好きな人に会うんだから、それなりのおめかしをしなくちゃね。
飾り立てるのは柄じゃないから、それ以外で。
好きなもので身を包んで。
05.戯言を抱き眠る
見慣れない空色の下の逢引は、これで3度目になる。つまり、知り合って3ヶ月が経った。
爆の事を知ってから、季節が変ろうとしている。
色を変え始めた風を感じ、ふぅ、と軽く吐く。
今、自分が会おうとしている爆は、自分が行けばとても喜んでくれる。
そして、それと同じくらい、昼間の爆の自分に対する印象は悪くなって行く。
一体、どちらが本当の爆の気持ちなのか。
何も制御されてない、というのを見れば夜の爆の方になるのだろうけど。
しかしカイだって、例えばテスト前になるとこのまま何もかも投げ出して逃げ出したいと思う。それは嘘ではない本当の気持ちだが、それが本当の自分だと思われるのはとても不本意だ。
とりあえず、今考えるのは爆のあの状態を治す事だ。こんな時間にふらふらと外へ出て、何かの犯罪に巻き込まれては遅いのだから。知ってしまった以上、爆が何と言おうと放って置くことは出来ない。。
だが、治る、という事は。
今、会おうとしている爆が『消える』という事で。
あの、自分に好意を寄せている爆が。
「…………」
それがどうしたと言うのか。と、カイは自分に言い聞かせる。
爆が自分に好きだと言わなくなる。たったそれだけじゃないか。
たった、それだけの事。
おもちゃみたいな城の天辺で、座り込んでいる爆は絵本のワンシーンみたいだ。見る度に、微笑ましくも懐かしくもある。
「……爆殿」
名前を呼ぶ度、少し躊躇う。そう呼ばれる事を、相手が望んでいるかどうか。
「カイか」
振り向いた爆は満面の笑みで。同一人物だと思うのに少し時間が掛かる。
何もかもが現実と少しずれているような、そんな感覚。
不思議な空間の中心は、きっとこの爆だ。
「何、ぼけっと突っ立ってるんだ」
「あ………」
早く此処来い、と隣を指す。当たり前に、隣を。
座る位置はとても近い。爆がイヤホンで聴いているものが聴こえるくらいに。
「……いつも、同じ音楽聴いていますね?」
「うん、まあな。
一番好きな曲なんだ」
「そうなんですか」
「歌詞もいいんだ。今度、歌詞カードも持ってくるから」
ふと爆は思い出したように。
「そうだ、今日はいい物を持って来たんだ」
ごそごそとバックを漁り、小さくラッピングされた袋を取り出した。中にはマフィンが入っている。
「近所のパン屋なんだが、砂糖じゃなくて蜂蜜を使ってるんだ」
「へぇー」
料理を嗜むカイは、蜂蜜を扱うのは砂糖より少々厄介だという事は知っている。
「美味いんだぞ」
そう言って、食べる事を促すが。
「……今は食べるのは止めておきましょう。こんな時間帯ですし」
夜食でもなければ朝食にもなり得ない時間だ。摂取しても上手く栄養が身体にいかないかもしれないし。
「そうか」
爆は少ししょんぼりしたような、寂しそうな表情をした。ちくん、と小さく胸が痛む。
好きな音楽を聴いて待ち、好きな菓子を持って来たのは、全部好きな自分の為、というのが解るから。
「……爆殿、甘い物が好きなんですか?」
「あまり甘いのは、苦手だけどな」
そうなのか、と思う同時に少し意外だと思った。普段の爆には、抱かないイメージだ。
けど、カイにはむしろそれの方がしっくりする。誰も知らない一面を知っているからだろうか。
それからつらつらと、取り留めの無い会話を楽しんだ。何が苦手で、何が好きか。
そう言えば、こんな風に過ごすのはこれが始めてではないだろうか。
昼の爆は会えば怒声か蹴りやパンチが飛んでくるだけだし、今の爆だって、今までは話もなしにキスだけで終わっていた。
そう言えば今日はまだされてないな、と思った途端、慌てる。何だか、されるのを期待しているみたいで。
カイが慌てているのに気づいているのか、いないのか、爆は話を続ける。
「風景の写真集とか好きなんだが、値段が高くて中々手が出せないのが多くて困るんだ。
その点は、カイはいいな。こうして会いに来てくれる」
それに、と付け加えて。
「一番、大好きだ」
「……私も、爆殿が好きですよ」
今までカイは、こうした爆の告白には、敢えて何も言わないで来た。それは、昼間の爆に気を遣っての事だが。
……これだけ慕われて、何も返さずにいられようか。
「……本当に?」
上目使いで爆が訊いてきた。
「はい」
「そう、か」
迷いも無くそう返せば、爆は少し緊張したように、足をふらふらさせた。好きだと返されて、緊張しているんだろうか。
今更に、愛されているのだと実感する。親の愛情とは質の違うそれを、自分は心地よいと思っている。
「そんなにばたつかせたら、危ないですよ」
抱き寄せて、平らな場所へと移動する。
ふと、近くなった爆の顔が、自分を見上げていた。
されるがままの口付けだったが、今日は自覚して、それを受け入れた。
『爆』の足取りは軽い。何せ、好きだと思う人に好きと言ってもらえたのだから、これ程嬉しい事はないだろう。
鍵を開け、誰も居ない家へと帰る。自分以外の温もりの無い家へ。
けど、今日はカイの言葉を胸に、とても自分は温かい。
幸せそうな表情を浮かべ、爆は眠りにつく。
しかし、次に眼を開けた時は、全部の感情は逆へと向かう。
抱く想いは、同じなのに。
<To be continued>
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