアイスティーを一口。 「あの曲の名前は。 ”お前が欲しい”」 -----爆は、盛大に咽た。
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