我侭なのは知っています イケナイ事だとも知っています
けれど、どうしても一緒に居て欲しかったんです
此処が何処かだなんて、考えるのもくだらない。 夢でもなければ、現実でもない、自分の心の世界。 見せ付けるまでに真っ暗だ。あの日、宇宙船から見た空みたいに忌々しい。 其処で、炎は膝を抱えて、だたひたすらじっとしている。 此処を抜け出す為の、力の温存と----機会を狙って。 姉が身体を張ってまで止めてくれるのだが、こればかりは仕様が無い。 自分で止めたくても、もう止められないのだから。 故郷が爆発した瞬間、自分の欠けた箇所を埋めるのには、優しい姉一人では力不足なのだ。 姉は、いつも見守って、見送ってくれる。 だから、ずっと側に、いつも一緒に居てくれる存在が欲しい。 それは、真がよかった。真じゃないと嫌だった。 真だったら、頷いてくれると思っていた。何処か、姉に通じた優しさや慈しみを覚えたから。 なのに---- 「…………………」 どうして、ダメだったんだろう。 何も閉じ込めるつもりはなかったのに。一緒に、何処までも行きたかったのに。 ぎゅう、と反対の腕を強く掴む。その手は、震えている。 顔は上げない。 だって、此処は自分の世界。 自分以外、何も無いのだから…… 何も………
…………
…………………
…………………………… 頭を、誰かが撫でている。 炎は自嘲気味に笑った。寂しさのあまり、ついに幻触まで起きたのか、と。 しかし、その手の動きがあまりにも優しいものだから。 炎は、顔を、上げた。 「………」 幻ではなく----いや、まだ判断はつかねるが-----とにかく、誰かは居た。 小さな、本当に小さな子供。膝を抱えてしゃがみこんだ今の自分の姿勢より、僅かに高いだけだった。 自分とは全く異なる黒の髪。仔猫みたいな、すこしつり上がってけれど大きな瞳。 誰かに似ている、と思った。 正確には、誰かと誰かに。 でも、思い出そうとする端から、その大きな双眸に思考を吸い取られてしまった。 「おまえ、か?」 視線はあったものの、何も声を発しない炎に、目の前の子供が言う。 なんだかその言い方はとても拙くて、まるで、初めて喋っているような気さえした。 「………何が?」 ちょっと言い方が冷たかったかもしれないな、と炎は思った。 「寂しい、寂しい、って、言ってたのは」 「………?」 「ずっと、言ってたんだぞ。おれは、ずっと聞いていた」 炎は寂しい、なんて言っていた覚えはちっともない。 が。 ずっと思っていた。 「……なんて名前なんだ?オマエ」 質問されているのだというのに、炎はかまわず訊いた。 「?」 が、子供は首を捻り、 「解らない」 「………」 その返事に、炎は失礼にも、”コイツ、ちょっと足りないのか?”などと思ってしまった。 「じゃあ、何処から来たんだ」 「?」 「また、解らないのか?」 子供は黙って、後ろを指差し、 「向こうから」 と、言った。そして、付け足す。 「本当はもっと、早く来たかったんだけど、足が進まなくて行けなくて、でも、今日、動いて来られた」 拙い喋り方と、不安定な発音。注意深く耳を傾けていなければ、言葉には到底聴こえない。 それでも、と言うか、それなのに自分に必死に語りかけてくれる様子に、身体がぽかぽかしてくる。 「何で、来たの?」 今度は幾分優しい口調になれたので、自分でもほっとした。 おそらく、この子供のおかげだろう。 「?」 そういえば、なんでだろう、とでも言いたげにまた首を捻った。 少し身体を開き、その無防備で優しい、とても小さな体躯を抱きとめた。 腕と足をつかって、自分をまるで鳥篭みたいにして。 「あのね」 と、炎は言う。 「寂しいんだ。 だから、一緒に居たい人に、一緒に居て、て、お願いしたんだけど。 でも、おれが我侭で子供で何も知らないから、何も解らないから。解らなかったから。 断られちゃった」 「…………」 「ねぇ」
おれと一緒に居て?
此処に来てからも来る前も、どれだけその言葉を吐き続けただろう。 「…………」 ぱちり。瞬き一つ。 「”いっしょ”、て?」 悩んでいるように見えたのは、言葉の意味が解らなかったからなのか、と苦笑した。 「そうだね。ずぅーっと、こうしてる事かな」 ぎゅ、とより一層抱き締めると。 「ヤだ。もっと色んな所に行きたい!」 なんとこ可愛らしい駄々をこねられた。 抵抗、とはいっても、闇雲に手足をばたばたさせているだけなので、押さえるのに苦労はしない。 「勿論、色んな所にも行くよ。 でもね、手はこうしたまま」 きゅ、と両手を握った手は、自分の手でも全部包み隠せる程だった。 「ね?」 「…………」 ぱちり、とまた瞬き。 今度は、終わった後の瞳には憂いがあった。 嫌な予感----- 「それは、できない」 予感的中。 でも。 こうして腕の中にいるんだ。掴んでいるんだ。 逃がしてやらない。離してやらない。
もう、寂しいのはイヤ
「だって、違うかもしれないもの」 不必要に怯えさせないように、掴む力を加減する。 「何が?」 「おまえの行きたい所と、おれの行きたい所」 「いいよ、お前の行きたい所に行くから」 その答えに、否を現すように首を横に振る。 「それは、だめ。 おまえはおまえの、行きたい所に行って、おれはおれの行きたい所に行く。 相手に合わして行くのもいいけど、おれとおまえはそれじゃだめなんだ。きっと」 「……どうして?」 子供の顔がぼやける。まるで水の中に居るみたい…… ……あぁ、おれの目が今、水の中なんだ…… 「んー……なんと、なく?」 「ヤだよ、そんなの……一緒に、居てよぉ……」 収まり切れず、ぽろぽろと零れる雫。 子供の手がピクリ、と動いた。どうも撫でたかったらしいが、炎がしっかり掴んでいるので無理だった。 「だって」 子供は言う。 「同じ所行ったら、同じものしか見えないじゃないか。 違う所だったら、違うものが色々見えて、それ、教えあったら、色々、たくさん知れる。 おれとおまえは、そういう関係」 「…………」 にっこりと笑った顔は、やけに大人に見えた。 大人に見えたというか、まるで未来を知っているかのようだ。 「いっしょには居られないから、いっぱい会おう。 いっしょには居られないけど、おれはおまえの事、ずっと考えるから」 「”ずっと”?」 炎はその言葉にすかさず反応する。 「うん」 と、頷いてくれるのも早かった。 炎は思う。 どうして、一緒に居て欲しいと思ったんだっけ? だって、一緒に居ないと、居てくれないと----
忘れてしまうでしょう。おれの事なんか。
忘れられてしまうと、その人の中で、自分は居なかった事になってしまうから。 此処に居るよ、て、近くで手を振ってないと、不安なんだ。 ……本当は、ずっと一緒なんて、無理だって、解ってたんだ……
「……ずっと、?」 「うん」
でも。
「忘れない?」 「うん」
ずっと、覚えていてくれるなら。
「本当?」 「うん」
手は繋げなくても。
「本当に?」 「うん」
寂しく、ないよ
「じゃ、約束しよう」 つ、と出された小指に、また首を傾ける。 「?」 「約束は、こうやって……」 手を動かし、小指同士を絡めた。
それから程なくして、炎は目覚めた。 けれど、夢でも現でもない、自分だけの小さな世界での事だったので、覚醒と共に、約束した事は愚か、子供の事すらも忘れてしまって。 けれども、何かは芽生え、開花の時を、じっと待っていた。
「よーぉ」 「現郎」 久しぶりの金糸に、爆は声を上げた。 「炎様は、今日は居ねぇぞ」 「……そうか」 まさか、探しているようにでも見えたのだろうか……まぁ、実際探しているのだが。 「俺の分が一区切りついたんでな。小休止」 「炎は?」 「溜まりまくり。 ……ちょこちょこ脱走しけりゃ、今日来られたんだけどなー」 爆は少し頬が朱に染まった。炎の脱走先は、絶対自分だからだ。 「何でも出来るように見えて、一つに熱中するとそればかりなんだ、炎様は昔から」 三つ子の魂百まで、というヤツだ。 「熱中、て……何に」 現郎ははー、とため息をついた。それはまるで、補習生に教師が見せるようなもので。 「オマエだろう。オ・マ・エ」 爆の顔が虚をつかれたようになった。 「え………」 「ったく、オメーがそんなだから、炎様がしょっしゅう抜けだすんだぜ?」 「そ、そんな事オレに言われても、知るか!」 まるで自分が悪い、とでも言い咎められてるような気がして、爆は叫んだ。 頭の何処かで、それを納得している自分も居たが。 「んでまぁー、今日は里帰りついでに、長年の疑問を解消しようと思ってな」 と、現郎は頭を掻いていた手をポケットに突っ込み、 「オメーの名前、誰に付けてもらったんだ?」 天が爆を転送した先は、ファスタの孤児院の軒先で。 誰かに見つかるまで、危険が無いように、と自身見守っていたのでそれは確かだ。 「ああ、それか」 何でもないように言う。だから、現郎も訊く事が出来た。 「本当は、施設の人に名前をつけて貰ったんだが、言葉が喋れるようになって、その名前で呼んでも来なくて、自分の事を”爆”だと言ったそうだ。で、結局それになったとかで。 まぁ、記憶には無く、人から聞いた話だが、信憑性は確かじゃないが」 「……その話が本当なら、お前は自分の名前は自分で決めた事になるな」 感心か呆れか……現郎は呟いた。 ともあれ、今頃呪の言葉でも吐きながら仕事をこなしてそうな主に、土産は出来た。
約束も果たし、出会ってから随分経っての自己紹介。 「おれは、炎という名前だ」 「えん」 子供が嬉しそうに発音するので、炎も嬉しくなる。 「おまえ、名前はないの?」 「んー………」 うにー、と首を曲げる……どころか、顔が横になっている。 首が痛いだろう、と頭を本来の向きに戻す。 「無いんなら……おれがつけていい?」 この子供を、”オマエ”なんて無粋な呼び方はしたくなかった。 「うん。いいぞ」 「そうか…… じゃ、おれの名前が”炎”だから」
その文字から一つとって、同じ”火”のついた
”爆”にしよう
「爆。おれのなまえは、爆!」 気に入ってくれたようで、何度も連呼する。 炎がふと気づけば。 辺りは、光に包まれていた。
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