好きな人が出来ました。
好きな人が話しかけてくれました。
自分の全く知らない事で。
06.つまりきみがすきなのは
午前3時半に爆に会い、それから暫く一緒に過ごして仮眠を少し取ってから登校。これが、カイの満月の日のスケジュール。正確には、満月の後日であるが。
今日のカイは、とても気分が良かった。激の朝食を作っている時から、今日は何だか充実して過ごせそうだな、と鼻歌を歌ってしまうくらいに。
「不気味にご機嫌だなぁー」
寝起きでぼさぼさした感じの激がカイに言った。
「え?そうですか?」
とは言ったものの、カイも薄っすら自覚はある。
やっぱり、さっきの事だろう。爆があれこれ一生懸命話してくれて、おかげでカイは爆が小さい頃隣に住んでいた犬の名前まで知っている。
その事が、何故だかとても嬉しい。
そう言えば、とカイは思う。
近所に、美味しいクレープ屋があるのだ。爆は甘い物が好きだと言うから、連れて行ったらきっと喜んでくれるだろう。
そうだ、そうしよう、とカイはますます上機嫌になった。
爆とは学年が違うので、会うとなれば放課後か昼休憩でないと時間が合わない。
放課後でもいいが、早く爆と会いたいカイは昼休憩になると校舎を渡って行った。
爆のあの笑顔が見たい。無垢の好意を持った、あの微笑。
あれを見ていると、大げさかもしれないが、産まれてきてよかった、とすら思えるのだ。常日頃、師匠にパシリとされているからかもしれないが。
あの時の爆は、今から会う爆とは少し違うけど、でも大丈夫だ。
だって、同じ爆だから。
「あ、爆殿!」
渡り廊下で小さな背中を見つけ、カイは他に誰も居ないのをいい事に声を張り上げる。
爆は一瞬足を止めたが、また進み始めた。カイは走り、爆に追いつく。
「あの、爆殿。今週末にでも暇ですか?」
「…………」
無視を決め込んでいるが、この話題を出したらどう変化するだろう。
少しわくわくしながら、カイは言う。
「近所に、美味しいクレープ屋さんがあるんですよ。爆殿、甘いの好きでしょう」
また爆の足が止まる。
やっぱり興味沸いたんだ、と思ったカイだが、相手の表情を見てそれが消し飛ぶ。
爆は決して喜んではいなかった。
怒っている……のだろうけど、それ以外にも沢山のものが込められている。確かなのは、自分に対して好意の欠片も無いとい事だ。
「……どうして、貴様は人の神経を逆撫でするような事ばかりするんだろうな?」
「…………」
爆が淡々と話だした。とても、冷たく。
「あれ程会うなと言っても会いに来るし、話掛けるなというのに、こうして……」
感情が高ぶり過ぎたのか、言葉が途切れた。
「で、でも、あの状態を放って置くのは……」
「放っておけばいいじゃないか。オレと貴様は赤の他人なんだから。
何処かでくたばったとしても、知った事じゃないだろう?」
「そんな!そんな言い方は、」
「じゃぁ何だ!?治るまでずっと来てくれるとでも言うのか!?この先ずっと!?
たまたま知っただけの癖に、一端のカウンセラー気取りのつもりか!?土足で心の中に踏み込むような真似されて、オレが感謝するとでも思ったか!」
「…………」
「お前の顔を見てるといらいらするんだ!仮にもオレの事を助けたい等と思うなら、2度と顔を見せるな関わるな!会いになんて来るんじゃない!!
夜にオレが何て言ってるか、全く知らないがな、オレはお前の事なんか大嫌いなんだ!!」
「…………」
胸にたまった事を吐き出し、爆は肩で息をする。言葉をつむぐだけで、こんなに疲れるだなんて。
少し余裕の出来た爆は、そこで初めてカイを見る。
そして----凍る。カイの、冷め切った無表情の顔を見て。
「----そこまで、不快な思いをさせてるとは、知らないで申し訳ありませんでした。
貴方の希望通り、もう、2度と話掛けませんし、会いにも来ません」
「……………」
「では、さようなら」
さっきまでの上機嫌は何処へ行ったのか。カイは、今までの人生の中で一番頭に来ていた。師匠の、どんな我侭より、今爆に言われた事の方が余程腹に据えかねる。
頭の中一杯に怒りの感情を詰め込んだカイは、そのまま1度も振り返る事無く帰って行った。
爆が、どんな状態なのか、なんて気にも留めずに。
好きな人が出来ました。
好きな人が話かけてくれました。
自分の全く知らない事で。
貴方は、誰に会いに来たのでしょうか。
そんな風に、明るく、楽しく親しげに話す相手は、
一体誰なのでしょうか------
<To be continued>
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