じくじくと心が痛い。言葉が突き刺さって、多分傷になっている。
心の傷って、やっぱり瘡蓋になるのだろうか、と馬鹿な事を思っては気を紛らわせてみたり、失敗したり。
07.痕は煽る
何だか面白いコントでも見てるみたいだなぁ、と思っているのは激。
そう思われているのは、カイ。
朝、やたら上機嫌で出て行ったかと思った弟子は、帰って来た時これ以上無いってくらいの不機嫌になっていた。
5時間そこそこの間に、一体何があったというのだろーか。
バガン!とカイが乱暴に炊飯ジャーの蓋を閉じる。片手には、てんこ盛りしたご飯が。
しかもこれで4杯目だ。
「……食い過ぎじゃね?」
「食べ盛りですから」
むす、とした感じで答える。
そうか、カイは思ったら食べて解消するのか……大人になったら、これが酒になるんだろうか。
弟子の成長を、ふむふむ、と観察する師匠であった。
「……今日、てか、昨夜から今朝方は満月だったなぁ」
「………」
満月、という単語に少しカイの手が止まった。
「さては秘密の恋人と何かあった?」
「無粋な詮索は止めてください」
カイは珍しい程に突っかかったような言い方をする。普段は、決してしないというのに。
「………」
「何、笑ってるんですか」
喉を鳴らし、肩を揺らしている激をじろ、と見てカイが言う。
「いやー、何、うん。オメーも青春してんだなーとか思ってよ」
「……何ですか、それ」
「だってよ、お前怒るなんて滅多にねぇぞ?
喧嘩になったとしても、自分に非があるんじゃないか、って落ち込むんだから」
「…………」
「好きなんだな、そいつの事。
自分の意見が通らないのが怒れるくらい」
「そんなの……子どもの我侭と、一緒じゃないですか」
自虐的にカイが呟く。
「そうかもな」
簡単に頷いた後、訊く。
「でも、相手の事好きなんだろ?」
「…………」
カイは少し迷った。けど、はっきり頷いた。
「じゃ、違うな」
激が言った。
次の日。
案の定、カイは胸焼けというか、地味に続く腹痛のようなものに悩まされていた。体育が無いのが、せめてもの救いだ。
「よう、カイ。購買行こうぜ」
「すいません、今日はいいです……」
昼飯を買いに誘おうとするハヤテに、断りを入れる。
「へー、珍しい。俺がどんなに調子悪くても、食べろって言うくせに」
「昨日食べすぎたんです」
「ますます珍しいな。何があったよ」
「いえ、別に……」
と、ぼんやり窓の外を見ていたカイだが、やおら上半身をばた!と倒した。
「何だ!?」
「い、いや何でもないです」
「お前、マジで病院で検査とかしてもらった法が方がいいんじゃねーの」
「自分で原因解ってますから、大丈夫です!
それより、早く行かないとパンが無くなりますよ?」
カイの言葉に、やばい!と叫んでハヤテは去って言った。走るな、と誰かが言った。
「…………」
カイはそーっと窓のを見下ろした。
爆は、もう居ない。
別に悪い事はしていない。あんな事を言われれば、自分だってそれ相応の言葉を投げかけてしまった所で仕方の無い事だと思う。
思うけども、こうして反射的に隠れてしまったのだから、やっぱり悪いと思っているのだろうか。
いや、必死に逸らしているだけで、悪いと思っている。
爆の言い分も、まるっきりただの八つ当たりではないのだから。
-----土足で心の中に踏み込むような真似されて、オレが感謝するとでも思ったか!-----
「…………」
爆が言ったセリフが、胸に痛い。
全く、その通りだ。爆が、あの時の事を話題に持ち上げられるのを、嫌っていたのは知っていた事じゃないか。
心を許してくれているとでも、自惚れたのだろうか。たまたま、知っただけのくせに。
爆に言われた台詞も痛いが、自分が爆に言った台詞も痛い。胸から血が出てるんじゃないか、と思うくらいだ。
爆は、どうだろうか。
自分みたいに、胸が痛いんだろうか。それとも、清々した、と思っているんだろうか。
昨日、帰ってからどうしていたんだろうか。
(----あぁ、そう言えば)
カイは、爆の私生活を全く知らない。
何人家族なのか、家は何処なのか。
そう言えば、昨夜爆は色々言ってくれたけど、家族については何一つ語らなかった。
どうしてだろう。何か虐待とか、そういう事でもあるんだろうか。でも、傷は目だって無いし、そんな素振りだって。でも、気づかれないようにしてるだけかもしれない。
あるいは、他に何か理由があるかもしれない。
結局、自分は爆を何一つ理解していない。
何一つとして。
無意識に、胸の上の服を掴んだ。
あまりに心が痛んだから、傷でも出来たんじゃないか、と思って。
どうせなら、思いっきり目だつ盛大な傷跡となればいい。
2度と、あんな事はしないように。
<To be continued>
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