今朝も同じ時間、あの場所へと向かってみた。
が、来た時には居なく、待っても来なかった。
ふと見た月は、満月のようでいて、よく見れば少し欠けていた。
03 月の薫り
小・中・高等学校が一緒になっているこの学園は、大学並に広い。
その敷地には校舎の他に他の学校には無いようなものも複数存在している。例えば飼育小屋、ビニールハウス。植物園。
そして、図書室。まるで市営のもののように建物が立派だ。
3階建てで、それの階段は螺旋階段で成り立っており、その部分は外から見ると円柱が半分出ているような感じだ。そこの部分の窓ガラスは昔の卒業生が作成したスタンドグラスで、カイはそれを見るのがとても好きなのだ。
たまには行こうか、とその日の放課後、カイは図書館へと向かった。
ついでに何か本でも借りよう、と棚を見ながら歩いていると。
「ぁ………」
爆だ。
手に余る大きな本を、立ち読んでいる。何だか、少し微笑ましい。
そういえば、今朝はどうして来なかったのだろうか。気になったので、尋ねる事にした。
側まで来ても、爆は顔すら上げない。その代わり、身体をずらして道を開けた。他人を拒絶しているのか、自分に用があるとは露とも思わないのか。
カイが言う。
「あのー、どうして今朝は来なかったんですか?」
その一言がスイッチみたいに、状況が劇的に変った。まず、爆の態度が変った。
本をいきなり閉じて棚に戻したかと思えば、カイの腕を掴み、奥の隅っこへと強制連行した。
着いて、爆が口を開く。
「貴様、どういうつもりだ!?」
小声だが、怒鳴るような声だった。
「どういう……?」
「声を掛けるな近寄るな!オレは貴様を知らないし、貴様もオレを知らない!関わる理由が無いだろう!」
「知らない……って……昨日、うぐむ!」
「……言うな。決して、誰にも喋るな!」
殺気立った相手にそう言われ、カイはがくがくと頷くと同時に、あぁ、やっぱり昨日のは、と思った。
しかしこの態度の違いはどうだろうか。まるで他人のようではないか。
「それと、もう会うな」
「…………」
「返事はどうした」
じろ、と剣呑に睨まれた。
「あの……来るな、て事は、貴方は行く、て事ですよね?」
「……………」
「私の方からも、行くなといいたいですよ。
危ないですよ、いくらなんでも」
場所にしろ時間にしろ。
朝早いから悪い事はしないでおこう、という人も居るかもしれないけど、そうでない人も居るのだ。
「………それが出来たら苦労はせん」
爆は、ぐ、と噛んだ下唇の隙間から零すように言った。
「え?」
その内容がとても気になるもので、カイは声を出していた。それに、爆がはっとなる。
「……事情を話したら、もう会わないか?」
「えー、場合によっては」
「絶対に、会うな」
「………はい」
実際にどうするかはとりあえず置いといて、カイはひとまず頷いた。出なければ話が聞けそうにない。
爆は言葉をつっかえながら話した。
「……2年くらい前からだ。朝起きたら違う場所に寝転がっていたり、部屋にある物の位置が違ったり……
原因を突き止めようと、自分でビデオを仕掛けたら、そこには普通に動いている自分が居た。
当然、オレにはそんな記憶は無い」
「毎晩ですか?」
「いや、満月の夜だけみたいだ。月の光にでも関係しているのかと思って、ベットの位置やカーテンなどに工夫してみたが、無駄だった。どうも、身体が覚えてしまってるようだな」
「……それってやっぱり、夢遊病、というヤツですか?」
「知らん。オレはそんなに詳しくはない」
「知らん、て……病院には。医者とかは」
「直接死に関わる事でないのなら、掛かる必要は無い」
「そんな……ご家族に相談は、」
「煩いぞ」
カイの言葉を、ピシャリと止めた。
「訳は話した。そういう事だ。
夜のオレは、今のオレとは全く無関係だ。だから、関わるな。
そういう事だ。
オレとお前は、全くの赤の他人だ。話しかけても、オレは無視するからな」
「…………」
言いたい事だけ言い、爆は去って言った。その場にカイを置き去りにして。
閉館案内の放送が、虚しく響く。
……来るな、とあれ程言われた……脅されたけど。
行かない訳には、いかない。原因を教えられたら、なお更に。
そういう状態だとしたら、いよいよ落ちる危険性が高まるし、いかにも怪しげな人にも何の警戒心も無くついて行ってしまうかもしれない。
朝早いから悪い事は止めていこう、というヤツも中には居るのかもしれないが、大半は日時関係無い筈だ。
それに誰彼関係なくキスするかもしれない。
いや、それはどうでもいい事だ。……いや、どうでもよく無いかもしれない。…………いや、非常に重要かもしれない………
とにかく、行こう。
満月の夜を待って、カイは準備をした。
居た。
また、天辺に登り、足をふらふらさせている。
その事が命の危険とはまるで関係ないように、楽しげに。
「………爆殿」
そして、やっぱり音楽を聴いていた。
「爆殿、帰りましょう。危ないですから。ね?」
夢の中に居るような相手に、言葉が通じるものかどうか、解らないが。
「爆殿………ぅわっ!」
腕を引っ張られ---ここまでは昼会った時と同じだ。しかし、決定的に違ったのは、その後されたのは口付けだと言う事。
「……………」
まだ馴染めない空の色、穏やかな爆の表情とで、今、自分がこうしている世界は、やっぱり夢の世界なんじゃないかと思う。
「……どうして、貴方は、」
自分にキスするのか。
どうして、此処に居るのかを真っ先に聞くべきなんだろうけども。
「したいからするんだ。それ以外に、何かあるのか?」
くすくすと楽しそうに、カイが可笑しな質問をしたというように。
「キスをするのは、好きだからだ。カイは違うのか?」
「……違い、ません」
「そうか。なら、オレと同じだな」
嬉しそうに微笑む。カイと同じだと言う事が、嬉しいのだと。
無邪気に、笑う。来るな、と言った口で、自分にまたキスをした。
これが夢の世界だというなら、見ているのはどっちなんだろう。
夢が意識下の願望だと言うなら、
一体どっちの、願いなんだろう
<To be continued>
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