要らないものだから、とっくに捨てたと思ってた
……それでも、消えてはいなかったみたいで
01.浮かび上がる塵芥
その日、カイは早く寝た。何故かと言うと、登校中で自転車がパンクしたからである。
カイは別に遅刻ギリギリの時間に家を出ている訳ではない。が、それも自転車通学の上での事。徒歩ではとても間に合わない。仕方なしに潰れたタイヤのまま運転し、いつの倍の大量の浪費で登校。
しかも体育の授業は5キロのマラソンで、帰りに学校近くの自転車屋に寄って直してもらおうと思えば、運悪く定休日だったりで歩いて帰った。ぺったんこのタイヤの感触はお世辞にもいいものとは思えなかったからだ。
そして家に帰り、ものぐさなくせに味に煩い同居人兼居候先兼師匠の激の為の食事つくり。の、最中に味噌が無い事に気づき、すまし汁でもいいかと訊けば味噌汁じゃないと極刑、とか切り替えされ、1キロ弱先のスーパーまで全力疾走。カイの周辺は住宅街なので、壮観なくらい家しかない。
風呂から上がり、ベットに倒れるように----いや、倒れて横になり、そのまま寝てしまったらしい。
今が初夏で良かった。冬なら、自殺行為だ。
人の、というか、自分の睡眠時間はきっかりと決まっているのか、いつもより早く寝たせいでいつもより早く起きてしまったみたいだ。
激は目的があると何日でも徹夜してしまうタイプだが、今はそうでも無いみたいだから、寝ている事だろう。
デジタルの時計は、カイがアルファベットと数字でしか知らない時刻を告げていた。この時間に起きているのは新聞屋か、パン屋。はたまた修羅場を迎えている学生や自宅業の人だろうか。結構居るものだな、とざっと思い浮かべて変な関心をする。
さて、この時間に起きて何をしようか。
宿題が重なる場合もあれば、そうでない時もある。正確に言えば何日まで提出、というのが数件あったのだが、カイはそういうものは告げられたその日に仕上げるようにしている。
うーん、と考えて。
「……散歩でも、してみますか」
開けた窓から、夜のものとも朝のものともつかない風が吹き込んだ。
空の色がいつもと違うなぁ、というのがカイの感想だった。
透き通るようなブツーでも、吸い込むような黒でもなく。
柔らかく、絵の具を塗ったような群青色。
絵本の中に舞い込んでしまったようだ。
とりあえずの目的は、坂を下ったところにある大きな公園だ。休日になると、サッカークラブが試合をしていたり、親子連れが屋外で弁当等を食べている。公園の表は国道へと通じる道路に面していて、車の音がちらほら聴こえるが、、カイの方はとても静かなものだ。車一台も見ない。
そして、誰も見ない。
かと、思ったら。
「------………?」
積み木の城のようなアスレチック。それの天辺に、誰かが居る。カイには、ゆらゆらと揺れている足しか見えないが。
時間も問題だが、場所も問題だ。天辺とは本当に一番上で、どうも屋根の上に腰を落ち着けているようだ。はっきり言って非常に危ない。カイは、こういう事を黙って見過ごすような人間ではなかった。それで時々貧乏くじも引くが。
公園内に入り、アスレチックの元へ辿り着く。
「あの、危ないですよ」
下から呼びかけても、やはり聞こえないみたいだ。地面にはついていない足が、拠り所を求めてふらふらしている。
この時間に大声を出すのも非常識だ。アスレチックをよじ登り----こういうのに登るのは何時ぶりだろうか、などと言うことも考えながら。
「危ないですよ」
設計上の登れる所まで登り、そこから呼びかけても応えは無い。
間近になった足を見れば、小さくはないが子どものもののようだ。カイより3つは下だろう。
そんな子どもが、どうして、と思いながらも柱や壁を伝い、屋根の上へと来た。
「あのー?」
「…………」
どうも返事が無いと思ったら、相手はイヤホンを付けていた。傍にはCDプレイヤーがひっそりと置いてある。
肩でも叩こうかな、と迷っていたら、相手が気づいたのか振り向いた。
(あれ)
カイには、その少年に見覚えがあったような気がした。何処だっただろうか。学校だろうか道でだったか。
「どうかしたんですか?こんな所へ登って」
あまりカイに言えたセリフではないが、言わないと始まらないので、言ってみた。
相手は、何も言わないでカイを見ている。人形みたいな、無表情で。カイは一瞬、本当に人形なのでは、と思ったくらいだ。
「えーと……何の、音楽を聴いてるんですか?」
コミュニケーションをとろうと、世間話を試みるカイだ。
相手は、黙ってイヤホンの片方を差し出す。付けろ、という事だろうか。
微かに触れた指先が、少しひんやりしていて、彼が此処に居た時間の経過を教えてくれた。
片方だけで流れる音楽は、とりあえずこの国の言語でないのは確かだ。しかし、メロディーは何処か懐かしく、カイは離れて暮らしている両親を思い出した。
ふと、頬に何かを感じた。ひや、とした事から、相手の指だと解った。
何だろうか、と正面から相手へと顔を振り向くと同時に。
キス、された。
「…………」
唇を重ねる行為がそれであると、頭が認識するのは、随分時間が掛かったように思える。
一瞬の事で、今はもう離れているが、それでもそれ自体が消える訳でもない。
「何………------っ、」
もう1回。気のせいにはさせないと、さっきより時間を長く唇がくっ付いた。それも、何度も。何度も。
何回目かの時、少し離れた時、相手の顔が見れた。
無表情だった顔が、今はとても柔らかく微笑を浮かべていた。
それは、春のような穏やかなものでなく、夏のような陽気なものでもなく。
全てを安息の眠りにつかすような、静かな冬のようなものだった。
<To be continued>
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