09.瓦解する視界




 ぱたんと閉まったドアだが、少ししてまた開いた。
 カイだ。
「……何だ……」
 忘れ物をする時間すらなかったと思ったが。
 そう言ってみても、カイは何だか切羽詰ってるような表情で。
「あの………、野暮な事だと思いますが、ご家族の方は何時帰宅しますか?」
「………それがどうかしたか」
「ですから、食事の支度とか、その他の事とかは」
「それくらい、どうにか出来る。放って置け」
 もそもそと布団の中に頭を潜らせ、くぐもった声の返事がした。
「そんな、放って置ける訳が無いじゃないですか。何か、作って置きましょうか?」
「いらんと言うのに……」
「病気になった時くらい、甘えて下さいよ」
 苦笑してカイが言う。
「中途半端な情けは止めた方がいいぞ。この先ずっとそうするつもりか?」
「…………」
「何だ」
「来ますよ」
 カイははっきりと言った。言葉に曇りが無いように。
「……嘘だ。きっと来れなくなる」
「来ますよ、本当ですよ」
「嘘だ」
「嘘じゃありません」




 今も、そして前にも。
 爆は言った。いつまでも会いに来るつもりなのか、と。
 そんな風に尖ったように、突っぱねるように言っていて、その裏で。
 いつまでも会いに来て欲しいと、懇願しているような気がしたのだ。




「来ますよ。絶対。爆殿が呼んでくれさえしたら、きっと」
「…………」
「それでも信じてくれないなら、私はそれまでずっと爆殿の側に居ちゃいますから、それまで授業に欠席で、内申が下がっちゃいますねぇ。進学出来ないかも」
「……ずるい言い方だな。脅迫でもしてるつもりか?」
「いけませんか?私がそんな事をしたら。
 実直で真面目な私以外は、私じゃありませんか?」
「……………」
「爆殿」
「………て、やる」
「はい?」
「来なかったら……100発殴ってやる」




 1人で居るのは辛くない。
 寂しくても、大丈夫。
 辛くないし、大丈夫だけど。

 やっぱり側に居て欲しかった。

 好きな人には、特に。




 心を抑える事が痛い事だと、ずっと思っていた。
 でも、感情を出している今の方がもっと痛い。
 けど、痛いのは、確かに自分が今、此処にいる証だから。
 布団の中で、溢れる涙を何度も拭い、それを労わるような手が頭を撫でていて。
 とても。
 心地よかった。
 止め処なく溢れる涙のせいで、視界は水晶体が壊れてしまったようによく見えない。
 でも、何度もカイがキスをしてくれたから、其処に居るのが解った。




 風邪の原因なんて、解っている。
 病気になって、カイに甘えたかっただけだ。
 でもそのまま言うのは何となく癪だから、これは墓場まで持って行こう。




<To be continued>





次でラストです。