昨日のあれは一体なんだったのか、出かけたように思ったが、自分はやはり夢の中に居たのか。
しかしそうでない事は、何度もした確認で解っている。
相手は、自分の唇を奪っていった相手はその後何をするでもなく、あっさり下へ降りて、多分家へ帰ったのだろう。見届けてはいないが。
まだ夢の中にいるような、ぼやーっとした気分のまま学校へ行けば、今朝の謎の人物はあっさり解明された。
が、そこでまたカイは先刻の事が夢ではないかと疑い始めた。
相手は、どう考えてもそんな事をしそうにもない人物だったからだ。
学校集会の時、初等部を代表して舞台の上へと立っていた彼こそ。
爆こそが、そうだったのだから。
02.透明な悲壮
前の席のハヤテが、自分の机に肘ついて昨日見たバラエティについてあれこれ喋っている。
それを、半分以上聞き流し、話の区切りを見つけて尋ねてみる。
「ハヤテ殿……」
「どうした」
「爆殿について、どう思われます?」
「爆……って、初等部生徒会の爆か?」
「はい、その爆殿です」
自分でも妙な質問をしているという事が解っていたので、必死に悩んでいるようなハヤテに少し申し訳なく思う。
「どう思う……って言われても、どうとも今まで特に思った事も無かったし……」
「ほら、色々あるじゃないですか。明るそうだとか、暗そうだとか」
ハヤテに助け舟を出してみる。その甲斐あってか、返事は返って来た。
「そうだなー、言ってみれば、”厳しそう”?って感じか?」
自分に同じ質問をされても、出る答えは同じだと思う。
『人に優しく自分に厳しく』とは何処かの標語だが、爆はむしろ他人にも自分にも厳しい。もしかしたら、自分にはもって厳しいのかもしれない。
人に手を貸さない訳ではない。が、絶対に借りようとはしない。
大多数の人から、教師ですらその歳で敬遠されているような感じだ。
「そうですよねぇ……間違っても、夜の境の早朝に散歩に出かけてどこかのアスレチックの天辺に腰掛けて、尋ねてきた人にいきなりキスするような人じゃありませんよね」
「………………」
「あ、いや、例えですよ、例え」
自分を見る目が明らかに変ったハヤテに、慌てて弁護する。
「お前の例えは、さっぱり解らねぇな………」
そりゃそうだ、とカイは思う。
しかも、本当は例えではなく、事実なのだから、余計に解らないのだ。
初等部の時の自分はどうだったか、とカイは思い返してみた。相手がそうである事だし。
カイは13歳で中等部。そろそろ進路、というものがおぼろげながら近くなってきた。
激の元に居ると決めてはいるが、それでも土壇場で変える事だって出来るし、選択肢全部を見た訳でもない。
カイが次の授業の支度をしていると、帰宅する初等部の生徒が見えた。運よく、爆の姿を捉える事が出来、爆は1人で帰っている事が解った。とりあえず、その日は。
しかし、どうも何だか爆はいつも1人で帰っているような印象を抱いてしまう。むしろ、それが当然であるように思えてしまってならない。
爆は、1人で寂しくないのだろうか。
誰も、爆が寂しいそうだとは思わないのだろうか。
だから結局、1人になってしまうのだろうか。
いつだったか、訊いた事がある。何年も経ったワインは、水のような口当たりになってしまうと。
そう言えば、日の当たる所のポスターも、暫く経つと白紙みたいになってしまう。
だから、もしかしたら。
爆の、寂しいとか悲しいとか言う感情は、いつもいつも思っているせいで、何年も経ちすぎて色をなくしてしまい、だから自分らには見えないのだろか、と。
少なくとも感情が無いようには思えない。
あの、ちょっと悪戯な、乳白色みたいな微笑が夢でないのなら。
教科担任に教科書で頭を叩かれるまで、授業開始に気づかずカイはずっと考えていた。
<To be continued>
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